Q&A 裁判例

    この「著作権Q&A  著作権って何?(はじめての著作権講座)」のコーナーでは、右の項目について、それぞれまず要旨を説明し、次に「Q&A」の形で、実際の事例にそった解説をします。

    参考になる裁判例を教えてください。
    いくつかご紹介します。
    東京地方裁判所平成20年2月26日判決
    平成19年(ワ)第15231号
    出典 最高裁判所ホームページ

    事案要約
    被告である社会保険庁の職員がジャーナリストである原告の著作物である雑誌記事を、社会保険庁LANシステム中にある新聞報道等電子掲示板にそのまま掲載した。

    原告は被告に対し、原告の複製権又は公衆送信権を侵害したとして、同掲載記事の削除、原告のすべての著作物についての掲載の予防的差し止め、並びに損害賠償を請求した。被告は、本件複製行為は、著作権法42条1項本文の「行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合」に「必要と認められる限度」において複製したものであって複製権の制限を受ける旨主張した。

    裁判所は、本件LANシステムの掲示板用の記録媒体に記録した行為は、公衆送信(自動公衆送信の場合における送信可能化権を含む。)権を侵害する、42条1項は、特定の場合に著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定であり、この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合における送信可能化権を含む。)権の侵害行為に適用されないことは明らかであるし、実質的に見ても、同規定は行政目的の内部資料として必要な限度において、複製行為を制限的に許容したのであるから、本件LANシステムに本件著作物を記録し、社会保険庁の内部部局におかれる課、社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求めに応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については拡張的に適用する余地がないことは明らかであると判示した。

    ポイント
    本件紛争は、社会保険庁LANシステムの掲示板に本件雑誌記事を掲載した行為が、<1>複製権(21条)あるいは公衆送信権(23条)の侵害になるか、<2>これらの行為が、42条1項本文の行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合に必要と認められる行為と言えるか、が問題になったものです。

    近年、著作物をデータで保存する行為が増加しておりますが、著作権の制限(著作権法第2章第3節第5款)の各規定に該当しない限り、所内LANに記事を複製する行為は複製権の侵害となること(参照:サライ写真事件(東京地方裁判所平成19年5月30日判決最高裁HP)、また、設置場所が別の構内にまたがる所内LAN(2条1項7号の2)であって特定かつ多数がアクセスすることができる場合には公衆送信権の侵害となることに注意してください。

    裁判所は、本件雑誌記事を社保庁LANの雑誌記事掲示板に掲載する行為は、行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合ではないため、42条1項本文の拡張適用はないと判断していますが、妥当な判決であるものと思われます。
    長崎地方裁判所平成4年7月22日判決
    (控訴)平成3年(ワ)第11号
    出典 判例地方自治(株式会社ぎょうせい発行)106号45頁以下

    事案要約
    A県が企画編集し、財団法人A市町村振興協会が発行した広報誌に、A県下の7市町村の町勢要覧、村勢要覧、観光パンフレットに掲載されていた写真を掲載した。すると、この写真の著作権はその7市町村ではなく、7市町村から製作を依頼された有限会社の代表者個人が著作権を有するので、この撮影者本人の著作権を侵害しているとして、撮影者から県及び財団法人A市町村振興協会に対し、複製権侵害、同一性保持権侵害を理由として損害賠償請求が提起された。裁判所は、掲載された写真の著作権は撮影者本人にあるとして損害賠償を認めた。

    ポイント
    本件紛争は、A県が広報誌を作成する際に、市町村から提供された町勢要覧、村勢要覧、観光パンフレットに掲載されている写真の著作権は誰が有しているのかについて確認し、市町村と撮影者との間に著作権譲渡契約があるかどうか、明確な著作権譲渡契約がないのであれば、これらの写真を転載する際に撮影者に文書にて許諾を得るという行為をすれば、防げたのではないかと思われます。

    写真や執筆を依頼した場合であっても、依頼者にはじめから当然に著作権が帰属するわけではありませんので、著作権を取得すべき場合には、後日の紛争を避けるためにも文書にて著作権譲渡契約を結んでおく必要があります。

    なお、本件と同様に、市や村から製作依頼を受けたポスター、パンフレットに使用するイラストの原画の著作権が製作会社から市や村に譲渡されたか否かについて争いがあった裁判例では、「イラストの全面使用の場合30万円、全面使用が3回以上になれば、一切の版権が譲渡される」という記載のある見積書の下に発注され、全面使用が3回あった後、原画原本も製作会社から市に交付されており市が保管していたという事情を下に、著作権の譲渡が製作会社から市、村にあったと認定されました。この場合は、「版権」といういささか不明確な用語であり、かつ、見積書という正式な契約文書ではない文書であっても、一応文書に「一切の版権の譲渡」という言葉が記載されていたこと、市や村が3回の使用料を支払った後に原画が市に交付され、ずっとそのままであったこと、その後6年の経過の後、製作会社が市、村を著作権侵害で訴えたことなどの諸事情を考慮して著作権譲渡を認めたものでしょう(長野地方裁判所平成6年3月10日判決(昭和60年(ワ)第228号)。なお、この判決の出典は、「判例地方自治」(株式会社ぎょうせい)127号44頁以下です)。

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