○著作権審議会第1小委員会 専門部会(執行・罰則等関係)報告書

     著作権審議会第1小委員会専門部会(執行・罰則等関係)
    平成11年12月
    著作権審議会第1小委員会

    目 次
    はじめに
    権利の執行関係
    I 侵害行為の立証の容易化
    1 文書提出命令の拡充
    2 積極否認の特則の導入
    II 損害額の立証の容易化等
    3 新たな損害額算定ルールの創設
    4 計算鑑定人制度の導入
    III 損害額の認定範囲の拡大
    5 具体的事情を考慮した「相当な」使用料の認定
    6 弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいた相当な損害額の認定
    IV その他
    7 三倍賠償制度の導入
    8 弁護士費用の敗訴者負担の導入
    9 間接侵害規定の導入
    10 その他

    罰則関係
    1 法人重課の導入
    2 侵害罪の非親告罪化
    3 懲役刑の引き上げ



    はじめに
    著作権等侵害に係る損害賠償請求事件においては、工業所有権侵害事件と同様に、かねてからその賠償額の低さが指摘されてきた。また、インターネットの普及に見られるような近年のデジタル化・ネットワーク化の進展に伴って、著作物等の利用形態の多様化が進み、そのことは一面では著作物等の無断利用の増大という危険性も生み出している。このような状況に鑑み、著作者等の権利を適切に保護するためには、その権利保護の実効性の確保に十分な配慮が必要となってきている。

    既に、著作権審議会第1小委員会では平成6年7月に専門部会(執行・罰則等関係)を設置し、平成7年3月に中間報告書をとりまとめ、これを受けて平成8年に損害立証書類提出命令規定の導入及び著作権等の侵害に対する罰金額の上限の引上げに係る法改正が行われたが、同報告書では「通常受けるべき金銭の額の倍額に相当する額を損害額として請求できる」規定の導入、懲役刑の引上げ及び法人重課規定の導入については、今後さらに検討を要する課題として位置づけていた。

    一方、特許法等の工業所有権法制においては、平成10年及び平成11年の改正により、権利保護の実効性の確保のために損害賠償請求訴訟における権利者の立証負担軽減等の観点から各種の規定の整備が行われたところである。

    このような状況を踏まえ、著作権審議会第1小委員会は平成11年7月に本専門部会を設置し、著作者等の権利の実効性を高めるため、知的所有権法制の均衡に配慮しつつ、著作権法における権利の執行及び罰則に係る規定の見直しを行うこととした。
    具体的な検討項目は以下のとおりである。
    権利の執行関係

     I 侵害行為の立証の容易化
      1 文書提出命令の拡充
      2 積極否認の特則の導入
     II 損害額の立証の容易化等
      3 新たな損害額算定ルールの創設
      4 計算鑑定人制度の導入
     III 損害額の認定範囲の拡大
      5 具体的事情を考慮した「相当な」使用料の認定
      6 弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいた相当な損害額の認定
     IV その他
      7 三倍賠償制度の導入
      8 弁護士費用の敗訴者負担の導入
      9 間接侵害規定の導入
      10 その他

     罰則関係

      1 法人重課の導入
      2 著作権侵害罪の非親告罪化
      3 懲役刑の引き上げ

    権利の執行関係

    I 侵害行為の立証の容易化
    1 文書提出命令の拡充

    侵害行為による損害の計算をするためだけでなく、侵害行為について立証するために必要な場合においても、裁判所は営業秘密が記載されている文書について文書提出命令を出せることとし、さらに、文書の提出を拒む正当な理由があるかどうかの判断をするために裁判所が文書の所持者に文書の提示をさせることができることとする。

    (1)背景
    侵害行為の差止請求又は損害賠償請求訴訟を提起する場合には、著作者等の権利者は、損害額の立証に至る前に、まず侵害行為の立証をしなければならない。損害額の立証のための書類の提出については、現行著作権法において既に第114条の2が設けられているが、侵害行為の立証のための文書提出命令については民事訴訟法の規定によらなければならない。
    民事訴訟法における文書提出命令(第220条)については、その文書に営業秘密等が記載されているときにはその提出を拒むことができることとされており、このような文書については権利者が入手することができず、侵害行為等の立証が困難となっている。
    このようなことから特許法等において民事訴訟法の特則として文書提出命令が拡充され、営業秘密が記載されている文書であっても、提出を拒む「正当な理由」がなければ文書の提由を拒むことができないこととされた。

