○著作権審議会第1小委員会審議のまとめ
    平成12年12月
    著作権審議会第1小委員会



    目 次
    I サービス・プロバイダーの法的責任について
    (1)利用者の著作権侵害についてのサービス・プロバイダーの民事上の責任
    (2)ノーティス・アンド・テイクダウン手続
    (3)発信者情報の開示について
    (4)他の法領域との関係
    II 国等の著作物に係る著作権の制限について
    (1)国等の著作物の転載(第32条第2項)について
    (2)時事問題に関する論説の転載等(第39条第1項)について
    (3)政治上の演説等の利用(第40条第2項)について
    Ⅲ WIPO実演・レコード条約の締結に係る改正事項について
    (1)音の実演に関する人格権について
    (2)レコードの保護期間の変更について
    (3)公衆への伝達に関する留保について
    参考資料

    1. 参照条文
    2. 著作権審議会第1小委員会委員名簿
    3. 審議経過
     <著作権審議会第1小委員会>
     <著作権審議会第1小委員会専門部会(救済・罰則等関係)>



    著作権審議会第1小委員会審議のまとめ
    著作権審議会第1小委員会では、本年6月以来、近年のデジタル化・ネットワーク化の進展に伴う著作物利用形態の変化や著作権制度に係る国際的動向を踏まえ、1) サービス・プロバイダーの法的責任、2) 国等の著作物に係る著作権の制限、3) WIPO実演・レコード条約の締結に係る改正事項という3項目について審議を行い、検討を進めてきた。

    その結果、それぞれの課題について、当小委員会として次のように審議結果をとりまとめた。



    I サービス・プロバイダーの法的責任について
    近年のインターネットの急激な普及に伴い、著作物等の新たな利用形態、すなわち国民が創作の成果を享受する新たな機会が生み出されているが、一面では著作物等の無断アップロード・送信行為の増大の危険性も高まっているとの指摘がある。このような状況において、著作権者等から、権利保護の実効性確保の観点から、サービス・プロバイダーに対して無許諾でアップロードされた著作物等の削除等を義務づけることについて要望があり、また、サービス・プロバイダーからは著作権等侵害についての法的義務の範囲及びその責任の範囲を明確にすることによって、事業の安定的な運営を行うことが可能な環境を整備することについての要望がある。また、著作権等侵害の可能性がある場合に、当事者(権利者と発信者)による紛争解決が可能となるよう、発信者に係る情報を開示する制度の創設について権利者及びサービス・プロバイダーからの要望がある。

    このような状況を踏まえ、本小委員会においては、本年6月に専門部会(救済・罰則等関係)を設置し、国際的な動向も考慮しつつ、著作権侵害についてのサービス・プロバイダーの法的責任の在り方について検討を行ってきたところである。その検討結果を踏まえ、本小委員会としてはこの問題について以下のように考えることが適当であるとの結論を得た。

    (1) 利用者の著作権侵害についてのサービス・プロバイダーの民事上の責任
    不法行為を構成するサービス・プロバイダーの利用者(発信者)の著作権侵害行為に対してサービス・プロバイダーが問われる責任は、無許諾で著作物をアップロードする際にサービス・プロバイダーが積極的に関与していたかどうか、また、関与していなかった場合には、その後著作権侵害について知り、または知るべきであったかどうかにより異なっているといえる

    サービス・プロバイダーがアップロード時に積極的に関与しており、サービス・プロバイダー自らが送信可能化等の行為を行っていると認められる場合には、サービス・プロバイダーは、利用者が行っている著作権侵害について不法行為責任を問われることとなる。また、サービス・プロバイダーがアップロード時に積極的な関与を行っていないが、その後著作権侵害であることを知り、または知るべきでありながら助長、援助し、または放置した場合には、一定の場合には著作権侵害について注意義務を有するとされ、その態様によっては著作権侵害の共同不法行為者として、権利者に対する損害賠償責任を問われることとなる。

    なお、サービス・プロバイダーのサービス自体はアップロードされる内容まで責任を負うものではないこと、著作権侵害であるか否かは当該内容が著作物であるか否かあるいは権利者の許諾を得ているか否かにかかっているところ、著作物がアップロードされた外形のみをもって判断することは困難であること、また、サービス・プロバイダーに逐一権利者の意思を確認させることは困難であること、表現の自由との関係などの問題を引き起こすことが考えられることから、サービス・プロバイダーに積極的な監視義務を負わせることは、サービス・プロバイダーに非現実的で過度の負担を負わせることとなることから、不適当であると考えられる。

