○第2小委員会(コンピユーター関係)報告書
    昭和48年6月 文化庁



    目 次
    はじめに

    第1章 総論

    1コンピューターと著作権
    2問題点の検討にあたつて

    第2章 著作権に関する諸問題

    I ソフトウェア関係

    1プログラムの著作物性
    2表現形式を変更したプログラムの著作物性
    3既存の著作物をプログラム化したものの性格
    4プログラムの著作者
    5プログラムの著作権の帰属
    6プログラムの保護と方式の履行
    7プログラムの実施と著作権
    8プログラムの頒布と著作権
    9プログラムの保護期間
    10プログラムの権利侵害と特別措置
    11プログラムの作成に関連する問題

    II 著作物のインプット関係

    1著作物をインプットする行為
    2著作物を外部記憶装置にたくわえる行為
    3著作物を内部記憶装置にたくわえる行為
    4企業内における著作物のインプットと私的使用のための複製
    51回使用(One Use)のための著作物のインプットと複製権の制限
    6著作物のインプットと著作者人格権との関係
    7著作物のインプットに関する強制許諾制・法定許諾制
    8著作物のインプットに関する集中的権利処理機構

    III 著作物のアウトプット関係

    1著作物をアウトプットする行為
    2著作物を電気通信回線により伝達し、アウトプットする行為

    IV コンピユーター創作物関係

    1コンピユーター創作物の著作物性
    2コンピユーター創作物の著作者

    (参考)

    1 著作権審議会第2小委員会(コンピユーター関係)委員名簿

    2 著作権審議会第2小委員会(コンピユーター関係)審議経過



    はじめに
    1970年代のいわゆる情報化社会においては、従来の工業化社会にくらべ、相対的に物質の価格が低下し、情報の重要性が著しく増大した。これは、人間が物質的に恵まれた環境の中で単に生きることよりも人間らしい生き方を重視するという価値観の変化を背景とするものであり、人間の関心は今後いつそう多元化するものと思われる。このような生活環境にあつては、素データとしての情報を収集・整理し、創造的に分析・加工する情報処理技術が国家に、企業に、はたまた個人にとつても必須のものとなりつつある。この要請は、情報量の爆発的な増加によつて急激に増大し、種々の情報処理機器が開発されたが、コンピユーターはその代表的なものであり、工業化社会の転換を招来し、情報化社会を推進する決定的な要因として作用することが推測される。すなわち、情報の価値の増大によつてコンピユーターの普及と高度な利用が行なわれ、その進展がまた情報の価値を加速度的に増大させているのが、今日の特色であり、情報の法的保護が世界的な課題とされるゆえんもここに存する。情報とは、何らかの形で他へ伝達しうる形式を持つた事象の内容であり、無形のものであるため、情報の権利保全に関しては、無体物を保護の対象とする著作権法による保護について究明し、著作権法の適用上の疑義の解消を図ることは必要不可欠である。

    著作権審議会(中川善之助会長)においては、このような認識に立つて「コンピユーターに関連する著作権問題」について検討することを緊急の課題と考え、第2小委員会(林修三主査)を設置して検討を行なつた。これは、本年3月、一足先に報告書がまとまつた「ビデオと著作権問題」の検討とともに、昭和45年4月、著作権法案の審議に際し行なわれた衆議院文教委員会における「今日の著作物利用手段の開発は、いよいよ急速なものがあり、すでに早急に検討すべきいくつかの新たな課題が予想されるところである。よつて今回改正される著作権制度についても、時宜を失することなく、著作権審議会における検討を経て、このような課題に対処しうる措置をさらに講ずるよう配慮すべきである。」との附帯決議(参議院文教委員会においても同年4月に同趣旨の附帯決議を行なつている。)に対応する措置であり、第2小委員会は、昭和47年3月以来1年有余にわたり慎重に審議を行なつたが、このたび、コンピユーターに関連する著作権の諸問題についての検討の結果をまとめたので、ここに報告するものである。



    第1章 総論
    1 コンピユーターと著作権
    コンピユーターは、その情報処理機能に着目して、正確にはEDPS(Electronic Data Processing System、電子情報処理システム)とよばれるが、コンピユーターが情報処理の中核としてわが国において本格的に使用されるようになつたのは、1960年代の後半以降であるにすぎない。しかし、コンピユーターは、従来の情報処理機器と異なり記憶性および超高速性を有すること、また、即時応答性や解析性にすぐれていること等の特質を備えているため、コンピユーターの利用は急激に進展し、JECC(日本電子計算機株式会社)の調査によれば、1972年9月末時点におけるわが国の実働コンピユーターの設置台数は14,806台に達し、対前年比で23.2%と大幅に増加した。この高度成長は今後も続き、財団法人日本経営情報開発協会の需要予測によると、1980年3月末には73,500台に達するものとされている。

    情報処理とは、情報につき計算、検索その他これらに類する処理を行なうことをいい、コンピユーターは、国または地方公共団体の機関、企業等において統計計算、給与計算等の大量事務の処理のみならず、計画、判断、予測等の高度な業務の処理のために使用されている。また、新しい産業である情報処理サービス(顧客のためにその顧客の情報処理を行なうもの)および情報提供サービス(顧客のために情報を収集し、加工のうえ、その顧客に提供するもの)は、ここ数年間に急激な発展を見せ、JECCの調査によれば、情報処理サービスまたは情報提供サービスを行なつている事業体数は1973年1月1日現在541事業体(センター数は711)であり、ここ1年間で約1.2倍の増加ぶりを示し、今後の飛躍的発展が期待されている。情報処理サービスおよび情報提供サービスの業務内容は、主として事務計算、科学計算等の受託計算または市場情報、株式相場情報等の提供に限られている。このように機関内情報処理、情報処理サービス等において著作権法の対象となる著作物が使用されることは少なく、多くの場合、政治、経済、科学、技術、市場等々の統計的データが使用されているにすぎない。

    しかしながら、現段階においても、アメリカ合衆国においてその例が見られるように、検索のために法令や判決等の著作物をコンピユーターにたくわえることが皆無とはいえず、現にわが国においても、学術雑誌、論文等の科学技術情報をコンピユーターに蓄積し顧客に提供する特殊法人日本科学技術情報センターや内外の特許関係の情報をコンピユーターに記録させ求めに応じて提供する社団法人日本特殊情報センターが存在するところであり、著作権法によつて保護を受ける著作物、とくに百科事典、辞書、科学文献等がコンピユーターにおいて使用される傾向は今後一段と強まるものと予想される。また、将来の問題ではあるが、コンピユーター技術は印刷技術にとつて代わり、各家庭または事務所はライブラリーの代わりに中央のコンピユーター・センターと直結したビユーアー装置兼プリンター装置を備え、好みの場所、好みの時間に希望する情報を入手することができる可能性があるとの指摘もあり、コンピユーターによる情報の蓄積および検索は、必然的に著作権の問題への考慮を伴わずにはおかないものがある。

    また、コンピユーターによる情報処理の新しい分野として、音楽作品、文芸作品、美術作品等の創作があるが、この領域におけるコンピユーターの利用が、人間の知的創造活動と深く関係する法制度である著作権法制と密接な関連を有することはいうまでもない。

    一口にコンピユーターによる情報処理といわれるが、コンピユーターは、人間により設計され、決定された知的体系に従つて情報の処理を行なうにすぎず、コンピユーターによる情報処理とは、人間がコンピユーターに情報の処理方式を記憶させ、それに従つて情報の処理を実行させることにほかならない。したがつて、コンピユーターの利用水準を高めるためには、コンピユーターの使用技術、すなわちソフトウエアの高度化が不可欠である。この認識は、コンピユーターの利用が量的に増加し、質的に向上、多様化するにつれて高まり、ソフトウエアの開発のために多大の労力と多額の資金が投入されることになり、OECD技術格差報告書によれば、コンピユーター・コストの中に占めるソフトウエアの比率は、1970年代には70%にも及ぶと予測している(コンピユーターの出現当初(1950年~1960年)、その比率は10~15%)。ソフトウエアの有効、適切な保護方策についての世界的規模での模索は、このような事情を背景としたものであり、わが国においても、通商産業省に設置されたソフトウエア法的保護調査委員会から昭和47年5月に「ソフトウエアの法的保護について」と題する中間報告書が提出されているところである。

    ソフトウエアの法的保護が国際的な論議を呼ぶゆえんは、ソフトウエアがコンピユーターの使用技術という性格のものであるために伝統的な民法上の概念になじみにくいこと、他方、無体物を対象とする現行の著作権法、特許法および関係の条約は、ソフトウエアのような新しい無体物の存在を前提として立案されたものではなく、ソフトウエアについてこれらの法令を適用することに関し法解釈上疑義の余地が存することなどのためである。前記のソフトウエア法的保護調査委員会の中間報告書は、ソフトウエアの流通促進の観点から現行の諸法制によるソフトウエアの法的保護について検討し、さらに新規立法等に言及した労作であるが、報告書の性質上著作権法からのアプローチは必らずしもじゆうぶんなものとはいいがたく、ソフトウエアと著作権に関する問題点をより精密に究明し、現行著作権法によるソフトウエアの保護の効果と限界を明確にする必要性が存するところである。

    なお、わが国においてソフトウエアの開発のために投資された資金の額等は明らかでないが、情報化社会の中核的産業の1つであるソフトウエア産業の市場規模は、財団法人日本経営情報開発協会の調査によれば、1971年度でおおむね200億円程度と見込まれており(ハードウエア・メーカーの提供するソフトウエアは含まない。)、教育水準の高いわが国にきわめて適した産業としてその将来が期待され、同協会の予測によると1980年度には1,400億円に及ぶものとされている。
     このように、コンピユーターの利用は著作権法制と深くかかわるものであるが、わが国におけるコンピユーターの歴史がきわめて浅いこともあり、コンピユーターをめぐる著作権問題が争訟となつて具体化した例はいまだ存しないようである。しかし、今後のコンピユーター利用の質量両面における飛躍的進展に伴い、コンピユーターと著作権に関し種々の問題が提起され、その解決を迫られることは明らかである。そこで、当委員会としては、条約や各国の法制についても可能な限り目を向け、世界の動向をも見守りつつ、コンピユーターに関連する著作権問題を検討し、現行著作権法の解釈および運用の方向等について考察を加えることとした。

    2 問題点の検討にあたつて
    当委員会は、コンピユーターに関する著作権の問題点の所在をさぐり、これを整理することを目的として審議を行なつた。したがつて、各問題点ごとに必らずしも最終的結論を得ることは求めず、現行法の解釈等について一応の見解を表明することにとどめた。