    (2)著作権法への導入について
    著作権等侵害事件においては、[1]侵害行為は侵害者の支配領域で行われるのが通例であり、特に演奏、上映、公衆送信等の無形的利用の場合には事件の全容を解明するために過去に遡って侵害行為を立証する必要があるものの、権利者がそれを立証することに非常な困難が伴う場合が多い。また、[2]近年のインターネット等のネットワーク上で行われる権利侵害の場合、侵害の場所、侵害の態様(送信される条件、料金等)等の立証が困難である場合が多いこと、[3]著作権侵害事件においては著作物と侵害物との類似性に加えて侵害者によるオリジナルの著作物に対するアクセスの存在を立証することが必要とされる場合があり、その立証が困難であることなどから侵害行為の立証について特段の配慮を行うべき必要性が高い。

    このような事情を踏まえ、著作権法においても特許権侵害等の場合と同様に、侵害行為等の立証に必要な文書提出命令について民事訴訟法の特例を設け、文書が営業秘密が記載されているものであっても裁判所が提出を拒む「正当な理由」がないと判断すれば、当該文書の提出を義務づけられることとする旨の規定を置くことが適当である。また、その場合、相手方の利益保護のため、文書提出義務があるかどうかを裁判所が判断する手続(インカメラ手続)もあわせて導入することが必要である。なお、この「正当な理由」の判断に当たっては、営業秘密の保護に加えて、第三者のプライバシーの保護や報道機関における取材源の秘匿の必要性にも留意すべきであるとの指摘があった。

    2 積極否認の特別の導入

    侵害行為の特定において、相手方が権利者の主張を否認する場合には、その理由として自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならないこととすることについては、今後の侵害行為の態様の変化等の状況を踏まえながら引き続き検討する必要がある。

    (1)背景
    侵害行為の差止請求又は損害賠償請求訴訟を提起する場合には、権利者は、損害額の主張立証に至る前に、まず侵害行為を主張し、その主張を相手方(被告)が否認する場合には、これを立証しなければならない。侵害行為の主張に対する否認の方法に関しては、著作権法上特段の規定は設けられておらず、民事訴訟規則の規定によることとなる。

    特許権侵害事件等においては、侵害行為の主張に際し、侵害物又は侵害方法が侵害者の固有の技術によることがあるため、相手方が侵害物についての権利者の主張を単純に否認する場合には、侵害物又は侵害方法の特定が困難である場合が多い。その結果、訴訟手続において、侵害物の特定に長い時間を要し、訴訟を遅延させるという問題があったことから、特許法等において相手方が権利者の侵害物又は侵害方法についての主張を否認する場合には、その理由として自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならないという積極否認の特則が導入された。意匠法や商標法においては、権利侵害により製造された物品等の入手が容易であるため、侵害態様の特定は比較的容易であるものの、侵害行為の予防のために差止請求を行う場合のように未だ市場に侵害品が出回っていない時点での侵害行為立証の容易化の必要性から特許法等と同様に積極否認の特則が導入されている。

    (2)著作権法への導入について
    [1]一般的に著作権等侵害の場合は、著作権等を侵害して作成された複製物等を原告が入手することは比較的容易であること、[2]民事訴訟規則(第79条第3項)に積極否認に関する一般的な規定が置かれており、著作権等侵害事件においてこの規定のみでは権利の確保が困難であるという状況も現時点においては想定しにくいことから、ただちに積極否認の特則を著作権法に導入することについては消極的な意見がある。

    その一方で、[1]データベースの著作物やコンピュータプログラムの著作物又はインターネットによるコンテンツの送信等については特許権侵害等の場合と同様に侵害行為の特定が困難である場合を想定しうること、[2]前記民事訴訟規則による積極否認は否認の理由を示すことを義務づけるにとどまり、侵害訴訟における侵害行為の具体的態様を明示する義務まで明確に規定していないことから、この特則の導入により訴訟実務上権利者の便宜に資するとの意見もあること、[3]著作権等侵害の場合と同様に侵害行為により作成された侵害品等の入手が比較的容易である意匠権等についても積極否認の特則が導入されていること等から、著作権法において特許法等と同等の積極否認の特則を導入することに積極的な意見もあり、その必要性については、今後の侵害行為の態様の変化等の状況を踏まえながら引き続き検討する必要がある。


