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    外国著作権法

    タイ編

    概  要

    1.タイの著作権法制定の歴史的変遷

    タイの著作権法は、Copyright Act, B.E.2537と呼ばれている。B.Eとは、Buddha Eraの略で仏暦のことあり、西暦でいえば1994年法という。
    タイでは、1892年に国王ラーマ5世が王室図書館委員会を設け、そこに国王令の複製頒布の専権が与えられていたことを以て、タイ著作権法の萌芽と述べられている。近代における著作権法は、1901年法を始めとしており、それは、古くイギリスの1709年のアン女王の著作権法に範をとり書籍商に出版物頒布の専権を認めるもので、出版物の登録制度も設けているが、それらは、文芸の著作物以外の著作物の保護を認めるものではなかった。
    農業国であるタイも、世界的潮流の影響を受け、1886年に立したベルヌ条約のベルリン改正規定(1908年)に、翻訳権については留保しつつ、1931年に加盟している。それと同時に著作権法は改正され、内国民待遇、無方式主義、民事・刑事両面の制裁規定も導入されており、これは、「1931年文芸・美術の著作物の保護に関する法律」と呼ばれた。この法律の寿命は永く、1983年の著作権法が制定されるまで、タイにおける著作権法として存在した。この1983年法も、タイがWTOの設立条約に加盟し、そのTRIPs協定に拘束されることになったため、1994年に現行の著作権法「Copyriht Act, B.E. 2537(1994)」が制定され、翌1995年3月21日に施行されたことに伴い廃止された。その後、集積回路保護法(Layout-Designs of Integrated Circuit Act)が2000年に、営業秘密保護法(Trade Secret Act)が2002年に制定されている。
    ちなみに、現在、タイは、ベルヌ条約パリ改正規定(1971年)と、WIPO設立条約及びWTO設立条約に加盟しているが、それ以外の著作権に係わる国際条約には加盟していない。万国著作権条約(UC―1952年)にも、その設立会議には参加したが加盟せず、レコード保護条約(1971年)、ローマ条約(1961年)にも、WCT(著作権に関する世界知的所有権機関条約―1996年)、WPPT(実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約―1996年)にも加盟していない。
    上記のように1994年に現行著作権法の制定以来、技術の進歩に伴う著作権界の変化にそれが十全の適応を示しているとはいえず、タイ国内においてその改正が主張されている。1994年法は、ベルヌ条約に従い、無方式主義をとり、著作権の登録制度はあるもの、それは著作権に関する記録の保持にすぎず、著作物の固定も要件ではなく、アイデアの表現が創作的であれば著作物として保護される。また、日本法と同じく著作権の二元主義、すなわち、著作財産権と著作者人格権の二元主義を採っている。著作財産権の保護期間も、ベルヌ条約に従い、著作者の生存中及びその死後50年を原則としており、著作権の制限規定もあり、明文化はされていないが、いわゆるフェア・ユース(fair use)の観念もタイ著作権法は採用していると解されているといわれている。著作権の侵害に対しては、民刑事両面からの制規定をもち、著作権の侵害者に科される罰金の2分の1を、著作権者は裁判所に請求できるというユニークな興味ある規定もみられる(第76条)。

