著作権審議会第1小委員会は、本年4月以来、当面の著作権法改正事項として、1)著作隣接権の遡及的保護の拡大、2)執行・罰則規定の整備、3)写真の保護期間の見直し、4)著作権の保護期間の延長、5)録音物の再生演奏(附則第14条の廃止)という5項目について審議を行い、約200団体に対して書面での意見を求め、検討を進めた。
その結果、それぞれの課題について、次のように取り扱うのが適当であると考えられる。 |
I.著作隣接権の遡及的保護の拡大について
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平成6年に締結された世界貿易機関(WTO)を設立するマラケシュ協定の附属書1C「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(「TRIPS協定」)においては、WTO加盟国による実演家及びレコード製作者の権利の保護について定められ、その保護期間は少なくとも50年とされるとともに、その第14条第6項ただし書に「ベルヌ条約第18条の規定は、レコードに関する実演家及びレコード製作者の権利について準用する。」と規定され、これまでの実演家等保護条約やレコード保護条約と異なり、条約加入前に作成されたレコードに関する実演家等の権利についても、遡及的保護を図ることが義務付けられている。
この遡及の原則の適用については、「各国は、自国に関し、この原則の適用に関する方法を定める。」というベルヌ条約第18条第3項の規定が、遡及の範囲(年数を含む)についても各国に大きな裁量の余地を与えていると国際的に解されていたことから、同協定の交渉過程において、各国がその事情に基づき合理的な遡及の程度を定めることを認める趣旨で、ベルヌ条約第18条の規定が準用されたという経緯がある。
このため、我が国としては、同協定の締結に伴う平成6年12月の著作権法等の一部改正において、保護を受ける実演、レコード及び放送の範囲にWTO加盟国に係るものを含めるとともに、WTO加盟国に係る実演家等の権利の遡及的保護については、著作隣接権制度が我が国に導入された年、すなわち現行著作権法施行日(昭和46年1月1日)まで保護を遡及することとした。
しかしながら、平成8年1月1日までに先進諸国が同協定に基づく国内法の整備を進めた結果、最終的にこれらの国では、50年前の実演等にまで遡って保護することを選択したものが大勢を占めることとなり、これらの国は、我が国に対しても同様に50年間遡及することを求めるところとなっている。
このような国際的状況を踏まえると、知的所有権の分野における先進国の一つである我が国としては、国際的な協調を一層進めるため、実演家等の権利について更に遡及の範囲を拡大し、著作隣接権の保護期間である50年間を経過していない実演等に保護を与える法律改正を早急に行うことが適切であると考えられる。 |
(遡及的保護の拡大) |
平成6年の法改正の結果、WTO加盟国の係る実演、レコード、放送に関する著作隣接権については、現行著作権法施行時すなわち昭和46年1月1日以降のものから保護することとされているが、国際的な協調を一層進めるため、WTO加盟国に係る実演等については、50年遡って保護の対象とする必要がある。この場合、国内外の実演等の取扱いがバランスを欠くこととならないようWTO加盟国に係る実演等に限定することなく、国内のものについても同様に遡及させることが適切である。 |
(遡及の対象物) |
TRIPS協定第14条第6項ただし書の規定により遡及が義務付けられているのは「レコードに関する実演家及びレコード製作者の権利」であるが、平成6年改正法では、これらに限定することなく、TRIPS協定の保護の対象となっている放送についても、保護のバランスを図る観点から昭和46年まで遡及させている。
このため、今回の改正で50年間遡及させる対象物についても、実演、レコードだけでなく、放送も含めることが適切である。 |
(旧法による著作物としての保護と現行法による著作隣接権での保護) |
旧著作権法(以下「旧法」という。)において「演奏、歌唱」あるいは「録音物」として保護されていたもののうち、現行著作権法制定の際、現に旧法による著作権が存するものについては、現行法の著作隣接権に関する規定が適用されることとされたが、その保護期間については、旧法によるこれらの著作権の存続期間の残存期間とされた(附則第15条第2項)ところであり、そのうちの一部については、既に保護期間を満了している。