    II 損害額の立証の容易化等
    3 新たな損害額算定ルールの創設

    権利者が侵害者に対して逸失利益の損害賠償を請求する場合に、侵害者が譲渡した違法複製物の数量等を基に損害賠償額を算定することができるとすることについては、引き続き積極的に検討を続ける必要がある。

    (1)背景
    著作者等の権利者は侵害者に対し、民法第709条の規定に基づき逸失利益の賠償を請求することができるが、この場合、権利者は侵害行為と相当因果関係のある損害及びその額を立証しなければならない。しかし、著作権等侵害に係る損害賠償請求訴訟においては、侵害行為と損害との相当因果関係の立証が困難である場合が多く、そのため、認定される損害額が低額となっているとの指摘がある。また、侵害者が侵害行為によって受けた利益の額を権利者の損害額と推定する旨の著作権法第114条第1項の規定については、利益算定に必要な書類からは侵害品の売上高から控除すべき額の特定が困難である等、侵害者の利益の特定が困難である場合があり、侵害者の利益が立証された後にその利益について権利者の損害額との因果関係が不存在であることを侵害者が立証した場合には推定が覆されて、結果として第114条第1項が適用されないことが多い。このようなことから、著作権等侵害による損害賠償が認容された事件のうち、損害賠償の算定に関する著作権法上の特則を用いずに民法第709条のみによって損害額を認定した件数や、著作権法第114条第1項に基づく認定件数は少数にとどまっている。

    特許法等においては、逸失利益の立証の容易化の観点から、特許権者等が侵害者に対して損害賠償を請求する場合に、侵害者が侵害行為によって組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を特許権者等が受けた損害の額とすることができることとする新たな損害額算定のルールが創設されている。

    (2)著作権法への導入について
    特許法等の上記の規定に類する規定を著作権法に導入するとすれば、損害があったことは明確であるが侵害者の得た利益額が特定できない場合などにおいて、現在の著作権法第114条第1項に基づくオール・オア・ナッシング的な運用でなく、割合的な認定ができることとなり、「実質的に侵害者の利益を損害とみなす」という選択肢を権利者に与えることとなって、損害の填補に有益であるとして、著作権法への導入について積極的に検討すべきとする意見が多いものの、検討にあたっては、[1]対象となる侵害行為の態様、[2]損害額を減額する事情、の二点について注意を要する。

    [1] 対象となる侵害行為の態様
    特許法等においては侵害行為の主たる形態である「侵害製品の譲渡」に限定してこの規定を適用することとしているが、著作権法においてこれに準じて「違法複製物の譲渡」という形態に限定することが適当かどうかを検討する必要がある。これについては、「違法複製物の譲渡」に限定して導入したとしても権利の実効性の確保という点で一定の効果はあるという意見がある一方で、著作権等侵害の場合には複製のほかに上演やインターネット等による公衆送信などの無形的利用や、複製物の貸与、プログラムの企業内コピーのように譲渡を伴わない侵害行為がかなりの割合を占めていることから、「違法複製物の譲渡」という利用形態に限定することは適用範囲が狭すぎるという意見が多い。このような著作権等侵害の実態に即した適切な概念を設ける必要がある。

    次に、特許法等で用いられている譲渡した物の「数量」に相当する概念について検討する必要がある。この規定の適用を「違法複製物の譲渡」という有形的利用に限定した場合にはそれに対応する概念として「数量」が妥当であるが、無形的利用については、「数量」によってはその侵害行為の規模を把握できないことから、これに代わる概念が必要となる。

    [2] 損害額を減額する事情等
    特許法等においては損害額について「権利者の実施の能力に応じた額を超えない」という限度を設けているが、著作権法においてもこれに準じた限度を設けるかどうかという問題がある。特許権等工業所有権の保護の対象は「業として」特許発明の実施をすることとされていることから、権利者の実施能力が当然に考慮されるべき事情となるが、著作権等においては業として利用されているか否かを問わず、著作物等を無許諾で利用されることがすなわち侵害となることから、著作権法には「実施(利用)の能力」の概念がなじみにくいと考えられる。また、特許権等については権利者自身(専用実施権が設定されている場合には専用実施権者自身)が発明等を実施していることが多く、特許法の第102条第1項も権利者自身が発明等を実施していることを前提としているのに対し、著作権等については権利者自身が出版等の形で著作物等を「実施」しているケースは一般的でなく、主として許諾を与えて権利者以外の者が著作物等を利用していることが多いが、著作権法においてこの点をどう考えるかという問題がある。