    (2) ノーティス・アンド・テイクダウン手続
    利用者の著作権侵害についてサービス・プロバイダーがどのような場合に不法行為責任を問われるかは、(1)のような不法行為責任の基本的な考え方に基づき、個々の事案の内容ごとに最終的には裁判所により判断されるものであるが、インターネット上での著作権侵害は短時間に大規模なものに発展するおそれがあり、裁判所により判断が示されるまで放置することは必ずしも適当ではないため、簡易迅速な権利救済制度として、著作権侵害の可能性がある一定の場合にサービス・プロバイダーがとるべき定型的な手続としてノーティス・アンド・テイクダウン手続を設けることについて検討を行った。

    ※ 本報告書においてノーティス・アンド・テイクダウン手続とは、著作権侵害を主張する者からの一定の通知に基づき、サービス・プロバイダーが当該著作物の削除等の措置を行う一連の手続を言い、米国DMCAに定められた手続とは異なるものである。

    サービス・プロバイダーに監視義務はなく、著作権侵害の責任追及に際しては、権利者の訴訟提起等が前提であることを考慮すれば、権利侵害を主張する者からの通知により開始される手続を定めることが適当であると考えられる。

    また、簡易迅速な権利救済を確保するために、一定の要件を備えた通知を受けたサービス・プロバイダーは無許諾で利用されていると主張されている著作物の削除等を行うこととすることが適当である。

    このように定型的な手続を定めることは、サービス・プロバイダーの業務の安定的運営の確保にもつながると考えられる。

    ただし、著作権侵害により生じ得る被害の拡大を速やかに防止することの必要性と同時に、発信者の表現の自由にも配慮する必要があるため、例えば、通知さえあれば不実権利者からのものであっても著作物が削除等されてしまうことを防止する観点から、サービス・プロバイダーは通知を受けた後、ただちに著作物の削除等を行うのではなく、発信者に対して通知を受けた旨を知らせ、異議申立ての機会を与えた上で、短期間の期限内に発信者からの異議申立てがなければ削除することとすることが適当である。なお、著作権侵害を主張する通知の内容は、権利者の特定、侵害されたと主張する著作物及び権利の特定、削除を求める内容の特定などに必要な事項であって、サービス・プロバイダーが著作権侵害に関して著作権法上独自の判断を迫られることを避けられるものでなければならない。

    このような手続を設けるにあたっては、通知の濫発によりサービス・プロバイダーに過度の負担をかけることとならないよう、不実の通知を行った者の発信者又はサービス・プロバイダー等に対する損害賠償責任の明確化などの措置を検討するとともに、発信者からの異議申立てについて、これが濫用され、結果としてノーティス・アンド・テイクダウン手続の実効性が損なわれるような事態とならないよう、何らかの措置の検討が必要である。

    (3) 発信者情報の開示について
    簡易迅速な権利救済の制度としてノーティス・アンド・テイクダウン手続を設けたとしても、当該著作物の利用が著作権侵害であるかどうかについてはその性質上当事者間で解決すべき問題であること、ノーティス・アンド・テイクダウン手続に則って無許諾でアップロードされた著作物が削除された場合であっても過去の著作権侵害について権利者が発信者に対して損害賠償請求を行うことが考えられること、また、ノーティス・アンド・テイクダウン手続によっても発信者からの異議申立てにより削除等が行われない場合に、迅速に当事者間の解決に移行する必要があることから、サービス・プロバイダーによる発信者情報の開示を認める制度の創設が必要である。

    発信者情報の開示制度に関して、開示が認められるための要件、判断機関を含む具体的な手続については、名誉毀損等他の法領域における検討状況を踏まえ、判断することが適当である。

    (4) 他の法領域との関係
    サービス・プロバイダーの法的責任の問題については、IT戦略会議・IT戦略本部合同会議においても検討が必要であるとされたほか、平成12年11月22日に産業構造審議会情報経済部会で出された第2次提言でもその明確化の必要性が提言されており、また、郵政省においても現在検討を行っているところである。このような各方面での検討結果を踏まえて、他の法領域との均衡から横断的な対応が望ましい事項、あるいは著作権法固有の問題として対応すべき事項の整理について判断することが必要である。