    2.タイにおける情報伝達手段の普及と著作権保護

    インターネット社会の進展がタイに及ぼす影響は大きく、その負の面として著作権者の許諾なくして著作物が他者に対して伝達され、また違法なコピーが大量に作成される危険性は増大した。これらに対し、WCTやWPPTの水準に適合することを意図し、その対策を執る姿勢はあるが、その歩みは極めて遅いのが現状である。政情不安という政治的要素らみて、対策への取組みについてはその予想は立ち難いというのが一般の評価である。この対策のための基本的な視点として、(1)デジタル時代に即応する著作権者の保護、(2)権利の集中管理体制の整備、(3)違法行為の質・量に応じた制裁体制の整備の3点が挙げられている。
    これらの立法に向けての動きとは別に、現行法に基づく、また、改正法に期待する権利の実現の保障、法の適正な執行という問題もタイでは採り上げられている。権利の実現、法の適正な執行については、タイにおいては警察の機能を重視しなければならない。タイにおいて、察は、国民の生活の安全を図ることを第一の任務とはするが、同時に、それは、著作権問題についての処理も重要な任務とされており、著作権法は、第67条、第68条に、著作権法に定める公務員を刑法に基づく公務員とし、著作権法違反にあたり、捜査、立入り、差押え、押収等の権限が与えられており、それが著作権法(現行)内に明記されているという特徴を示している。
    これら著作権法に規定する刑法典に定める公務員とみなされる担当官は、著作権法のみならず、関税法、検閲法、消費者保護法、製造物責任法その他の民事・刑事に関する法律を援用てその責にあたることになる。これら、いわば伝統的な法律に加え、政府は、違法な光ディスクの製造防止のために、光ディスク製造法を制定し、光ディスクの製造業者に対し、その製造数や製作機械の登録、更に作成されたディスクに製作のサインと符号(Code)を付すことを求めている。
    映画やビデオについては、映画ビデオ法がある。近年、映画界や外国からの要請をうけて改正されており、それは、もともとタイにおける映画の製作、料金や頒布について監視するためのものであって、映画を映画館内で直接ビデオカメラで盗撮・複製する行為についまで規制するものではない。しかし、映画館内における映画の盗撮が頻繁に行われ、それがタイの映画のみならず、外国とりわけアメリカ映画について行われるようになり、国際的な問題にまで発展してきた。この映画館内における映画全部の盗撮複製(いわゆるCamcording(カムコーディング))は、国際知的所有権連盟(IIPA)によって、アメリカ映画については、2010年には、その前年2009 年より48%多くカムコーディングされていると報告されている。このために、映画盗撮防止法の制定が考えられたが、法制委員会からそれを特法(sui generis法)とせずに著作権法中に収めて制定してはどうかとの提案がなされ、現在、知的所有権部(DIP)が小委員会を設けて審議中だが、国会に法案として提出するまでには至っていない。

    3.タイにおける著作保護に関する法整備の課題

    タイにおいて、現在考えられている著作権にかかわる法制度やその修正の若干に触れておく。著作権法を修正し、著作権侵害に対応しようとする試みについては、まだその見直しは明るいとはいえそうにない。著作権法修正以外には、タイ政府の試みとしては、WIPO のインターネット条への対応、著作権を侵害する物品と知ってその製作者や頒布者から購入する消費者に民事・刑事の懲罰規定を適用すること、インターネットサービスプロバイダの有責規定、著作権を保護する技術的装置に関する法律と、その保護技術を回避しようとする行為に関わる法律の制定等が挙げられる。

    4.著作権保護をめぐる我が国とタイとの関係

    日本とタイの間には、「経済上の連携に関する日本国とタイ王国との間の協定(以下、「日本・タイ経済協力協定」という。)(Agreement between Japan and the Kingdo of Thailand for an Economic partnership, 2007)が締結されている。これは、JTEPAと略称されている。このJTEPAの第10章は、TRIPs協定に定められている事項と同一の事項が多く定められており、そのなかには、知的所有権一般について触れられ、その第133条は、とりわけ著作権と著作隣接権について規定している。
    JTEPA の第122条により、日本及びタイは次のように約定している。すなわち、「・・・知的財産の十分にして効果的かつ無差別的な保護を与え、及び確保し知的財産の保護に関する制度の効率的なかつ透明性のある運用を促進し、並びに侵害、不正使用及び違法な複製に対する知的財産権の行使のための措置をとる。」と。
    日本とタイは、当然のことながら、ベルヌ条約やTRIPs協定の遵守を確認し、内国民待遇の向上へ向けての運動にも触れている。JTEPA は、その小委員会を設置してその遵守についての検討や、両国における国民の知的財産保護の意識を図る方策について検討することにも触れている。
    2011年にタイは大洪水に襲われ、タイ中部のナワナコンなどの工業団地が連鎖的に水没し、タイの日系製造業の4分の1にあたる約450社が被災したが、日本企業はタイから離れることはせずに脱出する動きは希と伝えられている。タイの成長が新たな段階に入る現在、日本とタイとの経済的な結びつきはますます強くなり、著作権保護も重視されることになるであろう。