    次に、損害額を減額する要素をどのように考えるかが問題となる。特許法等においては「権利者が販売することができない」事情には侵害者の営業努力や代替品の存在等の事情が含まれると解されている。著作権等の場合には、権利者本人が著作物等を利用していることを前提としておらず、権利者の販売の可能性が問題とならないことから、このような侵害者の反証に関する規定は不要であるという意見もあるものの、侵害者に抗弁の余地がなくなるのはバランスを欠き、法制上問題であるという意見もあり、この点をいかに解決していくかという問題がある。

    仮に、特許法等に類した規定を著作権法においても導入するとした場合、次のような案が考えられる。

    (案の1)「違法複製物の譲渡」に限定して損害賠償額算定の新たなルールを設定する方法
    この案は、侵害者が侵害行為によって作成した複製物を譲渡したときは、その譲渡した複製物の数量に、著作権者、出版権者又は著作隣接権者がその侵害の行為がなければ販売することができた複製物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、著作権者、出版権者又は著作隣接権者が受けた損害の額とすることができるとするものである。

    この案は、(ア)従来から大規模な侵害行為により侵害者が多額の利益を得ている侵害行為事犯には海賊版の販売のような有体物の移転を伴う形態のものが多いことに着目し、本規定の適用対象を「違法複製物の譲渡」に限定したものであり、(イ)著作権等と同様に特許権と比較して無形的利用が頻繁に行われうるような商標法や意匠法においても「侵害製品の譲渡」に限定した規定をおいていることとの均衡に留意したものである。
     ただし、著作権等侵害の態様を「譲渡」という有形的利用に限定した場合、演奏、上映、公衆送信、貸与等の無形的な利用形態による侵害行為を適用対象外とすることとなり、均衡を失することとならないかという疑問が残る。

    (案の2)著作権等侵害行為のあらゆる利用態様を対象として損害賠償額算定の新たなルールを設定する方法
    この案は、侵害者が著作物を利用した回数に、著作権者、出版権者又は著作隣接権者がその侵害の行為がなければ得ることのできた著作物利用1回当たりの利益の額を乗じて得た額を、著作権者、出版権者又は著作隣接権者が受けた損害の額とすることができるとするものである。

    この案は、著作権等侵害行為の態様を網羅的に適用の対象とすることができる。
    ただし、(ア)インターネット上での配信その他の無形的利用について、「回数」という概念がなじむかどうか疑問が残る。また、(イ)1回当たりの利用による「利益の額」を算定するにあたって、著作権等の場合、特許権等と異なり、権利者が他人に許諾を与えて著作物等を利用させることが多いことから、結局、「使用料の額」が著作物の1回当たりの利用による利益の額となり、現行著作権法第114条第2項に加えてこのような規定を設ける意義が薄れる。さらに、(ウ)無形的利用の典型例である音楽著作物の上演の場合には、上演の場所(規模)によって「1回当たりの利用による利益の額」が異なり得るなど、単純に乗じることに問題がある。

    なお、案の1及び案の2両方について、減額要素として権利者が複製物を譲渡できない、又は著作物を利用できない事情があるときをどのように取り扱うべきかという問題が残る。この問題については侵害者側に抗弁の機会を与えることが必要であるとする意見が多いものの、権利者が著作物を出版販売等の形で利用することを要するかどうかにつき司法上の解釈も分かれているところであり、現時点で著作物等の利用の有無を損害額を減額する要素とするかどうかを確定して立法化することは困難である。

    以上、規定の適用範囲の問題や、侵害者側に抗弁の機会を与える場合の具体的な内容を現時点において確定することが困難であるという事情等を踏まえると、このような規定の著作権法への導入については司法実務の動向等に留意しつつ、引き続き積極的に検討を続けることが適当であると考えられる。

    4 計算鑑定人制度の導入

    侵害者の協力義務の下に、損害の計算に必要な書類を計算鑑定人が鑑定し、損害の計算に必要な事項について裁判所に報告する制度を導入する。


    (1)背景
    特許権等侵害事件においては、文書提出命令により損害の計算に必要な書類の提出を求めたとしても提出される文書の量が膨大である場合、経理・会計の専門家でない裁判官、弁護士にとっては文書を正確かつ迅速に理解することが困難である。また、提出された文書が略語を使って表記されたものであった場合にはその内容について説明を受けなければ部外者に理解できないが、文書提出命令には文書の記載内容についての当事者の説明義務が含まれていないことから、民事訴訟法の鑑定制度を活用しても、相手方が説明に応じない場合には、文書の内容を理解できない場合がある。このため、特許法等において計算鑑定人制度が導入され、当事者の協力義務の下、計算鑑定人が迅速かつ的確にその職務を遂行することができることとなった。