    問題点の検討にあたつて、当委員会は、コンピユーターにおける情報処理の過程を考慮することとした。その過程の概略は次のとおりである。
    1)コンピユーターが行なうべき仕事の内容をコンピユーターにわかる言語で表現する(プログラムの作成)。
    2)情報(プログラムおよびデータ)は、パンチカード、マークカード等によつてコンピユーターにインプツトされる。
    3)インプツトされた情報は、内部記憶装置またはその記憶容量を補う装置である外部記憶装置に記憶される。
    4)演算装置と制御装置が共働して、内部記憶装置に記憶された情報につき計算や判断等の処理を行なう。(外部記憶装置に記憶された情報は、内部記憶装置に移されてその処理が行なわれる。)
    5)処理された情報(計算や判断等の結果)は、内部記憶装置に記憶される。
    6)処理された情報は、人間にわかる表現によりアウトプツトされる。
    7)処理された情報は、場合により、オンラインシステム等で遠隔地へ伝達され、アウトプツトされる。
    以上の段階のうち、4)および5)については、特に著作権法上の考察を加えるべき必要性が認められないので、コンピユーターに関連する著作権問題については、1)を「ソフトウエア関係」、2)および3)を「インプツト関係」、6)および7)を「アウトプツト関係」に大別して検討することにするが、アウトプツトとして楽曲、絵画等の創作物を得る場合については、「コンピユーター創作物関係」として別途取り扱うことにする。



    第2章 著作権に関する諸問題
    I ソフトウエア関係
    ソフトウエアについてはいろいろな定義があるが、大別すると、諸種のプログラムの総称であると定義するもの、プログラムおよびその他の文書化されたコンピユーターの使用技術の総称であると定義するものに二分することができる。当委員会は、コンピユーターに関連する著作権問題を幅広く検討する便宜上、後者の定義を採用する。したがつて、ソフトウエアは、具体的にはシステム設計書、フローチヤート、プログラムおよびプログラム説明書をさす。なお、ソフトウエアは、有形の物自体ではなく、紙片、磁気テープ等の有体物に固定された無形の技術的思想であることに留意する必要がある。ここではプログラムを中心に考察し、システム設計書、フローチヤートおよびプログラム説明書については最後に一括して言及することとする。

    1 プログラムの著作物性

    (問題点)プログラムは著作物であるかどうか。

    (ア)現行法上の著作物概念
    著作権法(昭和45年法律第48号)は、第10条第1項において著作物を例示しているが、プログラムはこの例示中に掲げられていない。したがつて、プログラムの著作物性は著作物の定義から判断する必要があるが、法第2条第1項第1号は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定している。著作物は、まず、人間の思想感情がなんらかの表現手段を通じて外部から知覚することができる客観的な存在となることを要する。この場合、思想感情そのものに作者独自の新しさが存することまでは要求されないが、思想感情が形式付与された表現自体に作者の個性が存しなければならない。著作物は、また、思想感情の創作的な表現が文芸、学術、美術または音楽という包括的な概念分野に属するものであることを要する。なお、著作物を絵画に即していえば、著作物は、キヤンバスに描かれた有体物としての絵画ではなく、キヤンバスに固定された無形の思想感情の表現をさすものであり、著作物要件としての映画の著作物を除き有体物への固定を要しないことはいうまでもない。

    著作物の範囲は、しだいに広く解釈される傾向に進んでおり、旧著作権法下において、すでに東京地方裁判所は、著作権侵害被告事件の判決(大元、11、11)において「文明ノ進歩ト学術ノ発達トハ、日ニ月ニ新思想及ビ新材料ヲ供給シテ止マザルベキヲ以テ、著作権ノ目的物ニ対スル規律範囲モ、世ノ進運ニ伴ヒ其適用ヲ拡張スベキヤ多言ヲ要セズ。」と述べている。

    (イ)条約上の著作物概念
    ベルヌ条約は、同条約により保護を受ける文学的および美術的著作物について、ベルヌ創設条約以来一貫して「文芸、学術及び美術の範囲に属するすべての作品」(every production in the literary, scientific and artistic domain)と規定し(同条約の1971年パリ改正条約第2条(1))、また、万国著作権条約は、単に「文学的、学術的及び美術的著作物」(literary, scientific and artistic works)の著作者は、同条約により保護を受ける、と定めているにすぎず(同条約の1971年条約第1条)、両条約とも著作物たるための要件を明示しないが、両条約における著作物概念は、わが国の著作物概念と実質的に一致しているものと解される。

    (ウ)各国法令における著作物概念
    プログラムが著作物である旨を規定している国は存しない。著作物たるための要件については、アルゼンチン、スイス、イギリス等のように単に著作物の種類を列挙するのみでその要件を明示しない国およびオーストラリア、フランス、イタリア、ソ連等のように作者の特性、精神性、創作性または独創性を要する旨を規定している国に二大別することができるが、著作物要件の意味するところは、わが国の著作権法に規定するところとほぼ同様であると解される。

    アメリカ合衆国著作権法は、「本条例によつて著作権を与えられる著作物は、著作者の一切の文書(all the writings of an author)を含む。」と規定するのみであるが(第4節)、著作権局は、プログラムの登録可能性について1964年4月の回章(CIR 3 ID)においてプログラムが「著作者の文書」であるかどうか等不明確な問題があるが、不明確な事案をできる限り登録する方向で解決する方針に従つて、若干の要件が満たされるならば、プログラムの登録を考慮する意向であるとし、その要件の一つとして、「プログラムという編集物(compilation)を作りあげている収集、選択、配列、編集および文学的表現の要素が、原著作物を構成するに足るものであること。」をあげている。既存のプログラムをごく一部変更して、編集したような少数の例を除けば、標準的なプログラムのほとんどは、この要件を充足するものと解されている。なお、現在、著作権登録を受けているプログラムは1971年には約240本程度であるといわれている。

    (エ)プログラムの著作物性
    プログラムは、コンピユーターに対する指令であつて、1つの結果を得ることができるようにいくつかの命令を組み合わせたものをいい、オペレーシヨン・プログラムとアプリケーシヨン・プログラムに分類される。オペレーシヨン・プログラムとは、ハードウエアの構成部分の調整や制御を行なうプログラムをいい、コンピユーターの機能を統一的に管理運営し、効率よく業務を遂行するために必要なものである。これに対し、アプリケーシヨン・プログラムとは、オペレーシヨン・プログラムが与えられた後に、具体的な仕事を行なうためにコンピユーターに計算させ、または判断させるプログラムをいう。オペレーシヨン・プログラムは、特定の型のハードウエアのために開発されるため、ハードウエアと不可分であり、また、ハードウエアの価格にはオペレーシヨン・プログラムの開発費および改良費を含んでいる。したがつて、プログラムの保護の問題は、主としてアプリケーシヨン・プログラムの保護のために提起されるが、当委員会は、オペレーシヨン・プログラムおよびアプリケーシヨン・プログラムの両者をあわせてプログラムと称し、その著作権問題を検討することとする。

    プログラムは、コンピユーターの操作利用を目的とするため表現よりも内容が重視されるという特色を有するものの、人間は、プログラムに形式付与されたプログラムの作成者の思想およびその具体的表現を享受することができる。したがつて、プログラムは、人間の知情意に訴えてその精神活動に影響を与えることを本来の目的とする著作物の概念になじむものである。

    プログラムの多くは、いくつかの命令の組み合わせ方にプログラムの作成者の学術的思想が表現され、かつ、その組み合わせ方およびその組み合わせの表現はプログラムの作成者によつて個性的な相違があるので、プログラムは、法第2条第1項第1号にいう「思想を創作的に表現したものであつて、学術の範囲に属するもの」として著作物でありうる。

    なお、プログラムは、フローチヤートに基づいて作成されるが、一のフローチヤートから各種のプログラムを作成することが可能であるので、プログラムはそれ自体として新たな著作物である場合が多い。ただし、フローチヤートが非常に詳細でプログラムのステイトメントが表示されているような場合、これに基づくプログラムの作成は創作とはいいがたく、そのプログラムはフローチヤートの複製物であるにすぎないこともありうる。


    2 表現形式を変更したプログラムの著作物性
    (問題点)プログラミング言語を変更したプログラムおよびソース・プログラムを変換したオブジエクト・プログラムは、それぞれ既存のプログラムに基づく二次的著作物であるかどうか。

    (ア)現行法上の二次的著作物
    著作権法第2条第1項第11号においては、「著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物」を二次的著作物というと規定し、既存の著作物(原著作物)に基づく創作物であつても、そこに新たな創作性が認められるものは、原著作物とは別個の著作物であることを明らかにしている。他方、そこに創作性が認められないものは、原著作物を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製」することにより作成した原著作物の複製物であるにすぎない(法第2条第1項第15号)。

    なお、「翻訳」とは、著作物を他の言語体系で表現することをいい、「創作」とは、思想感情を独自性を有する表現として外部に具体化する行為をいう。

    (イ)条約上の二次的著作物
    二次的著作物に関しベルヌ条約は、ベルリン改正条約以来わが国と同趣旨の規定を設けているが、万国著作権条約は、特別の規定を有しない。

    (ウ)各国法令と二次的著作物
    二次的著作物についてわが国と同趣旨の規定を設けている国は、イギリス、フランス、イタリア、オーストリア等である。

    (エ)表現形式を変更したプログラムの性質
    (i)プログラムのプログラミング言語を変更して作成したプログラムは、原プログラムの複製物であるにすぎない。機械語、アセンブラー言語、コンパイラー言語のようなプログラミング言語は、人間の意思をコンピユーターに伝達するために用いられる文字および記号の秩序ある集合にすぎず、語いも少なく文法も簡単で国語のように一定の言語体系をもつものとはいいがたく、プログラミング言語の変更に創作性が加わる余地がないので、その変更は、法第2条第1項第11号にいう著作物を「翻訳することにより創作すること」に該当せず、法第2条第1項第15号にいう著作物を「その他の方法により有形的に再製すること」であり、著作物の「複製」に該当するためである。
    (ii)ソース・プログラム(人間に理解しやすいようなプログラミング言語によつて表現されたプログラム)を変更して作成したオブジエクト・プログラム(機械語のプログラム)は、ソース・プログラムの複製物であるにすぎない。その変更は、アセンブラーやコンパイラー等の変換プログラムによつて機械的に行なわれるため、創作とはいいがたく、法第2条第1項第15号にいう著作物を「その他の方法により有形的に再製すること」に該当するためである。