    5.タイ著作権法の特徴

    タイが著作隣接権に関するローマ条約(1961年)に加盟していないことは前述のとおりだが、にも拘わらず、タイ著作権法(1994年)は、その第44条から第53条まで、及び第61条から第66条まで実演家の保護について規定している。ーマ条約が実演家以外に保護を規定するレコード製作者や放送機関についての規定は見当たらない。実演家だけであるにせよ、その保護が著作権法中に規定されていることは、タイ著作権法の特徴のひとつといえる。
    現行日本著作権法が昭和45(1970)年に制定された当時、日本はローマ条約の制定会議(昭和36年―1961年)に参加はしたが、それに加盟し締約国として効力が発生したのが平成元(1989)年であったことと対比すると、タイにおいては実演家のみが規定されているにせよ、興味深いものがある。

    (阿部浩二)

    タイ著作権法の概要/構成

    1.第1章第1節及び第2節

    (1) ベルヌ条約に従い、無方式で著作権を成立せしめる。知的財産庁に登録することができるが、それは、著作物創作に関する証拠をサポートするものとして機能する。
    (2) ベルヌ条約第2条に示されるように、タイ著作権法も著作物を列挙し、文芸の著作物にはコンピュータ・プログラムを含むと明記し、更に、演劇の著作物、美術の著作物、音楽の著作物、視聴覚著作物、映画の著作物、録音・録画の著作物、放送の著作物等について定義し、更に、実演家、翻案、公衆への伝達、発行についても定義を与、著作権行政を担当する者として、Officials, Director General, Committee, Ministerを挙げている(本書では、担当公務員、長官、委員会、大臣と訳している。)。
    (3) ベルヌ条約にならい、著作権による保護を受けないものとして、憲法、法令、規則、告示や判決、裁判所の決定、また、これらの翻訳やその収集物を挙げている。
    保護を受ける著作物の著作者についても、ベルヌ条約第3条乃至第5条と同旨の規定を設けている(著作者の国籍、常居所等の要件について。)。
    (4) 委嘱によ作成されている著作物についての規定もある。

    2.第1章第3節

    第3節は、著作権の保護で、著作権者の持つ専有権を列挙する。すなわち、複製又は翻案、公衆への伝達、コンピュータ・プログラム等の貸与、その他であり、これらの権利について、条件を附し又は附さないで権利を行使することの不当な競争制限になるか否かについて触れていることは注目される(第15条(5))。

    3.第1章第4節

    第4節は保護期間である。 保護期間は、ベルヌ条約に従い、一般的保護期間は、著作者の生存中及びその死後50年である。50年となっのは、1994年(B.E.2537)法、すなわち現行著作権法によってであり、1995年3月21日に施行されている。それより前は30年であった。

    4.第1章第5節及び第6節

    第5節は著作権の侵害である。許可なくしてなされる著作物の複製又は翻案、公衆への伝達は、著作権の侵害になると原則的一般的に規定し、録音・録画物、コンピュータ・プログラム等について更に詳しく述べ、第6節では著作権の侵害の例外として、著作物の私的使用のためにする複製、批評、解説・紹介等のためにする複製その他ベルヌ条約に反しない例外規定をめている。国際社会一般に認められている例外の規定といえる。コンピュータ・プログラムについて、特に詳しく規定している。

    5.第2章

    第2章は実演家の権利である。 タイは、実演家等保護条約(ローマ条約)にも、実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)にも加盟していないが、実演家の権利を新設し、第44条から第53条まで規定している。そこには、実演のレコードとの関連や、放送、公衆への伝達等について言及されている。実演家の同意を得て作成された記録物ではあるが、それが他目的のために複製されるこは実演家の権利の侵害になる等、実演家の専有権についても規定されている。