    (2)著作権法への導入について
    著作権等侵害事件において、文書提出命令(第114条の2)により文書の提出を受けたとしても、その文書は、提出者の事業目的のために作成されたものであることから、略号表記やコンピュータ処理のされた大量の帳票類であることも想定され、これについて要部を特定して分析することには非常な困難が伴う。また、証拠書類が侵害者側の手元にあることを考えると、肝心な部分が隠匿・改竄されていることも考えられ、その信憑性にも疑問が残る。このような文書について、高度の専門知識をもった計算鑑定人を指定して訴訟当事者の協力義務の下にその内容を解析させることは、裁判の公正と迅速化にとって非常に有益であり、権利者の立証負担を軽減し、権利の実効性を高めるという観点から見ても重要なことである。さらに、近年、デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、著作物等の利用形態の多様化とともに利用規模の飛躍的拡大という変化が生じている中で、今後さらに大規模な著作権等侵害事件が生じることが予想され、また、損害額を立証する証拠がデジタル化され、システムの解析的知識を用いてこれを算出する状況も予想されることも踏まえ、著作権法においても特許法等と同様に、民事訴訟法上の鑑定人制度の特例としての計算鑑定人制度を導入することが適当である。



    III 損害額の認定範囲の拡大
    5 具体的事情を考慮した使用料相当額の認定

    権利者が、その権利の行使に対し受けるべき使用料の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額として賠償を請求する場合において、当事者間の具体的事情を損害額の認定に反映させることができることとする。


    (1)背景
    著作権等侵害事件において、著作権法第114条第2項に基づき「通常受けるべき金銭の額に相当する額」を損害額として賠償請求する場合にも、既存の使用料規程等が参酌されることが多い。この場合、誠実に許諾を受けた者と同じ額を賠償すればよい結果となり、いわゆる「侵害し得」の状況が生じることから、事前に許諾を得るというインセンティブが働かず、侵害を助長しかねない状況となっている。

    特許権等侵害事件においては、平成10年改正前の特許法第102条第2項により賠償請求をする場合、既存の実施契約があればそれを参酌することが多く、その場合誠実にライセンスを受けたものと同じ実施料を支払えばよい結果となり、「侵害し得」の状況となっていたことや、業界相場や国有特許の実施料のように当該特許発明の具体的価値から離れた事実に依拠する判決が多く、当事者間の事情等が考慮されないこととなっていたことから、「実施料相当額」の認定において、当該事件の個別事情を考慮できることとされた。

    (2)著作権法への導入について
    著作権等侵害事件における損害額の認定に係る現状を踏まえ、具体的には第114条第2項の規定中の「通常」を削除し、著作権法においても当該事件の具体的事情を考慮した「相当」な使用料の認定ができることとすることが適当である。この場合、「相当」な使用料とは、当事者間の業務上の関係や侵害者の得た利益等、侵害者と権利者との間の様々な事情を考慮して決定する、実情にあった使用料という意義を有することとなる。

    6 弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいた相当な損害額の認定

    損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難である場合には、弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいた相当な損害額の認定ができることとする。


    (1)背景
    損害賠償請求事件において損害額の認定をする際、原則として裁判官が合理的な確信を得るに足る程度の立証が必要となる。ただし、民事訴訟法においては、「損害の性質上その額の」立証が極めて困難である場合には証明度が軽減され、裁判所が弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいた相当な損害額の認定をできることとされている(第248条)。

    特許権等侵害事件においては、損害は侵害者の経済活動を通して発生するものであり、特許製品等と侵害品の他に競合する他製品が市場に存在し、市場自体も特許製品等の発売によって拡張するという複雑な要因が存在することから、「損害の性質上」というよりは損害額を立証するために必要な事実の立証が「当該事実の性質上」極めて困難であるために損害額を立証することが困難となっている。このため、特許法等において、弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいた相当な損害額の認定ができることとする規定が導入された。