    II 国等の著作物に係る著作権の制限について
    近年のデジタル化の進展に伴い、著作物の利用形態が多様化し、昭和45年の著作権法の制定当時には想定されていなかった記録媒体等が出現している。中でも、例えば各省庁において作成する白書等がCD-ROM化されることが増加していること等から、これまでは印刷物等の紙媒体のみが前提とされてきていた国等の著作物に係る著作権の制限について、利用形態をCD-ROM、DVDのような電子媒体まで拡大することが求められており、本小委員会としても検討を進めてきたところである。

    国等の著作物に係る著作権の制限について検討するにあたり、同様に紙媒体を前提として権利制限規定が設けられているものについても併せて検討を行うこととした。現在、著作物の転載を紙媒体に限定している権利制限規定として、1)国等の著作物の転載(第32条第2項)のほか、2)時事問題に関する論説の転載等(第39条第1項)、3)政治上の演説等の利用(第40条第2項)が挙げられる。本小委員会での検討の結果、それぞれの権利制限規定について、デジタル化の進展による利用形態の見直しについては、以下のように考えることが適当であるとされた。

    (1) 国等の著作物の転載(第32条第2項)について
    第32条第2項の規定は、国又は地方公共団体の機関(平成13年1月6日以降は独立行政法人についても同じ。)が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができることとしている。これは、官公庁が一般に周知させる目的で作成する広報資料・報告書等については、公共のために広く利用させるべき性質のものであることから、刊行物への掲載を自由にできることとしたものである。

    著作権法制定当時は、CD-ROMやDVDといった電子媒体は存在しなかったことから、権利制限の対象となる著作物の利用は印刷物等の紙媒体への掲載のみを想定して規定されたと考えられる。しかしながら、近年はCD-ROMやDVDといった電子媒体が紙媒体と同様に普及してきていることから、権利制限の対象に電子媒体への複製も含めることを検討することが必要となってきた。

    この点については、1)対象となっている著作物が国等の公共性を有する機関が一般に周知させることを目的として作成したものに限定されており、電子媒体への転載を認めたとしても、不当に権利制限の範囲を拡大することとはならないこと、むしろ、積極的に一般に周知し、著作物の内容についての理解を深めるという観点からは、転載する媒体が多様であることは権利者の意図と合致しているともいえること、2)実態として、新聞記事等を収録したデータベースやCD-ROM等の電子媒体も、情報を提供する媒体としては新聞や雑誌と同様のサービスとして位置づけられていることから、権利制限規定の対象となっている著作物の転載を新聞紙等の刊行物のみでなく、CD-ROMやDVDといった電子媒体にまで広げることが適当であるとする意見が多数を占めた。なお、これに対しては紙媒体から紙媒体へ、あるいは電子媒体から電子媒体へといった同種の媒体間での複製であれば問題はないが、紙媒体のものを電子媒体に複製することについては慎重に検討すべきであるとの意見もあった。

    この際、例えば各省庁が出している白書等についても、CD-ROMで販売されていたり、本に折り込みでCD-ROMがついてくる等、電子媒体であっても紙媒体であっても同様に政府が公表する刊行物として取り扱われている実態があることや、他の法令における「刊行物」の用例を見ても、電子媒体まで含むかどうかは当該法令の目的や、具体の規定の趣旨を踏まえて個々に判断されていることも踏まえ、第32条第2項の「刊行物」にCD-ROMやDVD等の電子媒体が含まれると解しても差し支えないと考えられる。

    なお、このように「刊行物」を解釈するにあたっては、規定上、「新聞紙、雑誌」といった紙媒体が例示されていることとの関係をどう整理するかということや、「転載」という語にCD-ROMやDVDへの複製を含めて読むことができるかどうかということについて留意する必要がある。

    このように「刊行物」に電子媒体が含まれることとした場合、第31条第1号の図書館等における複製の対象となる「定期刊行物」にもCD-ROM等の電子媒体が含まれることとなるが、この点についてもこれらの電子媒体が紙媒体と同様に取り扱われている実態からすると、電子媒体を含むこととしても差し支えないと考えられる。電子媒体による「定期刊行物」についても、第31条により認められる複製の範囲は紙媒体の場合と変わらない。