    3 既存の著作物をプログラム化したものの性格
    (問題点)既存の著作物をプログラミング言語で表現したものの性格はなにか。
    たとえば絵画「モナ・リザ」のアウトプツト複製物は、文字または記号の組み立ての濃淡により表現されるので、それを得るためのプログラムは、場所を指示して文字または記号を打ち出すための命令の組み合わせの形をとる。この例にみられるように、アウトプツトとして著作物の複製物等を得るために既存の著作物をプログラム化することが予想されるが、前記2(エ)で述べたように、既存の著作物をプログラミング言語で表現することは、法第2条第1項第11号にいう著作物を「翻訳することにより創作すること」に該当せず、法第2条第1項第15号にいう著作物を「その他の方法により有形的に再製すること」であり、それにより作成されたプログラムは、既存の著作物の複製物であると一応考えることもできる。


    4 プログラムの著作者
    (問題点)プログラムの著作者はだれであるか。また、現行法の著作者に関する規定をプログラムについて適用することが妥当かどうか。

    (ア)現行法の著作者概念
    著作権法は、第2法第1項第2号において、著作者を「著作物を創作する者をいう。」と定義している。「創作」とは、思想感情を整理統合し、独自の表現として具体化する行為をいい、本来、自然人のみがなしうるものであるが、法は、法人等と一定の関係に立つ従業者の創作を法人等の創作とみなし、第15条において、「法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。」と規定し、法人等に著作者たるの地位を認めている。すなわち法人等は、多数の従業者によつて作成された著作物だけでなく、従業者個人の職務上の著作に係る著作物についても、その著作者となりうる。

    なお、著作者は複数である場合があり、共同著作物、すなわち2人以上の者が共同して創作した著作物であつて、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの(法第2条第1項第12号)の著作者は、共同して著作物を創作した者全員である。

    (イ)条約上の著作者概念
    ベルヌ条約および万国著作権条約は、著作者に関する定義規定を設けていない。

    ベルヌ条約上「著作者」という用語は自然人のみをさすのか、それとも法人等の団体をも含むものであるかについて、ストツクホルム改正条約案を検討していた1963年専門家委員会は、「この問題は国内法令の定めるべき問題である」という見解を表明した(1963年専門家委員会報告書)。万国著作権条約においても、著作者に法人等の団体を含ましめるかどうかは各国の国内法令の定めるところによるものと解されている(万国著作権条約調印会議一般報告書)。

    (ウ)各国法令と著作者概念
    著作者についてわが国と同趣旨の規定を設けている国にオーストリア、トルコ、東ドイツ等があるが、多くの国は、著作者の定義規定を持たない。

    法人等の団体に著作者たる地位を認めている国にフランス、トルコ、イギリス、ソ連があるが、西ドイツは、同国著作権法第2条2において「著作物は、個人の精神的創作物に限る。」と規定し、法人等の著作者性を否定している。なお、多くの国が明文の規定を設けず、法人等に著作者たる地位を認めているかどうか明らかでない。

    (エ)プログラムの著作者
    (i)プログラムの著作者は、プログラムを創作する者である。すなわち、学術的思想を整理し、独自の表現を有するプログラムを作成した者がプログラムの著作者である。プログラマーの語は、システム設計を行なう者からデイテール・フローチヤートを単にコーデイングする者までを含む広い意味で用いられることもあるので、プログラムの著作者をプログラマーと概念することは妥当ではなく、抽象的にプログラムを創作する者とするにとどめ、職名のいかんを問わずプログラムの作成の実態から判断すべきである。なお、プログラムの創作を委託したにすぎない者は、プログラムの著作者たりえないことはいうまでもない。

    甲プログラムに第三者が修正増減を加えて乙プログラムを作成する場合、乙プログラムが甲プログラムの複製物にすぎないときは、乙プログラムの著作者は甲プログラムを創作した者であり、乙プログラムが甲プログラムを翻案することにより創作した二次的著作物であるときは(法第2条第1項第11号)、乙プログラムの著作者は乙プログラムを創作した者(この場合、甲プログラムの著作者は、二次的著作物の原著作物の著作者の地位に立つ(法第28条参照)。)である。乙プログラムが甲プログラムの複製物であるか、二次的著作物であるかは両プログラムの表現形式によつて決すべきであり、経済的価値によるものではない。なお、プログラムの翻案とは、既存のプログラムの基本的な筋、仕組等に変更を加えず、表現を変えて新たなプログラムを創作することである。

    また、甲プログラムを乙プログラムに修正するにあたり、甲プログラムの論理的整合性を前提として甲プログラムを完ぺきなプログラムに書きなおすオプテイマイジング・プログラムを使用する場合は、甲プログラムがコンピユーターによつて機械的に改良されて乙プログラムに転化するにすぎないので、乙プログラムの著作者は甲プログラムを創作した者であるとの意見が有力であつた。
    (ii)ソフトウエア企業に対するプログラムの作成委託が従業者個人を指定して行なわれる場合があるように、プログラムの作成者の個性がプログラムに大きく反映するので、職務上の著作にかかるプログラムについても、現実にプログラムの作成にあたつた従業者個人を著作者とすべきではないかとの意見があつたが、特にプログラムを他の著作物と区別して取り扱う理由に乏しいので、プログラムについて一定の場合に法人等を著作者とする法第15条の規定を適用しても現実から遊離することはなく、特段の支障はないと考えられる。

    なお、プログラムは、通常、多数の従業者によりその職務として作成され、かつ、法人等の著作の名義で公表されるか、あるいは公表を予定していなくても仮に公表するとすれば法人等の著作の名義で公表されるものと考えられるので、プログラムの著作者は、法人等の使用者であることが多いと考えられるとの意見があつたことを付記する。


    5 プログラムの著作権の帰属
    (問題点)プログラムの著作権を原始的に取得する者はだれであるか。また、現行法の著作権の帰属に関する規定をそのまま維持すべきかどうか。

    (ア)現行法における著作権の帰属
    著作権法は、第17条第1項において、著作者(第15条に規定する法人等の著作に係る著作物については法人等)は著作者人格権および著作権を享有する旨の原則的規定を設け、映画の著作物の著作権についてのみ、「その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している(第29条第1項)。

    (イ)条約における著作権の帰属
    ベルヌ条約および万国著作権条約にはわが国の著作権法第17条第1項に相当するような規定は存しないが、著作者が著作権を原始的に取得することを当然の前提としている。なお、ベルヌ条約は、ストツクホルム改正条約以降、「映画的著作物について著作者の権利を有する者を決定することは、保護が要求される国の法令に留保される。」と規定している(同条約のパリ改正条約第14条の2(2)(a))。

    (ウ)各国法令における著作権の帰属
    英米法系の国では、映画の著作物の著作権者を映画製作者としたり、雇傭契約に係る著作物の著作権者を雇傭主とする立法例がみられるが、多くの国は、著作者が著作権を原始的に取得することを自明の理としている。

    (エ)プログラムの著作権の帰属
    現行法上プログラムの著作権は、その著作者が原始的に取得するが、これをプログラム作成資金投下者等の適当な者に帰属させるための特別措置を講ずることの必要性については、1)プログラムの作成には多数の者が関与するため、その権利関係が複雑であること。2)プログラムの作成には多額の資金を必要とし、その90%前後がコーデイング、テスト、デバツク等に向けられ、その試行錯誤の結果としてプログラムが作成されるために、プログラムの表現は資金によつて決定されるといいうるほどであり、プログラムの作成のために投下された資金の回収を認めることが実情にかなうこと、および3)プログラムの権利主体をプログラムの作成を命じ、委託し、または支配する者としようとする意見が世界的傾向であることを理由とする積極的意見があつた。

    しかし、他方において、1)プログラムの著作者以外の者にその著作権を原始的に帰属させることは、プログラムの作成者の創作意欲を減退させ、プログラムの作成に好ましくない結果を招くおそれがあること、2)プログラムの場合、法第15条の法人等を著作者とする規定により法人等が原始的に著作権を取得する場合が多く、これにより解決しうる場合が多いこと、および3)プログラム作成資金投下者等の利益は、プログラムの著作者との契約によつて確保することができることを根拠とする消極的意見が強かつた。以上のことから、プログラムの著作権の帰属問題については、プログラムの作成の実態および世界のすう勢をにらみあわせて検討を進めるべきであり、当面は現行法の運用によつておおむね妥当な解決が得られるものと考える。


    6 プログラムの保護と方式の履行
    (問題点)プログラムについて、著作権の享有のために一定の方式の履行を要求するかどうか。

    (ア)現行法上の無方式主義
    著作権法は、第17条第2項において「著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。」と規定しているので、プログラムの著作者は、登録、寄託等の手続きを行なうことなくプログラムの著作権を取得する。

    (イ)条約と方式
    ベルヌ条約は、ベルリン改正条約以降「権利の享有及び行使は、いかなる方式の履行をも要しない。」(同条約のパリ改正条約第5条(2))と規定し、無方式主義を採用している。他方、万国著作権条約は、無方式国と方式国とのかけ橋的条約といわれ(同条約の1971年条約第3条参照)、無方式主義および方式主義の両者を許容している。

    (ウ)各国法令と方式
    ベルヌ同盟国は無方式主義であるが、万国著作権条約のみの当事国であるアメリカ合衆国や中南米諸国は方式主義を採用している。アメリカ合衆国における著作権によるプログラムの保護について、著作権表示を付したプログラムの発行および著作権局への登録が議論されるのはこのためである。

    (エ)プログラムの保護と方式の履行
    プログラムの著作権の享有のために一定の方式を履行することは現行法上は不要であるが、これを登録、寄託等なんらかの方式の履行を要するものとすることは、プログラムに限つて著作権として特に実施権を認めるとか、著作権侵害訴訟における違法性の立証責任を転換するなど特別な取り扱いを行なう場合は別として、特に必要ない。また、プログラムがベルヌ条約上の著作物に該当する場合、プログラムに関する権利の享有および行使について方式の履行を要求することは、ベルヌ条約違反となる。

    なお、プログラムの流通の促進、重複開発の防止等を目的として、プログラムの保護のために一定の方式の履行を要求することが世界的傾向(WIPOの主催によるプログラムの保護に関する政府専門家諮問部会の報告書)であるが、この場合におけるプログラムの保護は、著作権法制とは別の新しい法制によることが考えられていることを付記する。このように、方式の履行がプログラムの流通促進等との関係で主張されることについては、行政指導としてプログラムの自主的な登録や寄託を奨励する等の方法を採ればよく、このことはプログラムの保護の要件と切り離して検討すべき問題であると考える。