    (2)著作権法への導入について
    著作権等侵害事件においても、損害の発生が立証されたとしても、例えばカラオケ演奏等により継続的に演奏権等が侵害されていた場合において、侵害行為発覚後の演奏回数は立証できるものの、過去の演奏回数までさかのぼって立証することが極めて困難である場合や、一部の地域については損害額が立証できるものの全国規模の損害額を立証するには調査費等が莫大になってしまう場合等、損害の範囲及び損害額を立証することが極めて困難な場合が多いという事情が存在する。これらは、民事訴訟法の規定における「損害の性質上」損害額の立証が極めて困難な場合とはいえないが、損害額を立証するために必要な事実の立証が「当該事実の性質上」極めて困難である場合に相当し、このような事情を踏まえて弁論の全趣旨や証拠調べの結果に基づいて裁判所が損害額を認定しうるとする規定を著作権法において導入することが適当である。



    IV その他
    7 三倍賠償制度の導入

    著作権等を侵害した者に対し、証明された損害額の三倍に相当する賠償を命じることができることとすることについては、関係各方面の議論の動向に留意しながら、検討を行う。


    (1)背景
    我が国の不法行為による損害賠償制度は、被害者が被った不利益を補填して不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的としており、権利者の損害を超えた賠償を求めることはできないこととされている(参考 最高裁平成9年7月11日判決・民集51巻6号2573頁・万世工業事件判決)。

    いわゆる「三倍賠償制度」とは、知的所有権を侵害した者に対し、証明された損害額の三倍に相当する賠償を命じることができるという制度である。この制度の導入の根拠となる考え方としては、[1]三倍賠償制度を、実損額を超える損害の賠償を命じるものとして捉え、侵害者に対して懲罰を与えることを目的とするという考え方、[2]三倍賠償制度を導入することにより、抑止力による一般予防を図るという考え方、[3]知的所有権侵害訴訟において「真の損害」を回復するためには、特に立証された損害の三倍の賠償を命じることが公平にかなうという考え方がある。

    (2)著作権法への導入について
    知的所有権侵害事件における被害者の救済と侵害行為に対する抑止力の強化という観点から「三倍賠償制度」の導入についての検討は有意義であるとの意見がある一方で、我が国において侵害者に対する制裁や一般予防効果は刑事罰の役割とされてきたことや、他の法領域との比較において特に知的所有権侵害行為のみを「三倍賠償制度」の対象とする理由が見出しがたいこと等から導入に消極的な意見もあり、本部会において一定の方向性を得るに至らなかった。

    「三倍賠償制度」の導入は損害賠償制度全体に関わる大きな問題であり、民事法制一般や他の法領域との均衡に配慮し、また一方で、知的創作保護の強化の観点に立った新たな損害賠償制度の枠組みの検討も視野に入れつつ、今後さらに広い視野から関係各方面における議論の動向に留意しながら検討を行うことが必要と考えられる。
    8 弁護士費用の敗訴者負担の導入

    著作権等侵害訴訟においてかかった弁護士費用の一部を敗訴者の負担とすることについては、司法制度全体の情勢に留意しながら、検討を行う。


    (1)背景
    デジタル化・ネットワーク化に伴い、著作権等侵害訴訟において、先端技術等に関する高度専門的な知識が必要とされ、裁判遂行における弁護士の役割の重要性が高まっている。一般的に不法行為訴訟においては、侵害行為と相当因果関係にある損害として、相当な金額の範囲内で弁護士費用の賠償が認められている。しかしながら、権利者側から見れば、勝訴したとしても侵害により生じた弁護士費用の分だけ賠償額が減額されることになり、そのコスト等を考慮して訴訟を断念するケースもあることが指摘されている。

    特許法等の工業所有権法制においてもこのような背景を踏まえ、弁護士費用の一部を敗訴者の負担とすることについて検討されたものの、導入されるには至っていない。

    (2)著作権法への導入について
    弁護士費用を敗訴者負担とすることについては、弁護士費用が敗訴当事者から回収されないとすれば、権利者側から見れば、勝訴してもその成果は弁護士費用の負担によって減殺される結果となり、権利者が十分損害の回復をできず、相手方としても、勝訴した場合にも自己の弁護士費用については敗訴したのと同じ結果となり、権利者側の不当な訴訟によって損害を被ることや、民事訴訟において必要経費にあたるというべき弁護士費用を、勝訴しても自ら負担することは不合理であり、敗訴者負担が国民感情に適合することを理由として導入に積極的な意見がある。その一方で、敗訴の場合のリスクを考え、特に勝訴か敗訴かの見込みの立たない事件について、訴訟提起、上訴提起が控えられる恐れがあることや、弁護士と依頼人との自由な契約で決定されるべき相手方の弁護士費用について、敗訴という一種の結果責任に基づいて一方的に敗訴者に負担させるのは、過度な制裁と考えられることを理由として導入に消極的な意見もあり、本専門部会としての結論を得るに至らなかった。