    一方で、「刊行物」をさらに広くとらえて、インターネット上に掲載される場合も含めて考えるべきとの意見もあったが、インターネット上での利用については、複製権のほか、公衆送信権も働くこととなり、「転載」に公衆送信も含めて考えることは困難であること、インターネット上での利用を含む著作物利用に係る権利制限規定の在り方については現在著作権審議会で検討を行っているところであること等から、他のインターネット上での著作物利用に係る権利制限規定とのバランス等に留意しながら、さらに慎重に検討する必要があるとされた。

    (2) 時事問題に関する論説の転載等(第39条第1項)について
    この規定は、新聞紙又は雑誌に掲載して発行された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説(学術的な性質を有するものを除く。)は、他の新聞紙若しくは雑誌に転載し、又は放送し、若しくは有線放送することができることとしている。これは、新聞、雑誌の社説等の時事問題に関する論説は、その性質上一般に広く知らせることを目的とするものであり、報道的な態様においてこれらの利用を求めることは社会的要請に合致することや、このような利用を報道機関相互で行うことは報道関係業界の意識、慣行にも合致することから設けられたものである。

    この規定については、1)権利制限による利用の対象となる著作物について、紙媒体により発行されたものに限定するかどうか、及び2)権利制限による利用形態に電子媒体を含むこととするかどうかの2つの点について検討を要する。

    1)については、論説の発行の場を新聞紙又は雑誌に限定せずに、放送、有線放送、CD-ROM等の電子媒体にまで広げることとするかどうかについて検討する必要がある。

    現行法上、放送・有線放送された論説の利用を認めていないのは、放送・有線放送の際に禁転載の表示をすることが困難であることや、放送・有線放送された論説の内容の正確な掲載の確保が困難であることによると考えられる。さらに、第39条第1項にいう「論説」とは、いわゆる新聞社等の社説のように報道機関としての主義主張、提言を展開するものであることを要すると解されており、単なる解説のようなものは含まないとされている。「論説」をこのように狭く解する場合、放送法第3条の2との関係から、放送・有線放送については中立的な報道を行うこととされており、現時点において「論説」が放送・有線放送されることは一般的であるとはいえない。したがって、論説の発行の場を新聞紙又は雑誌に限定せずに、放送・有線放送やCD-ROM等の電子媒体にまで広げることとするかどうかについては、禁転載表示の手段の確保や正確性の確保の可能性、放送・有線放送される「論説」の実態を踏まえつつ、慎重に見極める必要がある。

    また、この規定は報道機関相互での「論説」の利用を前提としていることから、CD-ROM等の電子媒体により発行された論説やインターネット上に掲載された論説を含むかどうかについても、CD-ROM等の電子媒体やインターネットが新聞紙や雑誌に替わるような報道手段として用いられている実態があるかどうかをさらに見極める必要があると考えられる。

    2)についても、この規定が報道の特殊性に着目し、報道機関相互での利用を前提としていることから、CD-ROM、DVD等の電子媒体が新聞や放送に替わるような報道手段として用いられている実態があるかどうかを見極める必要があることや、権利制限規定の対象となる著作物が「新聞紙又は雑誌に掲載して発行された」論説であり、国等の著作物に限定されたものではないことから、関係者の意見を聴きながら、さらに慎重に検討する必要があると考えられる。

    また、現行法上は報道機関による「論説」を放送・有線放送以外の公衆送信を行うことは認められていないが、これは公衆送信全体を許容すると、時事論説の送信サービスのような報道的利用以外の情報提供態様が含まれることとなることによるものであることから、インターネット上での「論説」の利用については、インターネットが報道手段として用いられているといえるかどうかや、個人による利用と報道機関としての利用との区別が可能であるかどうかの問題に留意しつつ、さらに、インターネット上での著作物利用に係る他の権利制限規定とのバランスに留意しながら、さらに慎重に検討する必要があると考えられる。

    (3) 政治上の演説等の利用(第40条第2項)について
    この規定は、国又は地方公共団体の機関(平成13年1月6日以降は独立行政法人についても同じ。)において行われた公開の演説又は陳述は、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送することができることとしている。これは、公共機関における公開の演説又は陳述は、その性質上、広く公衆へ伝達されるべきものであることから、報道目的のための利用を認めたものである。