    また、方式の履行が法的安定性の見地から主張されることについては、既存の保護を受けるプログラムと同一のプログラムといえども、両プログラムが相互に無関係に作成されたものであれば、著作権侵害の問題は生じないので、プログラムの非公開は法的安定性をそこなうとはいえない。


    7 プログラムの実施と著作権
    (問題点)プログラムの実施を著作権によつて規制することができるかどうか。また、プログラムについて実施権を認めるべきかどうか。

    (ア)現行法と実施権
    著作権法上著作権の効力は、著作物の内容となつている一定の方法を使用する行為、すなわち実施には及ばず、機械の組み立て方について記述した者は、その方法に対し独占権を有するものではない。プログラムをコンピユーターにかけプログラムを実施することは、プログラムの内容となつている方法を使用する行為であるが、その実施自体を著作権によつて直接規制することはできない。

    (イ)条約と実施
    ベルヌ条約および万国著作権条約上プログラムの実施は、著作権の内容とは考えられない。

    (ウ)各国法令と実施権
    各国とも、著作権によつてプログラムの実施を規制することはできないと解しているが、イタリアにおいては、著作権の行使に関連を有する権利(隣接権的な権利)の一である「技術的な設計図に関する権利」によりプログラムの実施を規制することができるとの見解が総理府の文学的、美術的および科学的所有権局長ジノ・ガルチエリ氏により発表されている。すなわち、同国著作権法(1941年4月22日付け法律第633号)第99条第1項において「技術的な設計図及びその他類似の著作物で技術的問題の独創的解決を示すものの著作者は、このような考案の設計図及び図面の排他的複製権に加えて、営利目的をもつて、及び著作者の同意なしに技術的考案を実施する(realize)すべての者から正当な報酬を受ける権利を有するものとする。」と規定しており、プログラムは「技術的な設計図及びその他類似の著作物」に該当することをその理由とする。なお、プログラムの実施につき報酬請求権を行使するためには、著作者は、プログラムに権利留保の表示を掲げ、かつ、プログラムを文学的、美術的及び科学的所有権局に寄託しなければならないとされている(同法第99条第2項)。

    (エ)プログラムの実施と複製権
    コンピユーターにおけるプログラムの実施過程をみると、コンピユーターが情報の処理を行なう間、プログラムは、内部記憶装置に記憶材の磁気的な状態として貯蔵される。このプログラムを貯蔵している記憶材は、たとえば著作物を印刷した紙片と変わらない支持物であり、プログラムを法第2条第1項第15号にいう「その他の方法により有形的に再製」したものであるため、プログラムの実施は、著作物の「複製」に該当する可能性もあるとの意見があつた。(現行法、条約および各国法令における複製概念については、II1(ア)─(ウ)を参照されたい。)

    しかし、1)「複製」については、従来、有形的に再製されたものが瞬時よりも長い時間知覚することができる程度に永続性または安定性を有することを要すると解されているので、内部記憶装置におけるプログラムの瞬間的かつ過渡的な貯蔵を著作物の「複製」に該当するものと解することには無理があること、2)世界の定説は、著作権によつてプログラムの実施を規制することはできないと解しており、わが国のみがプログラムの実施を著作物の「複製」に該当すると解し、事実上実施権的な権利をプログラムについて認めることは妥当でないこと、さらに3)プログラムの実施を「複製」に該当すると解する場合、オーデイオおよびビデオの信号が電信線または電話線により電送されている間著作物が電信線または電話線にたくわえられているので、これをも著作物の「複製」であると解さなければならず、現行法の体系を乱すことになることを理由とする反対意見が強かつた。したがつて、プログラムの実施に関し複製概念を拡張することについては世界の動向を見つつ慎重に決定すべきであるが、現時点においては、プログラムの実施は、著作物の「複製」に該当しないと解すべきである。

    (オ)プログラムの実施権
    プログラムの著作権者に対し、著作権の内容として実施権、すなわちコンピユーターにプログラムを実施させる排他的権利を付与するための法改正を行なうことは、現段階においては適当でないと考える。これは、著作権が表現の利用を保護する権利であるのに対し、実施権が表現の内容をなす一定の方法の使用を規制する権利であり、実施権が著作権の概念になじまないためである。討議の過程において、現行法は建築の設計図について実施権的権利を認めているのではないかとの意見があつたが、これに対しては、建築に関する図面に従つて建築物を完成することを建築の著作物の複製であるとしたものであり(第2条第1項第15号ロ)、建築の設計図について実施権を認めたものではない旨の指摘があつたことを付記する。

    なお、プログラムの実施権を著作権法制とは別の新しい法制として設定することは立法論としては当然考えられるところであり、別途検討すべき課題であるが、著作権問題の検討にあたつた当委員会としては積極的言及をさし控えることとする。


    8 プログラムの頒布と著作権
    (問題点)プログラムについて頒布権が認められるかどうか。また、プログラムについて頒布権を認めるべきかどうか。

    (ア)現行法上の頒布権
    著作権法は、映画フイルムの経済的価値およびその流通態様を考慮し、第26条第1項において「著作者は、その映画の著作物を公に上映し、又はその複製物により頒布する権利を専有する。」と規定し、さらに、映画の著作物において複製されまたは翻案されている著作物の著作者も頒布権を有することを規定している(第26条第2項、第28条)。

    (イ)条約上の頒布権
    ベルヌ条約は、ブラツセル改正条約以降、わが国の現行法と同様、映画の著作物および映画の著作物において翻案されまたは複製されている著作物に関してのみ頒布権を規定している(同条約のパリ改正条約第14条(1)、第14条の2(1))。万国著作権条約には直接頒布権を規定する条項は存しない。

    (ウ)各国法令と頒布権
    著作物一般について頒布権を認めている立法例が多い。この場合、無制限に頒布権を認める国(スイス、スウエーデン、ソ連等)、著作物の複製物が譲渡の方法で市場に出されると、その複製物について頒布権がなくなるものとする国(オーストリア、西ドイツ)、商品として売り出す場合についてのみ頒布権を認める国(イタリア、東ドイツ)等に分類することができる。

    (エ)プログラムの頒布権
    現行法上プログラムには頒布権が認められないが、プログラムの経済的価値の重要性を考慮し、プログラムの著作権者に対し、頒布権、すなわちプログラムの複製物を公衆に譲渡し、または貸与する排他的権利を与えることが望ましく、これにより、プログラムの使用許諾契約の当事者以外の者がプログラムの複製物を所持することを著作権によつて直接規制することができるので、プログラムに実施権的な権利が認められない不利益を補うことができるとの意見が強かつた。さらに、わが国と異なり外国ではすべての著作物について頒布権を認める場合が多く、プログラムについて頒布権を認めることに関し特段の問題はないとの見解があつた。

    一方、頒布権は、著作物の処分にあたり、時、場所等を限定しうる強力な権利であり、ベルヌ条約ブラツセル改正会議においても映画の著作物に限つて頒布権が認められ、レコードについては認められなかつた経緯もあるので、プログラムについて直ちにこれを認めることについては現行法の体系上慎重を期すべきであるとの意見も強く主張された。

    以上のことから、ここ当分の間は、世界の動向や実務界の契約慣行等を勘案しつつ、プログラムに頒布権を認めるべきかどうか、頒布権の及ぶ範囲をどうすべきか等について検討を進めていくべきであると考える。

    なお、これに関連して、プログラムについて新たに頒布権を認めればプログラムに実施権的な権利が認められない場合といえども、プログラムの保護は著作権法による保護でじゆうぶんであり、プログラムの保護のための新規立法は不要であるとの意見があつたことを付記する。

    また、現行法の下においても、著作権を侵害する行為によつて作成されたプログラムを情を知つて頒布する行為を著作権を侵害する行為とみなす旨の規定(第113条第2号)が存するので、特定の場合に限られるが、プログラムの頒布を規制することができるとの指摘があつた。


    9 プログラムの保護期間
    (問題点)プログラムについて保護期間を短縮する必要があるかどうか。

    (ア)現行法上の保護期間
    著作権法は、著作物の原則的な保護期間について、著作者の死後50年を経過するまでの間、存続すると規定し(第51条第2項)、法人その他の団体が著作の名義を有する著作物の保護期間については、著作物の公表後50年間(著作物がその創作後50年以内に公表されなかつたときは、その創作後50年)を経過するまでの間、存続すると定めている(第53条第1項)。

    (イ)条約上の保護期間
    ベルヌ条約は、著作物の原則的保護期間を著作者の生存間およびその死後50年と規定し、ストツクホルム改正条約以降、写真的著作物および美術的著作物として保護される応用美術の著作物の保護期間については同盟国の法令に留保するが、この期間は、著作物の創作後25年を下まわつてはならない旨を規定する(同条約のパリ改正条約7(4))。万国著作権条約は、著作物の原則的な保護期間を著作者の生存間およびその死後25年、または著作物の最初の発行後25年と定め、写真的著作物および応用美術の作品の保護期間は10年より短くてはならないと規定している(同条約の1971年条約第4条(2)(3))。

    (ウ)各国の法令における保護期間
    著作物の原則的な保護期間は、著作者の死後50年まで存続するとすることが世界の大勢であるが、アメリカ合衆国のように著作物の最初の発行後28年間(著作権の更新の登録を受ければさらに28年間)存続するとする国もある。

    (エ)プログラムの保護期間
    プログラムの経済的寿命を考えるとプログラムの有効期間は高々10年であり、しかもプログラムは表現形式よりも内容が重視されるという特色を有するので、その著作権の存続期間を短縮すべきであるとの意見があつた。しかし、プログラムは学術的な著作物であり、他の学術的な著作物と区別してその保護期間を短縮する理由に乏しく、またプログラムがベルヌ条約または万国著作権条約の著作物に該当する場合、条約に規定する保護期間との関係もあるが、プログラムの保護期間については、プログラムについて著作権の内容として実施権を認める等一般の著作物と異なる有利な取り扱いをする場合は別として、その保護期間を短縮することについて慎重に検討することを要する。


    10 プログラムの権利侵害と特別措置
    (問題点)プログラムの権利侵害に関し、立証責任や損害賠償額について特に措置する必要があるかどうか。

    (ア)現行法における権利侵害
    プログラムの権利侵害に対する救済措置として、被侵害者は、差止請求権(著作権法第112条第1項)、損害賠償請求権(民法第709条、第710条)および不当利得返還請求権(民法第703条)を行使しうる。