今回、WTO加盟国に係る実演又はレコードについて保護を50年遡及するとした場合、50年前に行われた実演又はその音が最初に固定されたレコードも、現時点で保護されることとなる。したがって、国内のものについても、WTO加盟国に係るそれに比して保護の上でアンバランスが生じないように、附則第15条第2項により一旦保護期間が満了したものについても、WTO加盟国に係る実演又はレコードと同様の保護を図ることができるようにすることが適当である。
なお、今回採ろうとする措置は、内外の実演等に関する保護のバランスを確保する必要性から生じた極めて例外的な措置であり、今後の前例としてとらえるべきものではないということについて十分に留意しておく必要がある。 |
(その他) |
昭和45年以前のもので、実演家及びレコード製作者の許諾を得ることなく、本年1月1日から今回検討されている著作権法の改正までの間に複製され、ストックされている複製物(商業用レコード)を法改正後に頒布する行為を規制すべきとの見解があるが、現行著作権法においては、映画の著作物以外には頒布権が付与されておらず、また、第113条において頒布が規制されている「著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為によつて作成された物」に該当しない以上、今回の法改正後においてもその頒布(貸与権が及ぶ場合を除く。)は規制されるべきではない。
法改正により既に適法に複製された物の頒布をも禁止することは、複製物に対する法的安定性を害するものであり、現在の制度を維持することが適当であると考えられる。 |
II.執行・罰則規定の整備について
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本小委員会が平成6年4月25日に取りまとめた「当面の検討課題」においては、権利保護の実効性の確保及び他の知的所有権法制との整合性等の観点から、執行や罰則に関する規定等に関し具体的な検討を行う必要があるとされたところであり、これを受けて、平成6年7月に本小委員会に専門部会を設置して検討を進め、平成7年3月に専門部会としての中間報告書を公表した。
同中間報告書においては、1)今後、著作権に関する法的紛争も多様かつ複雑になることが想定され、紛争の円滑な解決及び紛争の未然の抑止のため、損害立証書類提出命令に係る規定を導入することが適切である、2)罰金刑については、現行額に改定して約10年が経過しており、工業所有権制度における罰金刑との均衡を欠いているところから、著作権法における罰金刑の金額の上限をしかるべき額に引き上げることが適切であるという2つの改正の方向性が示されている。
これらの点については、関係団体においても早期の実現を求める意見が大多数であり、著作権保護の実効性を図る観点から、早急に法律改正を行うことが必要であると考えられる。 |
(損害立証書類提出命令規定の導入) |
著作権法においては、侵害行為があった場合に、損害額の立証が必ずしも容易でないことから、侵害する者がその侵害行為により利益を得ているときは、その利益の額は、当該著作権者等が受けた損害の額と推定する旨の規定(第114条第1項)や当該著作権等の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる旨の規定(同条第2項)が設けられており、特許法等にも同様の規定が設けられている。
これらに加えて、他の知的所有権法制をみると、特許法第105条、実用新案法第30条、意匠法第41条、商標法第39条において、「裁判所は、……当事者の申立により、当事者に対し、当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる」旨の規定が整備されており、昭和60年に制定された半導体集積回路の回路配置に関する法律や平成5年に全面改正された不正競争防止法にも同様の規定が盛り込まれている。
このような規定を新たに設けることは、現行の第114条の規定とも相まって、紛争の円滑な解決に資するものと期待できるところであり、純粋に逸失利益の損害賠償を請求するような場合にも効果があるものと期待できる。
いわゆるマルチメディアに象徴される情報化の進展等に伴って、著作権に関する法的紛争も今後多様かつ複雑なものとなることが予想されるところであり、紛争の円滑な解決のためにも、紛争の未然の抑止のためにも、特許法等と同様の規定を著作権法に整備することとするのが適切である。 |