    この問題については、裁判を受けるという国民の権利を実質的に保障するという観点から、司法制度全体の中で諸般の情勢の変化を踏まえつつ、検討を行うことが必要である。

    9 間接侵害規定の導入

    著作物等の侵害行為のあった場所の使用許可者、侵害の装置の提供者等に責任を負わせることについては、今後の検討が必要である。


    (1)背景
    再生演奏の場合の演奏権や公の伝達権等の管理については、その管理対象が膨大な数に上ることから、著作物等の利用者に場所や手段を提供する者等の協力が必要不可欠である。また、これらの提供者等が侵害行為の場所や手段を提供することにより、 侵害行為が助長・拡大されることとなる。

    (2)著作権法への導入について
    権利の実効性の確保のためには、これらの侵害行為の場所の提供者や手段の提供者に関し、損害賠償請求等の対象とする間接侵害規定の導入が必要であるとする意見もあったが、間接侵害規定の導入については、今後国際的な動向も踏まえつつ、ネットワーク上での複雑な情報の流通の中で、著作物等の流通に与える影響を考慮しながら権利保譲の在り方について長期的に検討することが必要であると考えられる。

    10 その他
    この他、近年のインターネットの普及と情報圧縮技術の登場を背景としてネットワーク上での著作権等侵害事件が頻発していることから、権利者がネットワーク上における違法行為を疎明した場合に、侵害者特定のために、サービスプロバイダーに対して違法サイトの開設者に関する情報の開示を義務づける制度の創設が必要であるとする意見があったが、これについては情報通信に関する他の法領域の動向に留意しつつ、今後の検討課題とした。



    罰則関係
    1 法人重課の導入

    法人重課については、著作権等の侵害罪について導入することとし、著作者人格権や侵害罪以外の行為に係る罰則については、今後の違反実態に留意しながら、引き続き検討する。


    (1)背景
    平成7年3月の著作権審議会第一小委員会専門部会(執行・罰則等関係)の中間報告においては、著作権法への法人重課(両罰規定において、法人に対する罰金額の上限を自然人に対する罰金額の上限より高くすること)の導入について、侵害行為の抑止という観点からは、自然人に比して一般に資力の高い法人に対しては相当の罰金刑を科さなければ実効を期し得ないため、法人には別途重い罰金刑を科すべきであるとする意見や、知的所有権制度全体の均衡を考慮すべきとする意見、さらに現在の罰金刑では法人の違反行為を抑止できないという実態があるのか否かという面に配慮すべきであるという意見等多様な意見が出され、専門部会として意見をまとめるには至らず、法人重課の導入は見送られた。

    しかしながら、今日、法人等団体の社会・経済活動は、個人の活動範囲をはるかに超え、国民生活に少なからぬ影響を及ぼすことが多く、これに伴い、法人等の業務活動に関連して惹起される犯罪その他の不法行為は多様化するとともに増加していることから、両罰規定をいかに有効に機能させるかが重要な課題となっている。また、特許権等の侵害罪、詐欺行為罪及び虚偽表示罪については、通常、侵害にあたり一定の製造能力が必要であるとともに、侵害の主体が主に法人であるため、侵害による利益は個人に比べて高くなると予想されるが、改正前の特許法等では、こうした法人に対し両罰規定により侵害罪を適用しても、500万円の罰金刑にとどまることになり、その抑止には限界があること等の指摘があったことから、平成10年に特許法等において法人重課が導入され、平成11年にその範囲が拡大された。このような背景を踏まえ、著作権法への法人重課の導入についても再度検討する必要がある。