    この規定は、「報道の目的上正当と認められる場合」に限定されているが、新聞や放送に替わるような手段としてCD-ROM等の電子媒体が用いられている実態があるかどうかを見極める必要があること、また、対象となっている著作物等が国等の機関において行われた公開の演説や陳述等に限定されてはいるものの、著作権者は国等に限定されないこと等から、関係者の意見を聴取しながら、さらに検討する必要があると考えられる。

    また、現行規定上、放送・有線放送以外の公衆送信を行うことは認められていないが、これは(2)の場合と同様に、公衆送信全体を許容すると、時事論説の送信サービスのような報道的利用以外の情報提供態様が含まれることとなることによるものであることから、インターネット上での利用については、報道の特殊性やインターネット上での著作物利用に係る他の権利制限規定とのバランス等に留意しながら、さらに慎重に検討する必要があると考えられる。





    III WIPO実演・レコード条約の締結に係る改正事項について
    WIPO(世界知的所有権機関)においては、近年のデジタル化・ネットワーク化に対応して、平成8年12月に「著作権に関する世界知的所有権機関条約」(以下「WIPO著作権条約」という。)及び「WIPO実演・レコード条約」の2つの条約が採択された。

    我が国においても、平成9年及び平成11年に、著作権法の改正を行い、これらの条約に対応した法制度の整備を進めてきたところである。これら2つの条約のうち、WIPO著作権条約については、平成12年6月に締結されたところである。

    一方で、WIPO実演・レコード条約については、平成9年及び平成11年の改正により、必要な法整備の大部分はすでに行われているものの、実演家の人格権の付与等、いくつかの課題が残されている。

    WIPOは、平成11年9月に、電子商取引に関連した知的所有権分野における重要課題として、「WIPOデジタル・アジェンダ」を発表し、課題の1つとして、WIPO著作権条約及びWIPO実演・レコード条約の平成13年12月までの発効を掲げており、我が国としてもWIPO実演・レコード条約の早期締結に向けて、必要な法整備の内容について検討を行う必要がある。

    なお、検討を行うにあたっては、実演家の中で音に関する実演家と視聴覚的実演に関する実演家とで取り扱いが異なり、均衡を欠くことは問題であることから、現在、WIPOにおいて開催中の外交会議における採択を目指して行われている視聴覚的実演に関する条約の策定作業等、新たな条約策定に向けての国際的な動向にも留意する必要がある。

    具体的に検討すべき項目としては、1)音の実演に関する人格権について、2)レコードの保護期間の変更について、及び3)公衆への伝達に関する留保について、が挙げられる。本小委員会としてのそれぞれの項目についての検討状況は以下のとおりである。

    (1) 音の実演に関する人格権について
    現行法上、実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者といった著作隣接権者には、著作者人格権に相当する人格権は認められていない。しかしながら、WIPO実演・レコード条約においては、音の実演に関して人格権を認めていることから(第5条)、国内法においても音の実演に関する実演家に人格権を付与することとするかどうか、また、付与することとした場合、人格権の具体的な内容についてどのように考えるか検討する必要がある。

    本小委員会においては、近年の技術の進展に伴い、これまで想定されなかった形態による実演の利用も可能になってきていることから、実演家に人格権を認めることを前提としつつ、実演家の人格的利益を保護すると同時に、音の実演の公正な利用が不当に阻害されることのないよう、その具体的な権利の内容について検討を進めているところである。WIPO実演・レコード条約においては、その実演の実演家であることを主張する権利とその実演の変更、切除又はその他の改変で、自己の声望を害するおそれのあるものに対して異議を申し立てる権利とされている。我が国においても、これら2つの権利を人格権として付与することが適当であると考えられる。

    次に、これら2つの権利について、それぞれの権利の具体的な内容をどのように規定するかの問題がある。これについては、現行法上の著作者人格権の規定(第19条、第20条)や、ベルヌ条約上の著作者人格権に関する規定(第6条の2)と比較しつつ、WIPO実演・レコード条約に対応して、どのような規定とすることが適当であるかを検討する必要がある。