    著作権法は、第114条において、著作権の侵害にかかる損害賠償額について、著作権者が侵害者の受けた利益の額を立証すれば、その額が損害の額と推定される。また、著作権者は、最低限、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を損害の額としてその賠償を請求することができるが、さらにそれを上まわる損害の額を立証して賠償を請求することもできる旨を規定している。

    (イ)条約と権利侵害
    ベルヌ条約は、著作権および著作者人格権を保全するための救済方法は、保護が要求される国の法令の定めるところによる旨を規定し(同条約のパリ改正条約第5条(2)、第6条の2(2))、万国著作権条約は「各締約国は、自国の憲法に従い、この条約の適用を確保するために必要な措置を執るものとする」と規定するにとどまり(第10条(1))、著作権等を保全するための救済方法に関する特段の規定は存しない。

    (ウ)各国法令と権利侵害
    各国ともに、わが国と同様の救済制度を設けている。
    損害賠償額について規定している国にオーストリア、トルコ等があり、トルコ著作権法(1951年12月10日付け法律)第68条第1項は、「補償金(著作権侵害に対する補償金)は、許諾が与えられていたならば著作者が得ていたであろう通常の使用料に、その使用料の50%を越えない額を加えたものとする。」と規定している。

    著作権侵害の事実の立証を容易にするための方法を定めている国にフランス、イタリア等があり、フランス著作権法(1957年3月11日の法律第57─298号)第75条は、興行実演又は何らかの頒布の事実の証拠……は、司法警察の官吏又は警官の調書のほか、著作者の職業的機関が指定する代理人であつて芸術・文化担当大臣により承認され、かつ、公の行政規則に定める条件で宣誓させられた者の証明によることができる。」と規定している。

    (エ)プログラムの権利侵害に対する救済措置
    一般の著作物が公衆の利用を本来的に目的としているのに対し、プログラムは、企業等における閉鎖的な利用を目的とするという著作物の使用目的上の差異を根拠として、プログラムの権利侵害について特別の措置を講ずることの必要性については、プログラムについてのみ特別な取り扱いをする理由が乏しいので、特別措置は不要であると考える。

    ただし、権利侵害に対する立証責任の問題や損害賠償額の法定については、なお検討の余地があるとの意見があつたことを付記する。

    また、プログラムに関する権利侵害争訟は、高度に技術的専門的である場合が多く、かつ、紛争の早期解決が望まれるものであるが、このために著作権紛争解決あつせん委員の制度(著作権法第105条─第111条)を効果的に活用することが考えられるとの見解があつた。


    11 プログラムの作成に関連する問題
    (問題点)プログラムに作成は、システム設計、プログラムの設計、フローチヤートの作成を経て行なわれ、その後プログラム説明書の作成が行なわれるのが一般的である。これらの行為によつて作成されたシステム設計書、プログラムのアイデア、フローチヤートおよびプログラム説明書の著作物性および著作者についてどう考えるべきか。

    (1)システム設計書の著作物性および著作者
    システム設計とは、インプツト・アウトプツトの様式、処理方法など仕事全体の情報の流れを新たに設計することをいい、システム設計書が作成されるが、システム設計書は、その作成者の思想を創作的に表現したものとして学術的な性質を有する著作物たりうる。

    システム設計書の著作者は、システム設計書を創作する者であり、システム・エンジニアといえば、コンピユーター化しうる業務について情報の流れを解明し、情報の処理システムを作成する者をさすので、システム設計書の著作者は通常システム・エンジニアである。

    (2)プログラムのアイデアの著作物性
    プログラムの設計とは、システム設計書に基づきプログラムの全体的な構成を設計することをいうが、その際、プログラムの作成の基礎となるアイデアが決定される。プログラムのアイデアは、外部から知覚することができる客観的な表現としてプログラムに具体化されているわけではないので、プログラムのアイデアの保護は、表現を保護する著作権法制の領域外の問題である。

    (3)フローチヤートの著作物性および著作者
    フローチヤートの作成とは、フローチヤート用の記号を用いてプログラムの論理構造を流れ図として図示することをいい、フローチヤートは、その作成者の思想を創作的に表現したものとして学術的な性質を有する図面の著作物たりうる。

    なお、フローチヤートとシステム設計書との関係については、創作性は、作品の内容である思想感情に作者独自の新しさを要求するものではなく、思想感情の表現自体に作者の個性が存することをいうので、フローチヤートおよびシステム設計書は、それぞれ独立の著作物でありうる。

    フローチヤートの著作者は、フローチヤートを創作する者であり、システム・エンジニアであることが多いが、フローチヤートにはゼネラルなものからデイテールなものまであり、プログラマーがシステム設計書に基づきフローチヤートを作成する場合もあるので、フローチヤートの著作者については、職名にこうでいせずフローチヤートを創作する者とするにとどめる。

    (4)プログラム説明書の著作物性および著作者
    プログラム説明書は、プログラムの内容、その実施等に関する詳細な説明書であり、プログラムとは独立の著作物である。

    プログラム説明書の著作者は、プログラム説明書を創作する者であり、通常プログラムの著作者が同時にプログラム説明書の著作者でもある。


    II 著作物のインプツト関係
    著作物のインプツト関係においては、著作物(プログラムおよびデータ)をコンピユーターにインプツトする行為および著作物を内部記憶装置または外部記憶装置にたくわえる行為に関連する著作権問題について検討することとし、4以下においては、著作物をコンピユーターにインプツトする行為および著作物を記憶装置にたくわえる行為を著作物のインプツトと便宜上総称することとする。

    1 著作物をインプツトする行為
    (問題点)著作物をインプツトするために著作物をパンチカード等に入れる行為は、著作物の複製にあたるかどうか。また、光学的文字認識装置を用いて印字された原始媒体からそのまま著作物をインプツトする行為を著作権により規制することができるかどうか。

    (ア)現行法上の複製概念
    著作権法は、第2条第1項第15号において、複製について「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」をいうと定義している。すなわち、著作物の複製とは、著作物を有形な物に再製することをいい、人間をして著作物を知覚せしめるような状態におくことを要する。この場合、人間がその行為により作成された有体物を通して著作物を直接知覚できるもの(印刷、写真、複写等)であると、有体物を機器にかける等の技術的な手段が介在してはじめて著作物を知覚できるもの(録音、録画等)であるとを問わない。

    「その他の方法により有形的に再製する」行為に該当する行為は、手写、模写、点字等であるが、著作物の利用方法が新たに開発されるときは、この内容もまた拡大する。

    (イ)条約上の複製概念
    ベルヌ条約は、ストツクホルム改正条約以降著作者は「方法及び形式のいかんを問わず……著作物を複製することを許諾する排他的権利を享有する。」と規定し、さらに「録音又は録画は……複製とみなされる。」と定めているので(同条約のパリ改正条約第9条(1)(3))、著作物の複製とは、著作物の有形的な再製であり、それにより作成された有体物は、人間に直接または間接に著作物を知覚せしめるものであればよいと解される。万国著作権条約の1971年条約は、著作者の権利は「いずれかの方法による複製……を許諾する排他的権利を含む。」と規定している(第4条の2(1))。

    (ウ)各国法令における複製概念
    各国とも、著作物の複製について、著作物をなんらかの有形的形式に再製することであると規定している。たとえばオーストリア著作権法(1936年連邦法律公報第111号)は、第15条において「著作者は、その方法及び数量のいかんを問わず、著作物を複製する排他的権利を有する。」「特に、複製は、著作物の口演又は上演をフイルム又はレコードのような視覚又は聴覚に訴えるところの反復することができる再生手段(録画物又は録音物)に固定することを含む。」「著作物を反復して再生するための手段であつて、音の録音でなく、穴、打型又は尖軸の配列その他の方法で作成されるものは、録音物と同様とする。」と規定しており、フランス著作権法は、第28条において、「複製とは、間接的に公衆に伝えることができるすべての方法により著作物を有形的に固定することである。」「この複製は、なかんずく、印刷、デツサン、版画、写真、鋳造及び図形的、造形的美術のすべての方法、映画的又は磁気的な機械的記録によつて実現されることができるものである。」と規定している。

    アメリカ合衆国著作権法は、複製または複製物についての定義規定を有しないが、現在、法改正作業が進められており、1973年法案においては、「複製物とは、現在知られ、又は将来開発される方法によつて著作物が固定されたレコード以外の有形物であつて、それから直接に又は機械もしくは装置によつてその著作物を知覚し、再製し、又は伝達することができるものをいう。」と定義し、固定について、支持物への複現が「瞬時よりも長い期間著作物を知覚し、再製し、または他の方法で伝達することができるように十分永続的であること、または安定していること。」を要するとされている(第101節)。なお、同法案は、同法の規定は「情報をたくわえ、処理し、検索し、もしくは移転しうる自動システムと連合し、又は類似の機器もしくは方法と連合して著作物を利用することに関しては……適用しない。」ことと定めており(第117節)、コンピユーターと著作権問題については、著作権の存する著作物の新技術による使用に関する国家委員会を国会図書館に新設し、同委員会は、著作権法において構ずべき所要の措置について、同法の施行後三年以内に、大統領および議会に最終報告書を提出すべきこととされている(第201節、第206節)。したがつて、ここ当分の間は、現在の不明確な法的状態が引き続き適用されるわけである。

    (エ)著作物のインプツトと複製
    (i)著作物をパンチカード、マークカードに入れる場合、著作物はカード上に穴または鉛筆の印として表わされるが、この穴または鉛筆の印は、一定の規則に従つてカード上にあけられ、またはしるされたもので、専門家には判読可能であるため、著作物をパンチカードに入れる行為は、法第2条第1項第15号にいう著作物を「その他の方法により有形的に再製すること」であり、著作物の「複製」に該当する。
    パンチテープに著作物を入れる場合も、同様に著作物の「複製」にあたる。
    (ii)パンチカード、マークカードのような中間媒体を使用せず、通常の印字された原始媒体により著作物を直接インプツトする場合、その行為を著作権によつて規制することはできないが、紙質、印字に対する制約上特別に手書きまたは印刷を行なう場合は、著作物の「複製」に該当する。


    2 著作物を外部記憶装置にたくわえる行為
    (問題点)著作物を外部記憶装置に貯蔵する行為は、著作物の複製にあたるかどうか。
    著作物を外部記憶装置にたくわえる場合、著作物は磁気テープ、磁気デイスク等に磁気的な状態として表わされ、コンピユーターの操作によりその著作物がはじめて人間に知覚しうる形でアウトプツトされるものであるが、複製は、著作物を有形的に再製する行為であれば、既存のまたは将来開発される有体物を媒介とし、著作物を直接に知覚することができるか、あるいは機械装置を介して間接に知覚することができるかを問わないので、著作物を磁気テープ、磁気デイスク等の外部記憶装置にたくわえる行為は、著作物の「複製」に該当する。