(罰金額の引上げ) |
現行法では、著作権侵害の場合の科刑は、「3年以下の懲役又は100万円以下の罰金」となっており、特許権侵害や商標権侵害の場合の「5年以下の懲役又は500万円以下の罰金」、実用新案権侵害や意匠権侵害の場合の「3年以下の懲役又は300万円以下の罰金」と比較して均衡を欠いていると考えられる。
著作権侵害の場合と特許権侵害の場合との間において、刑罰で担保すべき保護法益に軽重があるとは考えられないため、著作権侵害の場合も特許法等との均衡も踏まえて然るべき額に引き上げることが適切である。 |
(その他) |
なお、これら以外に、専門部会の議論においては、懲役刑の引上げや法人重課規定の導入などについても検討が行われたが、結論を得るまでには至っていない。
また、関係団体からの意見においても、現行法第114条第2項における損害賠償請求額である「通常受けるべき額」についてこれを倍額以上に相当する額とすべきとの意見等も見られた。
このような事項については、民事及び刑事法制全体の見地から、また、他の知的所有権法制との均衡の観点等から、更なる検討が必要であると考えられる。 |
III.写真の保護期間の見直しについて
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著作権の保護期間は、現行法上、原則として著作者の死後50年を経過するまでの間と定められている。しかし、写真の著作物の場合は、特例的に、公表後50年(未公表のままであれば、創作後50年)と定められている(法第55条)。
これは、写真の著作物の場合は、著作者名の表示を欠く場合が多いため著作者の特定が困難であることや、国際条約においても一般の著作物とは異なり写真の保護期間を短く定めていること等の事情を考慮して定められたものである。
しかし、近年、写真の著作物の保護期間を他の著作物と同様に死後50年以上とすることが先進諸国の大勢となてきている状況にあり、WIPO(世界知的所有権機関)新条約の検討事項の一つとして写真の保護期間が取り上げられており、これを著作者の死後50年とする方向で検討が進められている。
また、科学技術の進展に伴う著作物の多様化の中で、写真の著作物だけを他の著作物と区別する理由は乏しくなってきているということができる。
この問題については、既に平成4年3月に公表された本小委員会の審議のまとめにおいても、写真の著作物の保護期間を死後50年に延長することが適当であるが、それに関連し、権利者団体において著作者名の表示方法の整備等のルール作りに努めることも重要であるとされたところである。このため、日本写真家協会を中心として、関係団体との協議、広報資料の発行等の取組が行われてきたところであるが、その結果、同協会が実施した調査による雑誌の氏名表示率が9割以上になっていること等に現れているように、氏名表示のルールも相当整備されてきたと評価することができる。
以上のように、写真の保護期間の問題については、上記のような国際的動向及び氏名表示ルールの整備の状況も踏まえ、写真の著作物の保護期間を一般の著作物と異なる形で規定している著作権法第55条を削除し、写真の著作物の著作権の存続期間をその著作物の公表後50年から、著作者の死後50年に改めるのが適切であると考えられる。
なお、写真の保護期間について検討する場合には、映画の著作物の保護期間との関係にも配慮する必要があるが、映画の著作物は、監督、撮影者等多数の著作者が関与することから団体名義の著作物と同様の取扱いとされているところであり、映画の保護期間の取扱いについては、今後、著作物全体の保護期間の取扱いを論ずる中で検討されるべき問題であると考えられる。 |
IV.著作権の保護期間の延長について
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我が国は、昭和45年の現行法制定以来、著作権に関する基本的な条約であるベルヌ条約の規定に則り、著作権の原則的保護期間を著作者の死後50年までとしている。
しかし、近年における国際的動向をみると、ヨーロッパ諸国では、1993年10月のECディレクティブの採択を受けて、各国において著作権の保護期間を70年間に延長しつつあるところであり、米国においても、1995年2月に保護期間を70年間に延長するための著作権法改正案が議会に提出されている状況である。 このような国際的状況を踏まえ、権利者団体からは著作権の保護期間を70年にすべきであるとの要望が出されている。