    また、例えばオーケストラによる演奏の場合のように複数の実演家による実演というのが考えられるが、このような場合の人格権の行使の範囲をどのようにとらえるかという問題がある。具体的には、オーケストラのような団体の場合、スペースの制約等の問題により個々の実演家の氏名表示が困難である場合や、オーケストラの演奏のようなものについては、個別の団員の演奏を切り離して利用することが不可能であるが、このような場合に、団員一人一人の権利行使を認めることとするか、あるいは、オーケストラとしての権利行使のみを認めることとするか等の問題がある。これらの問題については、前提として、集団実演について、個々の実演家の人格権の行使を認めることとするか、認めることとした場合、例えば共同著作のような形で、人格権の行使について一定の制約を設けることとするか、あるいは、集団実演については個々の実演家の人格権の行使を認めず、法人著作に相当する概念を創設する必要があるか等について現在検討を進めているところであり、今後とも実演の利用の実態等を見極めながら、引き続き検討を行う必要がある。

    (2) レコードの保護期間の変更について
    レコードの保護期間については、これまで「固定後50年まで」とされていたが、WIPO実演・レコード条約においては「発行後50年まで(固定後50年以内に発行されない場合には固定後50年まで)」とされていることから、レコードの保護期間を変更するかどうかについて検討する必要がある。

    この際、現行法上、実演の保護期間は「実演後50年まで」とされているが、レコードの保護期間にあわせて「発行後50年まで(ただし、実演後50年以内に発行されない場合は実演後50年まで)」とすることが適当であるかどうかについても検討する必要がある。仮に実演の保護期間を「実演後50年まで」とした場合、音の実演について、放送にのみ利用された実演の保護期間は実演後50年までだが、固定物をその後商業用レコードとして発行した場合には、保護期間はレコード発行後50年までとなることについて問題が生じないかどうかについても留意する必要がある。

    これらの点については、このような保護期間の変更が、現在のレコードや実演の利用秩序に及ぼす影響等を十分に見極めつつ、引き続き検討を行うことが必要である。

    (3) 公衆への伝達に関する留保について
    現行法上は、ローマ条約第16条に基づき、公衆への伝達については部分的に留保しているが、WIPO実演・レコード条約においても、第15条第3項においてこれを留保できることとされており、その留保の範囲について、これまでと同様でよいこととするかどうかについて引き続き検討する必要がある。

    また、WIPO実演・レコード条約第15条第4項においては、放送及び公衆への伝達に関する報酬請求権に関する規定の適用上は、「公衆の構成員が個別に選択した場所及び時においてアクセスできるように、有線又は無線の方法により、公衆に利用可能な状態にされたレコード」を「商業目的のために発行されたレコード」とみなしているが、現行法上の商業用レコードは、「市販の目的をもって製作されるレコードの複製物」とされていることから、「公衆の構成員が個別に選択した場所及び時においてアクセスできるように、有線又は無線の方法により、公衆に利用可能な状態にされたレコード」は含まれないと解される。したがって、WIPO実演・レコード条約第15条第3項の留保の範囲を決定する際に、このようなレコードを商業用レコードに含む必要があるかどうか、あるいは、この点については留保することとするかどうかについて、「公衆の構成員が個別に選択した場所及び時においてアクセスできるように、有線又は無線の方法により、公衆に利用可能な状態にされたレコード」が放送等に利用される実態があるかどうかを踏まえつつ、併せて検討を行う必要がある。


    参考資料

    1. 参照条文

    <国等の著作物に係る著作権の制限について>

    著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)(抄)
    (図書館等における複製)
    第三十一条 図書、記録その他の資料を公衆の利用に供することを目的とする図書館その他の施設で政令で定めるもの(以下この条において「図書館等」という。)においては、次に掲げる場合には、その営利を目的としない事業として、図書館等の図書、記録その他の資料(以下この条において「図書館資料」という。)を用いて著作物を複製することができる。
    図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分(発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個個の著作物にあつては、その全部)の複製物を一人につき一部提供する場合
    図書館資料の保存のため必要がある場合
    他の図書館等の求めに応じ、絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合
    (引用)

    第三十二条 1 (略)
    2 国又は地方公共団体の機関が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