    3 著作物を内部記憶装置にたくわえる行為
    (問題点)著作物を内部記憶装置に貯蔵する行為は、著作物の複製にあたるかどうか。
    著作物を内部記憶装置にたくわえる場合、著作物はコンピユーターの内部の記憶場所に記憶材の磁気的な状態として表わされ、人間には知覚不能でコンピユーターのみが判読しうるものである。

    著作物の内部記憶装置への貯蔵がアウトプツトとして当該著作物を得るための前段階にあたる場合は、著作物のインプツト、プロセツシングおよびアウトプツトの複製の過程と考え、著作物を内部記憶装置へたくわえる行為も著作物の「複製」に該当すると考えることもできよう。

    一方、著作物の内部記憶装置への貯蔵がアウトプツトとして当該著作物を得ることを予定していない場合は、著作物のインプツトからアウトプツトまでを一連の複製の過程と考えることもできず、また、内部記憶装置における著作物の貯蔵は、瞬間的かつ過渡的で直ちに消え去るものであるため、著作物を内部記憶装置へたくわえる行為を著作物の「複製」に該当すると解することはできない。

    なお、これに対し、内部記憶装置と外部記憶装置の機能上の差がほとんどない現状を考慮すると、それらへの著作物の貯蔵を区別して扱うことは法的に好ましいことではないので、著作物を内部記憶装置にたくわえる行為は、著作物の「複製」にあたると解すべきであるとの意見があつたことを付記する。


    4 企業内における著作物のインプツトと私的使用のための複製
    (問題点)企業内における使用を目的として著作物をインプツトする行為は、私的複製に該当し、複製権が制限されるかどうか、また、企業内使用のための複製について特に措置する必要があるかどうか。

    (ア)現行法上の私的複製
    著作権法第30条においては、「著作権の目的となつている著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする場合には、その使用する者が複製することができる。」と規定しており、著作物の使用目的の外延は、家庭内に準ずる限られた範囲内におけるものであることとされている。このためには、ある集まりが少人数でその構成員の間に緊密な関係があること、および非営利的な性質であることが不可欠の要素である。したがつて、企業内において著作物を直接に、または間接的であれ企業の営利目的に使用することを目的として複製することは、私的複製に該当せず、著作物の利用にあたり著作権者の許諾を得ることが必要である。

    (イ)条約と私的複製
    ベルヌ条約ローマ改正条約・ブラツセル改正条約においては、一般的な複製権についての明文の規定がないこととも関連して私的複製についての規定を設けておらず、各国の国内法令の定めるところによるものと解されている。ストツクホルム改正条約・パリ改正条約においては、複製権について規定するとともに、「複製が著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件」として、特別な場合において各国の国内法令により複製権を制限しうるものとしており(第9条(2))、同条項の解釈について、ストツクホルム知的所有権会議第一委員会報告書は、写真複製を例に「それが非常に多数の複製物を作成することにある場合には、著作物の通常の利用と衝突するので許されない。産業上のためにかなり多数の複製物の使用を意図する場合には、国内法令によつて正当な報酬が支払われるならば、著作者の正当な利益を不当には害しないであろう。少数の複製物の作成の場合には、使用料を支払わずに主として個人または学術的使用のために複製することが許される。」とし、企業における使用を目的とする場合も、正当な報酬の支払いを条件に複製権を制限することを各国の国内法令において定めうる場合があることを示唆している。

    一方、万国著作権条約においては、1952年条約では、複製権の内容・制限は、各国の国内法令の定めるところによるものとされているが、1971年条約では、条約上の基本的権利として複製権を規定するとともに、各国の国内法令により、「この条約の精神及び規定に反しない例外を定めることができる。」としており(第4条の2(2))、私的複製はこれに該当する典型的な例である。しかし、企業における使用を目的として著作物を複製する場合に複製権を制限することができるかどうかは明らかでない。

    (ウ)各国法令と私的複製
    ほとんどの国で私的複製を認めているが、企業における使用を目的とする著作物の複製がこれに該当するかどうかは必ずしも明らかでない。企業内使用のための著作物の複製を明示的に禁止している国にフランスがあり、同国著作権法第41条2において、著作者は、「複製する者の私的使用に厳密にあてられ、かつ、集団的な使用に充当されない」著作物の複製を禁止することはできないと規定している。

    他方、西ドイツにおいては、著作物を私的使用のために複製することを認めるとともに、企業が営業上の目的のために著作者に相応の報酬を支払つて著作物を複製することを認めている(同国著作権法第53条(1)、第54条(2))。

    (エ)企業内における著作物のインプツト
    直接または間接に営利を目的として著作物を複製することは法第30条に規定する私的使用のための複製の要件からはずれるので、企業内における使用のために著作物をインプツトする行為は、私的使用のための複製に該当しない。

    企業内における著作物利用問題は、コンピユーターに固有の問題ではなく、現在写真複製が世界的な問題となつていることでもあり、それと歩調を合わせて一般的な問題としてその解決策を検討すべきである。

    なお、後述(8参照)のような集中的権利処理機構を設立する場合は、企業内における著作物利用問題も解決することができるとの見解があつたことを付記する。


    5 1回使用(One Use)のための著作物のインプツトと複製権の制限
    (問題点)1回使用のために著作物をインプツトする行為は、著作物の複製となるかどうか。また、この場合複製権を制限する必要があるかどうか。

    (ア)現行法における複製権の制限
    著作権法においては、1回使用のための複製について複製権を制限する規定は存しない。

    なお、1回使用のための複製に類似するものとして放送事業者による一時的固定があり、著作物を放送することについて著作権者の許諾を得た放送事業者は、当該放送のために当該著作物を一時的に録音し、また録画することができることとされている(法第44条第1項)。

    (イ)条約における複製権の制限
    ベルヌ条約および万国著作権条約には1回使用のための複製について複製権を制限する規定は存しない。

    放送事業者による一時的固定については、ベルヌ条約はブラツセル改正条約以降これに関する規定を設けているが(同条約のパリ改正条約第11条の2(3))、万国著作権条約は特段の規定を有しない。

    (ウ)各国法令における複製権の制限
    1回使用のための複製について複製権の制限を規定している立法例は存しない。
    放送事業者による一時的固定について規定を設けている国にイギリス、西ドイツ、スウエーデン等があるが、フランス、オーストリア等には規定がない。

    (エ)著作物の1回使用に関する複製権の制限
    ある作品の文章構造の分析を行なうためにその作品をインプツトする場合のように1回使用のために著作物をインプツトする行為は、現行法の下においては、著作物をパンチカード、マークカード等に入れる段階および著作物を外部記憶装置にたくわえる段階において著作物の「複製」に該当する。

    しかし、著作物の1回使用にあつては、インプツトされた著作物が使用後ただちに消去されるのが通常であり、かつ、当該著作物自体またはその実質的な部分がアウトプツトに現われないので、著作物の1回使用のために著作物をインプツトする行為が著作物の通常の利用と衝突せず、かつ、著作権者の正当な利益を不当に害しない場合は、インプツトされた著作物を使用後ただちに消去することを条件として複製権を制限することを考慮してしかるべきであるとの意見があつた。この場合、複製物の目的外使用を複製権の侵害とみなす法第49条第1項第1号と同趣旨の規定が必要となろう。
    また、コンピユーターを用いて作曲するためにデータとして、既存の多数の楽曲をインプツトする場合は、著作物の1回使用のインプツトに該当する場合が多い。
    なお、プログラムを実施するためにプログラムをインプツトする場合は、プログラムを実施するためのインプツトがまさにプログラムの通常の利用であるため著作物の1回使用のインプツトに該当しない。

    著作物の1回使用のインプツトについて複製権を制限する実益があるのは主として企業内における使用のためであるので(私的使用のための複製については、法第30条の規定により複製権が制限されている。)、この問題は、企業における著作物利用問題の一環として検討すべきではないかとの意見があつたが、著作物の制限問題として純粋に考えればたりるとされたことを付記する。


    6 著作物のインプツトと著作者人格権との関係
    (問題点)著作物をインプツトするにあたり、著作者人格権に関し特段の措置を講ずる必要があるかどうか。

    (ア)現行法上の著作者人格権
    著作権法は、著作者人格権として第18条第1項において公表権、第19条第1項において氏名表示権および第20条第1項において同一性保持権を規定している。

    (イ)条約上の著作者人格権
    ベルヌ条約は、ローマ改正条約以降著作者人格権に関する規定を設けたが、その実質的な内容は氏名表示権および同一性保持権である(同条約のパリ改正条約第6条2(1))。万国著作権条約は、著作者人格権についての規定を有しない。

    (ウ)各国法令と著作者人格権
    公表権を認めている国にフランス、トルコ、西ドイツ、東ドイツ等があり、実質的に氏名表示権を認めている国にフランス、トルコ、西ドイツ、イタリア、オーストリア等があり、同一性保持権を認めている国にフランス、トルコ、西ドイツ、オーストリア等がある。

    フランスにおいては、撤回権をも認め、同国著作権法第32条1において、「著作者は、その利用権の譲渡にかかわらず、その著作物の発行の後でも、譲受人に対して修正又は撤回の権利を享有する。この権利は、その修正又は撤回が生ぜしめることのある損害をあらかじめ譲受人に賠償することを条件としてのみ行使することができる。」と規定している。西ドイツにおいては、同国著作権法第42条1において、「著作物が著作者の確信に相応しないために著作物の利用が最早期待し得ないときは、著作者は、使用権者に対し、使用権の撤回をすることができる。」と定め、同条4において、著作者は、使用権者に対して相当の賠償をしなければならない旨を規定している。

    (エ)著作物のインプツトにおける著作者人格権
    (i)著作物のインプツトにあたり、著作者人格権、特に著作物が変更、切除、その他の改変を受けて、同一性保持権が侵害さることを防止するため、著作者がそのチエツクのためにその著作者のハード、コピーのプリントアウトを給付さるべきことを、利用者と著作者の間で協定するように行政指導することは、将来における情報処理サービスまたは情報提供サービスの発展を考慮すると、望ましいものと考える。
    (ii)撤回権、すなわち著作物の内容が著作者の確信に適合しなくなつた場合に著作者に著作物の利用を差し止める権利を認めるべきかどうかは、コンピユーターに著作物をインプツトする場合に固有の問題ではないので、一般的な問題として研究すべきである。