    (2)著作権法への導入について
    法人重課の著作権法への導入については、著作権等侵害においてもビデオ等の海賊版作成・頒布事件や上映権侵害事件のように法人の業務として侵害行為が行われているケースや、企業内違法コピーや違法送信等企業ぐるみで行われるケースが多く、このような場合にその規模は極めて大きいこと、他の知的所有権法制において既に導入されていることから、これらとの均衡を図る必要があること等から、法人業務主に対して十分な抑止力のある罰金を課すべきであるとの意見が大勢であった。このような状況を踏まえ、著作権法においても著作権等の侵害罪について特許法等と同様に法人重課を導入することが適当である。
    また、著作者人格権の侵害や侵害罪以外の行為(第119条第2号、第120条の2等)に係る法人重課については、現時点においては法人重課が必要とされるような実態があるかどうかが明らかでないこと、また、平成11年に導入された技術的保護手段の回避や権利管理情報の改変等を行った者への罰則についてはその運用状況を踏まえた検討を行う必要があることから、今後の違反実態を踏まえ、十分な抑止効果の在り方についてさらなる検討が必要と考えられる。

    2 侵害罪の非親告罪化

    著作権等の侵害罪等を非親告罪とすることについては、今後の侵害行為の態様等に留意しながら、引き続き検討する。


    (1)背景
    特許権等の侵害罪については、平成10年の法改正において、従来の親告罪を非親告罪とする改正が行われたところである。特許権等については、現在ではほとんどの権利者が法人であると考えてもよい状況にあること、研究開発成果の保護のため、特許権等を他の一般財産権よりも手厚く保護しなければならないとする強い社会的要請があること、また、特許の流通市場の創設や特許権等の担保化等の進展により、特許権等の保護は私益の保護であるとしても公的性格が高まりつつあることを踏まえると、あえて「被害者である権利者が不問に付することを希望する」場合を想定して、親告罪としておく必然性が失われているという事情が考慮されたものである。

    (2)著作権法への導入について
    著作権侵害罪については、親告罪であることにより犯人を知ったときから6月以内に告訴することが必要になるが、この告訴期間の経過により、権利者が告訴できないという事態を避けるため、非親告罪とする必要があるとの考え方や、権利者自らの告訴のみならず、第三者の告発によって法の執行機関が捜査権限を有することにより、権利侵害に対する抑止力が高まるとする導入に積極的な意見もあるものの、著作物には営業的に利用されないものが多いなど、なお特許と比較して私益性が強いことや、著作権においては特許権と異なり審査、登録が権利発生の要件となっておらず、権利の帰属関係が特許権ほど明確でないこと、日常的、恒常的に利用されることが多く、侵害手段も平和的である著作権について権利者の告訴を事件とせず訴追することができることとすると、第三者による告発の濫発が予想されうること等から、導入については今後の侵害行為の態様等の状況を緒まえ、さらに検討する必要がある。

    なお、著作隣接権、出版権等侵害については著作権侵害と同様の事情が存するが、著作者人格権については、個別の事情が存することに配慮する必要がある。

    3 懲役刑の引き上げ

    懲役刑の引き上げについては、今後の自由刑の適用状況や他の知的所有権法制の動向に留意しながら、引き続き検討する。


    (1)背景
    平成7年3月の著作権審議会第一小委員会専門部会(執行・罰則等関係)の中間報告書において、懲役刑の引き上げについては、違反の実態、著作権等保護の必要性についての一般的意義、違反に対する科刑の実情(特に、本来重い刑を科すべきであるが刑の上限が定まっているためにその上限までしか科すことができないというケースがあるかどうか)等に照らし、可罰性の程度に相当の変動があったかどうかを慎重に検討すべきであるとの意見が紹介され、見送られたが、懲役刑の引上げについては今後の情報化社会においては、著作物の創作を促進するため著作者の権利を十分に保護するとともに、著作権等の保護に係る秩序を形成することがますます重要になること、また、特許法と比較して著作権法の保護法益がそれより下回るとする合理的理由もないとして積極的な意見がある。また、著作権、著作隣接権や出版権の侵害と著作者人格権侵害は保護法益を異にしており、それぞれについて検討を行う必要があるという意見もある。

    なお、特許法等についても懲役刑の引き上げが論じられたものの、実際の特許権の侵害行為に対する自由刑の適用状況をみても、上限の5年のところに言い渡し刑が集中するような「頭打ち現象」が生じているとはいえないこと等を理由として導入が見送られている。

    (2)著作権法への導入について
    著作権等侵害事件においては、言い渡し刑が懲役刑の上限である3年に集中するような実態はなく、現在の懲役刑の上限が抑止力に欠けるという状況も把握できないことから、今後の自由刑の適用状況や他の知的所有権法制の動向を見つつ、さらに検討する必要がある。


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