    (時事問題に関する論説の転載等)
    第三十九条 新聞紙又は雑誌に掲載して発行された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説(学術的な性質を有するものを除く。)は、他の新聞紙若しくは雑誌に転載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる。ただし、これらの利用を禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。
    2 (略)

    (政治上の演説等の利用)
    第四十条 公開して行なわれた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行なう審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
    2 国又は地方公共団体の機関において行なわれた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる。
    3 (略)



    放送法(昭和二十五年五月二日法律第百三十二号)(抄)
    (国内放送の放送番組の編集等)
    第三条の二 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
    公安及び善良な風俗を害しないこと。
    政治的に公平であること。
    報道は事実をまげないですること。
    意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
    2~4 (略)



    <WIPO実演・レコード条約の締結に係る改正事項について>

    WIPO実演・レコード条約(抄)
    第五条 〔実演家の人格権〕
    (1) 実演家は、その財産的権利とは別個に、この権利が移転された後においても、生の聴覚的実演及びレコードに固定された実演に関して、実演の利用の態様により省略することがやむを得ない場合を除き、その実演の実演家であることを主張する権利及びその実演の変更、切除又はその他の改変で、自己の声望を害するおそれのあるものに対して異議を申し立てる権利を保有する。
    (2) (1)の規定に基づいて実演家に認められる権利は、当該実演家の死後においても、少なくとも財産的権利が消滅するまで存続し、保護が要求される締約国の法令により資格を与えられる人又は団体によって行使される。もっとも、この条約の批准又はこれへの加入の時に効力を有する法令において、(1)の規定に基づいて認められる権利のすべてについて実演家の死後における保護を確保することを定めていない締約国は、それらの権利のうち一部の権利が実演家の死後は存続しないことを定める権能を有する。
    (3) この条に基づいて認められる権利を保全するための救済の方法は、保護が要求される締約国の法令の定めるところによる。

    第十五条 〔放送及び公衆への伝達に関する報酬請求権〕
    (1) 実演家及びレコード製作者は、商業目的のために発行されたレコードの放送又は公衆への伝達のための直接的又は間接的な使用について、単一の衡平な報酬を請求する権利を享有する。
    (2) 実演家、レコード製作者又はその双方のいずれが利用者に単一の衡平な報酬を請求するかは、締約国の国内法に留保される。締約国は、実演家とレコード製作者の間に合意がない場合には、国内法により、実演家及びレコード製作者が単一の衡平な報酬を分配する条件を設定することができる。
    (3) 締約国は、(1)の規定の適用に関し、これを特定の利用のみに適用すること、その適用を他の方法に制限すること、又はこれをまったく適用しないことを、WIPO事務局長に寄託する通告において、宣言することができる。
    (4) この条の規定の適用上は、公衆の構成員が個別に選択した場所及び時においてアクセスできるように、有線又は無線の方法により、公衆に利用可能な状態にされたレコードは、商業目的のために発行されたレコードとみなすものとする。

    第十七条 〔保護期間〕
    (1) この条約に基づいて実演家に認められる保護の期間は、実演がレコードに固定された年の終わりから、少なくとも五十年間とする。
    (2) この条約によりレコード製作者に認められる保護期間は、レコードが発行された年の終わりから、また、固定が行われてから五十年以内にレコードが発行されなかった場合には、固定が行われた年の終わりから、少なくとも五十年間とする。


    文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約(抄)
    第六条の二 〔著作者人格権〕
    (1) 著作者は、その財産的権利とは別個に、この権利が移転された後においても、著作物の創作者であることを主張する権利及び著作物の変更、切除その他の改変又は著作物に対するその他の侵害で自己の名誉又は声望を害するおそれのあるものに対して異議を申し立てる権利を保有する。
    (2) (1)の規定に基づいて著作者に認められる権利は、著作者の死後においても、少なくとも財産的権利が消滅するまで存続し、保護が要求される国の法令により資格を与えられる人又は団体によつて行使される。もつとも、この改正条約の枇准又はこれへの加入の時に効力を有する法令において、(1)の規定に基づいて認められる権利のすべてについて著作者の死後における保護を確保することを定めていない国は、それらの権利のうち一部の権利が著作者の死後は存続しないことを定める権能を有する。
    (3) この条において認められる権利を保全するための救済の方法は、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる。