    7 著作物のインプツトに関する強制許諾制・法定許諾制
    (問題点)著作物のインプツトに関し、強制許諾制・法定許諾制を導入することが妥当かどうか。

    (ア)現行法上の録音権強制許諾制
    著作権法は、第69条において、商業用レコードに適法に録音されている音楽の著作物を他の商業用レコードに録音することに関し、強制許諾制を採用している。ここに、強制許諾制とは著作物が発行された後に著作権者から著作物を複製することの許諾が得られない場合に、利用者が権限ある当局の許可を受け、かつ、補償金を著作権者に支払つて著作物を複製する制度をいい、著作権者との協議不調または協議不能を前提とする点で法定許諾制と異なる。

    (イ)条約と著作物のインプツトに関する強制許諾制・法定許諾制
    ベルヌ条約における複製権の強制許諾制・法定許諾制に関しては、音楽の著作物について録音権強制許諾制・法定許諾制を導入すること(同条約のパリ改正条約第13条(1))、または各国の国内法令によつて複製権を制限することができるような零細な利用について強制許諾制・法定許諾制を採用することは別として、一般的な強制許諾制または法定許諾制を導入することはできないと考えられる。

    万国著作権条約においても、複製権に関し、一般的な強制許諾制または法定許諾制を採用することはできないと解されている。

    (ウ)各国法令の強制許諾制・法定許諾制
    複製権に関し、一般的な強制許諾制または法定許諾制を規定している国は存しない。音楽の著作物について、それをレコードに録音することに関し強制許諾制または法定許諾制を定めている国にオーストリア、西ドイツ、イタリア、トルコ、イギリス、アメリカ合衆国等がある。

    (エ)著作物のインプツトに関する強制許諾制・法定許諾制
    コンピユーターにおける著作物の利用実態にかんがみ、著作物のインプツトに関し、強制許諾制または法定許諾制を採用してはどうかとの意見もあつたが、一般的な強制許諾制または法定許諾制の導入については、ベルヌ条約および万国著作権条約上問題があり、また国際的にも検討がなされていないので、時期尚早である。


    8 著作物のインプツトに関する集中的権利処理機構
    (問題点)著作物のインプツトに関し、集中的権利処理機構を設立することは妥当かどうか。
    コンピユーターにおいて著作物を利用する場合、大量の著作物が使用され、かつ、著作物の利用ごとに著作権者の許諾を得ることは煩雑で事実上困難に近いことを考慮し、著作物のインプツトに関し、集中的権利処理機構、すなわち権利者相互間で自発的に作られるクリアリング・ハウス的なものを創設することが望ましい。その考え方に沿つて、文化庁において権利者側および利用者側のルール作りの機運を醸成するよう積極的に努力することが望まれる。

    なお、クリアリング・ハウスの設置は、著作物のインプツト以外の著作物の利用にまで波及する問題であるので、クリアリング・ハウスが管理する著作物の範囲、その権限等については後日の慎重な検討にゆだねることとする。


    III 著作物のアウトプツト関係
    著作物のアウトプツト関係においては、著作物をコンピユーターからアウトプツトする行為および著作物を電気通信回線により遠隔地へ伝達し、アウトプツトする行為について検討することとする。


    1 著作物をアウトプツトする行為
    (1)著作物をハード・コピーのプリントアウトの形式でアウトプツトする行為
    (問題点)著作物をハード・コピーのプリントアウトの形式でアウトする行為は、著作物の複製にあたるかどうか。
    (ア)現行法、条約および各国法令上の複製概念
    II─1 (ア)~(ウ) 参照
    (イ)プリントアウト形式のアウトプツトと複製権
     著作物をハード・コピーのプリントアウトとしてアウトプツトする場合、著作物は印字として表現されるので、その行為は、法第2条第1項第15号にいう著作物を「印刷により有形的に再製する」ことであり、著作物の「複製」に該当することは疑いがない。

    著作物のアウトプツトがさん孔の形式で得られる場合があるが、この行為は、法第2条第1項第15号にいう著作物を「その他の方法により有形的に再製すること」であり、著作物の「複製」にあたる。

    (2)著作物を音声の形式でアウトプツトする行為
    (問題点)著作物を音声によりアウトプツトする行為は、著作物の口述にあたるかどうか。

    (ア)現行法上の口述権
    著作権法は、第24条において、口述権について、「著作権者は、その言語の著作物を公に口述する権利を専有する。」と定め、「口述」の意義について、第2条第1項第18号において「朗読その他の方法により著作物を口頭で伝達すること(実演に該当するものを除く。)をいう。」と定義している。なお「公に」とは、著作物を「公衆に見せ又は聞かせることを目的として」の意義であるとされている(法第22条)。

    (イ)条約上の口述権
    ベルヌ条約ブラツセル改正条約においては、著作者は「著作物の公の朗読を許諾する排他的権利を享有する。」ことを定め(第11条の3)、ストツクホルム改正条約・パリ改正条約においては、著作者は、「著作物を公に朗読すること。(いかなる手段又は方法によるものも含む。)」および「著作物の朗読をあらゆる手段により公に伝達すること。」を許諾する排他的権利を享有すると規定している(第11条の3)。万国著作権条約には、口述権に関する規定は存しない。

    (ウ)各国法令と口述権
    各国ともに、興行権または実演権の中に口述権が含まれる旨を規定しているが、口述権の内容については、公の朗読を規制するものとする立法例が多く、西ドイツにおいては、「言語著作物を自ら演述することによつて公衆に聴取させる権利」とされている(同国著作権法第19条1)。イギリスにおいては、実演権を規定し、実演について「講話、演説、講演及び説教に関しては口演を含み、また一般的には……無線電信装置の操作による、映画フイルムの上映による、レコードの使用による、又は他の手段による表現を含む視覚的又は聴覚的表現の方法を含み……」と定義している(同国著作権法第2節5(C)、第48節(1))。

    (エ)音声形式のアウトプツトと口述権
    著作物を音声の形式でアウトプツトする場合、電気信号の形で記憶装置にたくわえられていた著作物をコンピユーターの内部において所要の音声出力信号に変換し、音声の形式でアウトプツトするものである。法第2条第1項第18号に規定する「口述」の概念は、本来は自然人を念頭においたものであるが、著作物の利用の社会的、経済的実態に即応するように、著作物を音声により伝達する行為をいうものと弾力的に解すべきであり、著作物を音声の形式でアウトプツトする行為は、著作物の「口述」に該当する。なお、音楽の著作物を音声出力信号により音声としてアウトプツトする行為は、著作物の「演奏」にあたる。

    また、著作物の音声によりアウトプツトがある個人の申し込みに対してなされた場合であつても、不特定または特定多数の者の求めに応じてその音声を聞かせることを目的としているものは、著作物を「公に」口述しまたは演奏する行為であり、法第24条に規定する口述権または法第22条に規定する実演権が働く。


    (3)著作物を影像の形式でアウトプツトする行為
    (問題点)著作物を影像によりアウトプツトする行為は、著作物の上映にあたるかどうか。また、この行為を著作権によつて規制する必要があるかどうか。

    (ア)現行法上の上映権
    著作権法は、第2条第1項第19号において上映について定義し、「著作物を映写幕その他の物に映写すること」をいうと規定しているが、上映権は、映画の著作物または映画の著作物において複製されもしくは翻案されている著作物に固有の権利であるとされている(第26条、第28条)。

    (イ)条約と著作物の影像による提示
    ベルヌ条約において著作物の影像による提示に関連する規定は、上映権に関する規定であるが、上映権は、わが国の現行法と同様、映画の著作物または映画の著作物において翻案されもしくは複製されている著作物にかかる権利である(同条約のパリ改正条約第14条(1)、第14条の2(1))、万国著作権条約は、1952年条約には著作者の基本的権利に関する規定は存せず、1971年条約では、著作者の基本的権利の一として、「公の上演・演奏」を許諾する排他的権利を定めているのみである(第4条の2(1))。

    (ウ)各国法令と著作物の影像による提示
    フランスは、興行権の内容について、同国著作権法第27条において「興行とは、なかんずく次の方法により、公衆に対し著作物を直接に伝達することである。」とし、その一として「公の展示」および「公の上映」を規定している。また、イギリスにおいては、文学的、演劇的または音楽的著作物を公に実演する権利を定め、さらに実演について(2)(ウ)で述べたような定義規定を設けている。さらに、西ドイツは、学術または技術の種類の表現について公に上映する権利を認めている。

    その他の国については、著作物を公に上演・演奏(public performance)する権利を定めているだけであり、著作物を影像により提示することに関する一般的な規定は存在しないようである。

    (エ)影像形式のアウトプツトと上映権
    法第2条第1項第19号に規定する「上映」の概念は、本来、劇場用映画をスクリーンに映写する行為を念頭に置いたものであるが、著作物利用手段の進展に対処しうるように弾力的に解する必要があり、著作物を陰極線管の螢光面に影像としてアウトプツトする行為は、第2条第1項第19号にいう著作物を「その他の物に映写すること」と解すべきであり、著作物の「上映」の概念に該当する。

    しかし、上映権は、映画の著作物または映画の著作物において複製されもしくは翻案されている著作物に限つて認められる権利であるため、著作物を影像の形式でアウトプツトする行為について上映権が働くことはほとんどない。

    このため、著作物をハード・コピーまたは音声の形式でアウトプツトする行為と均衡を失するので、著作物を影像の形式でアウトプツトする行為を著作権により規制すべきであり、将来において立法的解決を図ることが望ましい。


    2 著作物を電気通信回線により伝達し、アウトプツトする行為
    ンピユーターと遠隔地の端末装置をオンラインシステム等の電気通信回線によつて連絡することにより、遠隔地においても著作物のアウトプツトを得ることができる。この場合、著作物は電気通信回線によつて遠隔地へ伝達される点に1と異なる特色がある。
    (問題点)著作物を電気通信回線により伝達し、アウトプツトする行為については、さらに有線放送権(場合によつては放送権)が働くかどうか。

    (ア)現行法上の放送権および有線放送権
    著作権法は、第24条第1項において放送権および有線放送権について「著作者は、その著作物を放送し、又は有線放送する権利を専有する。」と規定し、放送の意義については、「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信の送信を行なうことをいう。」とし(第2条第1項第8号)、また有線放送とは、「公衆によつて直接受信されることを目的として有線電気通信の送信(有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が2以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信を除く。)を行なうことをいう。」と定義している(第2条第1項第17号)。