今回寄せられた関係団体からの意見においては、賛成意見のほか、諸外国の動向を更に見極めるべきであるとする意見、権利者団体による著作物の権利情報の整備と著作物の集中管理を一層推進するなど著作物の公正な利用のための方途の検討を求める意見、プログラムの著作物等も含む全ての著作物について一律に70年に延長するのではなく、個別に検討すべきであるとする意見などが出されている。 保護期間の延長の問題は、欧米諸国の保護期間延長の動向を踏まえると、我が国としても積極的に取り組んでいく必要があると考えられる重要な課題である。また、先進諸国の大半が延長を行ってから後発的に取り組むということではなく、国際社会における我が国の積極的な取組姿勢を示していくことに留意する必要がある。
この問題については、今後も、保護期間の延長の意義、影響を更に具体的に検討する必要があると考えられるところであり、国際的動向に留意するとともに、関係者の理解の進展を図りつつ、法律改正について引き続き検討を進めていくべきものと考えられる。 |
V.録音物の再生演奏(附則第14条の廃止)について
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音楽の著作物の演奏には原則として演奏権が働くことになっているが、レコード等録音物の再生による演奏については、法附則第14条の規定により、放送又は有線送信に該当するもの及び音楽喫茶、ダンスホール等の事業以外においては、営利事業におけるものであっても自由に行い得ることになっている。
この法附則第14条の規定は、昭和45年の著作権法の全面改正の際に、旧著作権法において録音物の再生による演奏が自由に行えることになっていたのを改めることにより生ずる社会的影響に配慮して、「当分の間」の経過措置として定められたものである。
しかしながら、現行法制定以来、既に20数年が経過しており、平成4年3月に本小委員会が公表した審議の取りまとめにおいては、「(社)日本音楽著作権協会を中心として、音楽の著作権関係者による、1)利用者の理解を深めるための広報活動の充実とともに、2)廃止後の演奏権処理に関する円滑な許諾及び使用料徴収システムの構築等」の条件整備を進め、その進捗状況に応じ、具体的な立法措置について判断を行うことが適当であるとされ、これを受け、(社)日本音楽著作権協会において、1)全国環境衛生同業組合をはじめとする利用者団体に対し、附則第14条廃止の必要性及び廃止後の演奏権管理について、機会あるごとに理解を求めるとともに、2)円滑な使用許諾及び使用料徴収のシステム構築の一環として、管理体制の充実(支部の増設、職員の増員)を行ってきたところである。
今回の関係団体からの意見においては、利用者の団体の中にも改正に理解を示すものが増えてきつつあるものの、附則第14条の廃止に向けた具体的な使用料徴収システムの構築などの体制整備が不十分であるといった指摘があった。
附則第14条の立法趣旨に立ち返ってみれば、先にも述べたとおり、本条はあくまで「当分の間」の経過的な措置として規定されたものであり、決して録音物の利用者に対する半永久的な既得権を付与したものではない。この点については、次第に利用者団体においても、将来的に廃止されるべき事項であるとの理解は深まってきているものと思われるが、本条については、現行法制定時から、条件が整い次第いずれは廃止さるべきことが予定されていることを関係者は今一度銘記しておくことが必要である。
しかしながら、現時点においては、附則第14条の廃止により影響を受ける利用者団体の理解は未だ十分とはいえないため、今後とも(社)日本音楽著作権協会を中心として、附則第14条の廃止に向けての更なる広報活動に積極的に取り組んでいくことが必要である。加えて、附則第14条の廃止のためには、廃止した場合の権利処理の在り方について青写真を示し、円滑な権利処理ルールの整備に向けて具体的に取り組んでいくことが必要である。また、利用者においても、権利者団体が進めている取組を理解し協力していくことが肝要であろう。
附則第14条の廃止の問題については、上記の諸点を踏まえつつ、できるだけ早期に法律改正を行う方向で、今後も、積極的に検討を進めていくべきものと考えられる。 |
著作物の保護期間が著作者の死後50年を上回る期間とされている国の例 |