    実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(ローマ条約)(抄)
    第十六条 〔留保宣言〕
    1 いずれの国も、この条約の締約国となった時に、この条約に定めるすべての義務を負い、及びすべての利益を享受する。ただし、締約国は、国際連合事務総長に寄託する通告により、いつでも、次のことを宣言することができる。
    (a) 第十二条に関し
    (i)同条の規定を適用しないこと。
    (ii)一定の使用について同条の規定を適用しないこと。
    (iii)他の締約国の国民でないレコード製作者のレコードについて同条の規定を適用しないこと。
    (iv)他の締約国の国民であるレコード製作者のレコードについて同条に定める保護を与える場合に、その保護の範囲及び期間を、自国民によって最初に固定されたレコードについて当該他の締約国が与える保護の範囲及び期間に制限すること。ただし、自国における受益者と同様の者に対して当該他の締約国が保護を与えていないという事実をもって、保護の範囲の相違があるものと解してはならない。
    (b) 第十三条に関し、同条(d)の規定を適用しないこと。締約国がこの宣言を行う場合には、他の締約国は、当該宣言を行う締約国に主たる事務所を有する放送機関に対し、同条(d)に規定する権利を与える義務を負わない。
    2 1の通告が批准書、受諾書又は加入書の寄託の日の後に行われる場合には、宣言は、その通告の寄託の後六箇月で効力を生ずる。


    著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)(抄)
    (定義)
    第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
    一~四 (略)
    五 レコード 蓄音機用音盤、録音テープその他の物に音を固定したもの(音をもつぱら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)をいう。
    六 (略)
    七 商業用レコード 市販の目的をもつて製作されるレコードの複製物をいう。
    八~二十二 (略)
    2~9 (略)

    (氏名表示権)
    第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の企衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
    2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
    3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。

    (同一性保持権)
    第二十条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
    2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
    一 第三十三条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。)又は第三十四条第一項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
    二 建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
    三 特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにするため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変
    四 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

    (実演、レコード、放送又は有線放送の保護期間)
    第百一条 著作隣接権の存続期間は、次の各号に掲げる時に始まり、当該各号の行為が行われた日の属する年の翌年から起算して五十年を経過した時をもつて満了する。
    一 実演に関しては、その実演を行なつた時
    二 レコードに関しては、その音を最初に固定した時
    三 放送に関しては、その放送を行なつた時
    四 有線放送に関しては、その有線放送を行つた時




    2. 著作権審議会第1小委員会委員名簿
    平成12年6月2日現在(敬称略、五十音順)


    阿 部 浩 二 岡山商科大学教授・岡山大学名誉教授
    大 山 幸 房帝京科学大学教授
    川 井   健帝京大学教授・元一橋大学長
    主 査 斉 藤   博専修大学教授
    佐 野 文一郎(財)内外学生センター会長
    渋 谷 達 紀東京都立大学教授
    土 井 輝 生札幌大学教授
    道垣内 正 人東京大学教授
    土 肥 一 史一橋大学教授
    中 山 信 弘東京大学教授
    野 村 豊 弘学校法人学習院常務理事
    半 田 正 夫青山学院大学長
    松 田 政 行弁護士
    紋 谷 暢 男成蹊大学教授






    3. 審議経過

    <著作権審議会第1小委員会>
    第18回平成12年 6月 2日検討事項及び検討の進め方について
    第19回平成12年10月20日WIPO実演・レコード条約の締結に係る改正事項について
        国等の著作物に係る著作権の制限について
    第20回平成12年11月14日WIPO実演・レコード条約の締結に係る改正事項について
        国等の著作物に係る著作権の制限について
        サービス・プロバイダーの法的責任について
    第21回平成12年12月 1日第1小委員会審議のまとめ(案)について
    第22回平成12年12月 8日第1小委員会審議のまとめ(案)について


    <著作権審議会第1小委員会専門部会(救済・罰則等関係)>
    第1回平成12年 7月17日検討事項及び検討の進め方について
    第2回平成12年 8月 9日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第3回平成12年 9月 6日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第4回平成12年 9月29日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第5回平成12年10月10日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第6回平成12年10月30日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第7回平成12年11月 8日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第8回平成12年11月21日サービス・プロバイダーの法的責任について
    第9回平成12年12月 4日第1小委員会専門部会(救済・罰則等関係)
    中間報告書(案)について


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