    (イ)条約上の放送権および有線放送権
    ベルヌ条約ローマ改正条約は、著作権の内容として「著作物ヲ無線放送ニ依リテ公衆ニ伝フルコト」を規定しているにすぎないが(第11条の2(1))、ブラツセル改正条約以降「著作物を放送し、又は記号、音若しくは影像を無線で送るその他の手段により著作物を公に伝達すること。」と定め(第11条の2(1)1))、著作権の内容をテレビジヨン放送にまで拡大したが、有線放送については、演劇用・楽劇用の著作物または音楽の著作物の上演または演奏を「なんらかの手段により公に伝達すること」および「放送された著作物を原放送機関以外の機関が有線……で公に伝達すること。」について著作権が及ぶこととされている(第11条(1)2)、第11条の2(1)2))。

    万国著作権条約の1952年条約には著作権の内容を定める規定は存しなかつたが、1971年条約においてはこれを定め、「放送を許諾する排他的権利を含む」と規定している(第4条の2(1))。

    (ウ)各国法令上の放送権および有線放送権
    各国とも放送権についての規定を有するが、有線放送権については、オーストリア、フランス、西ドイツ、トルコ、イギリス等のようにこれを著作権の内容としている国と、カナダ、スウエーデン、アメリカ合衆国等のようにこれを規定していない国とにわけられる。
    (1)著作物を電気通信回線により伝達し、ハード・コピーのプリントアウトの形式でアウトプツトする行為

    著作物を電気通信回線により伝達し、ハード・コピーのプリントアウトの形式でアウトプツトする行為は、前記1(1)と同様の理由により、著作物の「複製」に該当する。

    無線電気通信または有線電気通信の送信自体は、法第2条第1項第8号または同項第17号にいう「公衆によつて直接受信されることを目的とするもの」に該当しないので、法第23条第1項に規定する放送権および有線放送権は働かない。
    (2)著作物を電気通信回線により伝達し、公衆に対し音声の形式でアウトプツトする行為

    著作物を音声の形式でアウトプツトする行為は、前記1(2)で検討したように著作物の「口述」(場合によつては「演奏」)に該当するが、法は、第2条第7項において、上演、演奏、口述または上映からは、著作物の上演、演奏、口述または上映を電気通信設備を用いて伝達する行為のうち放送または有線放送に該当するものを除いているので、著作物を電気通信回線で伝達し、音声の形式で公衆に対しアウトプツトする行為については、法第23条第1項に規定する有線放送権(場合によつては放送権)が働く。
    (3)著作物を電気通信回線により伝達し、公衆に対し影像の形式でアウトプツトする行為

    著作物を電気通信回線により伝達し、公衆に対し影像の形式でアウトプツトする行為については、法第23条第1項に規定する有線放送権(場合によつては放送権)が働く。


    IV コンピユーター創作物関係
    コンピユーターは、創作を目的とするプログラムを基礎として、プログラムの作成者により設計された体系に従つて、データとの組み合せにより無数の作品をアウトプツトとして作成することができ、コンピユーターは、現在主として作曲に関し創作機器として用いられているが、その他作詩や著作物の翻訳、造形美術や絵画の作成等にも用いられている。ここでは、コンピユーター創作物と著作権問題について検討することとする。

    1 コンピユーター創作物の著作物性
    (問題点)コンピユーター創作物は著作物であるかどうか。

    (ア)現行法、条約および各国法令における著作物概念
    I1 (ア)~(ウ)参照

    (イ)コンピユーター創作物の著作物性
    著作物性は、ある作品がその作者の思想感情を表現手段を通じて個性的に形式付与したものであるかどうかによるが、コンピユーター創作物として現在最も多く見られる楽曲を例にとり、この点について検討することとする。この場合、楽曲は、作曲ルールを具体化したプログラムの実施により、その結果として必然的に得られるものであるが、楽曲は、プログラムの作成者が意図した知的体系内にとどまるものであり、プログラムの作成者がコンピユーターをいわば道具として使用し、その思想感情を具体化したものといいうる。また、楽曲の表現の創作性についてはアウトプツトされる結果を素材としてこれに修正増減を加えた場合はもちろん、結果に変化を加えない場合といえども、プログラムの実際上の仕上げ、データの選択等に個性が発揮されるため、楽曲の表現自体に個性が現われる可能性が強い。すなわち、作曲を目的とするプログラムが既存の楽曲から作曲ルールを帰納して使用するものであるか、新しい作曲ルールを試みるものであるかどうかを問わず、その実施によつて得られる楽曲には創作性があるといえる。したがつて、コンピユーターを用いて作曲された楽曲について、その著作物性を否定すべき理由はない。

    コンピユーター創作物については、楽曲のほか詩、造形美術、絵画等の作品、あるいは既存の著作物を翻訳・翻案して得られる作品等があるが、これらも同様の理由により著作物でありうる。

    なお、コンピユーター創作物は、演算装置と制御装置の共働により作成され、内部記憶装置にたくわえられた後アウトプツトとして人間に提示される。コンピユーター創作物が内部記憶装置に貯蔵されている状態は人間には知覚不能であり、法第2条第1項第1号にいう思想感情を「表現したもの」、すなわち思想感情が外部から知覚できる客観的存在となつたものとはいいがたい。したがつてコンピユーター創作物が著作物たりうるためには、アウトプツトとして、一定の表現手段によつて客観的存在を獲得することを要する。


    2 コンピユーター創作物の著作者
    (問題点)コンピユーター創作物の著作者はだれであるか

    (ア)現行法、条約および各国法令における著作者概念
    I4 (ア)~(ウ)参照

    (イ)コンピユーター創作物の著作者
    コンピユーター創作物の著作者は、その思想感情をコンピユーター創作物に独自の表現として具体化した者であるが、創作の実態によつて異なり、一律に決定することは困難である。

    まず、コンピユーター創作物は、その創作を目的とするプログラムの作成者の設計した体系のわく内にあり、その者の思想感情が創作的に表現されているといいうるので、創作を目的とするプログラムを作成した者は、コンピユーター創作物の著作者たりうる。

    なお、コンピユーター創作物がアウトプツトとして自動的に得られる素材を加工し完成したものである場合、素材を個性的な作品に作り上げる芸術家は、コンピユーター創作物の著作者たりうる。この場合といえども、創作を目的とするプログラムの作成者は、プログラムによつてコンピユーター創作物の具体的形成に個性的に寄与しているので、その著作者たるの地位を失わない。このようなコンピユーター創作物にあつては、プログラムの作成、コンピユーターによる実施およびアウトプツトされた素材の仕上げは、一連の創作過程であり、かつ、コンピユーター創作物についてその創作にあたつたプログラムの作成者および芸術家の寄与を分離して個別的に利用することは不可能であるので、プログラムの作成者と芸術家は、法第2条第1項第12号に規定する共同著作物たるコンピユーター創作物の著作者である。

    また、コンピユーター創作物の表現は、創作を目的とするプログラムとともに、インプツトされるデータによつて決定されるので、種々のデータを吟味選択してインプツトする者がコンピユーター創作物の著作者たりうるかどうかについては、インプツトされるデータがコンピユーター創作物の表現形式に影響する度合によつて決定すべきである。データがコンピユーター創作物の表現に個性的に反映する場合は、データを吟味選択してインプツトした者は、コンピユーター創作物の著作者であり、プログラムの作成者(場合によつてはさらに芸術家)とともにコンピユーター創作物の共同著作者の一員を構成する。なお、少なくとも、コンピユーターを用いた翻訳については、単に原著作物をデータとしてインプツトした者をコンピユーター創作物の著作者と解することはできない。

    お、コンピユーターを操作するにすぎない、いわゆるオペレーターやコンピユーターの所有者または管理者にすぎない者は、コンピユーターは創作物の創作になんらの精神的寄与をしないので、コンピユーター創作物の著作者たりえないことはいうまでもない。

    理論的には以上のように考えられるが、実際問題としては判断が困難な場合が考えられるので、ある程度の慣行生成をまつて映画の著作物の著作者に関する法第16条の規定のような解釈規定を設ける必要があるかどうかを検討してみる余地があると考える。



    (参考)
    1 著作権審議会第2小委員会(コンピユーター関係)委員名簿
    主査林   修 三行政監理委員会委員
    委員阿 部 浩 二岡山大学教授
    桶 谷 繁 雄東京工業大学名誉教授
    土 井 輝 生早稲田大学教授
    中 嶋 朋 夫青山学院大学講師
    (前情報処理振興事業協会開発振興部長)
    野 村 義 男日本放送協会嘱託
    水野上 晃 章通商産業省電子政策課長
    山 本 堯 之日本電信電話公社近畿電気通信局経理部長
    (前電気通信総合研究所主任研究員)
    渡 辺   茂東京大学教授


    2 著作権審議会第2小委員会(コンピユーター関係)審議経過

    昭和47年
    第1回 3月16日(木)総括説明、自由討議
    第2回 4月18日(火)自由討議
    第3回 6月 6日(火)自由討議
    第4回 7月18日(火)
    1)「著作物をインプツトする行為」について
    2)「著作物を内部記憶装置にたくわえる行為」について
    第5回 8月30日(火)
    1)「企業内における著作物のインプツトと私的使用のための複製」について
    2)「一回使用のための著作物のインプツトと複製権の制限」について
    第6回 9月26日(火)
    1)「著作物のインプツトと著作者人格権との関係」について
    2)「著作物のインプツトに関する強制許諾制・法定許諾制」について
    3)「著作物のインプツトに関する集中的権利処理機構」について
    第7回 10月17日(火)
    1)「著作物をアウトプツトする行為」について
    2)「著作物を電気通信回線により伝達しアウトプツトする行為」について
    第8回 11月28日(火)
    1)「コンピユーター創作物の著作物性」について
    2)「コンピユーター創作物の著作者」について
    第9回 12月19日(火)
    1)「プログラムの著作物性」について
    2)「既存の著作物をプログラム化したものの著作物性」について
    昭和48年
    第10回 1月23日(火)
    1)「表現形式を変更したプログラムの著作物性」について
    2)「プログラムの著作者」について
    第11回 2月20日(火)
    1)「プログラムの著作権の帰属」について
    2)「プログラムの保護と方式の履行」について
    3)「プログラムの実施と著作権」について
    第12回 3月27日(火)
    1)「プログラムの実施と著作権」について(続)
    2)「プログラムの頒布と著作権」について
    3)「プログラムの保護期間」について
    4)「プログラムの権利侵害と特別措置」について
    5)「プログラムのアイデア」等について
    第13回 4月24日(火)
    総括討議
    第14回 5月29日(火)
    「第2小委員会報告書」について


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