    6.第3章

    第3章では、特定の環境下における著作権の使用について規定している。特定の環境下における著作権の使用とは、既に印刷された資料の形態で、若しくはそれに類似する形態で、公に伝達されている著作物について、研究、教授、調査等のため、収益を目的とすることなくその著作物の使用許可を求めることを指す。当該著作物のタイ語への翻訳又はすでにタイ語で出版されている翻訳物を複製することを求めるタイ国民は、長官に対し、一定の条件に従い、申請をることができる(第54条)。申立てを受領した長官は、許可にかかわる報酬及び条件につき関係当事者間の合意を得るよう斡旋しなければならず、合意が不成立のときは、長官は、相当な報酬と条件を定めて許可することになっている(第55条)。

    7.第4章

    第4章は著作権委員会(Copyright Committee)について定められており、構成、任期、資格、権限、義務等が詳細に規定されている。

    8.第5章

    第5章では、国際関係からみた著作権と実演家の権利が定められている。
    タイが加盟国となっている著作権の保に関する国際条約、また、実演家の権利の保護に関する国際条約の加盟国の国民である著作者が著作権を持つ著作物や実演家の権利、また、タイもその加盟国である国際機関が著作権を持つ著作物は、本法により保護される(第61条)。
    タイはベルヌ条約国であるが、実演家等の保護に関するローマ条約にも、WTC、WPPTにも加盟していない。しかし、TRIPs協定による拘束があるため、その第14条により、レコードへの実演の固定に関し、実演家は固定されていない実演の固定及びその固定物の複製がその許諾なしに行われる場合には、これらの為を防止することができること、内国民待遇の原則が働くことになる。
    また、現に行っている実演について、無線による放送及び公衆への伝達がその許諾を得ないで行われる場合も同様である。
    大臣は、これらの関係加盟国を官報で告示することになっている。

    9.第6章

    第6章では、著作権と実演家の権利に関する争訟について規定されている。 タイでは、民事事件であれ刑事事件であれ、著作権又は実演家の権利に関する争訟では、争われている著作物はこの法律による著作権を有する著作物であり、若しくは実演家の権利の目的物であり原告がその著作権若しくは実演家の権利の所有者であると推定される。但し、被告が著作権者若しくは実演家の権利の所有者は存在しないことや、原告の権利を争っているときは、その限りではないとされている(第62条第1項)。
    著作権侵害等の訴訟については、侵害を知り、侵害者の何人かを知ったときから3年の時効、侵害の日から10年の除斥期間の定めがある(第63条)。
    侵害にあたっての損害賠償には、損失に加えて権利保全確保のための執行費用を含む(第64条)。
    侵害及びその虞れに対し差止命令の申立てが可能である(第65条。この法に規定する違法行為に関しては、和解(Settlement)に付すことも可能である(第66条)。

    10.第7章

    第7章は、著作権に関する担当公務員(Officials)について規定されており、若干特異な性格・権限をもつ。
    本法施行のために、担当する公務員は刑法典に基づく公務員であり、違法行為が為されるとみられる合理的な疑いがあるときは、物品の捜索、検査のためその所有者が誰であれ、建物、事務所、工場等に、日の出から日没までの間、また、その執務時間内に立ち入ることや、争訟提起のための文書、書類等差押え、また、押収することや、その提出を求めることができ、何人もこれに協力することが義務づけられている(第67条、第68条)。

    11.第8章

    第8章では、著作権、実演家の権利への侵害についての罰則が規定されている。侵害が、営利目的で為されたときは、より重い刑が科せられる(第69条)。また、5年以内の重犯は、その違法行為の法定刑の2倍が科せられ(第73条)、著作権の侵害に対しては、民刑事両面からの制裁規定をもち、著作権の侵害者に科される罰金の2分の1を、著作権者は裁判所に請求できるというユニークな規定もみられる(第76条)。

    (阿部浩二)



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