○第4小委員会(複写複製関係)報告書
    昭和51年9月 文化庁



    目 次
    はじめに
    第1章 総論
    1.複写複製と著作権法制
    2.複写複製技術の現状と将来
     (1)複写機器の開発・普及状況
     (2)マイクロ写真機材の開発・普及状況
     (3)フアクシミリ等の新技術の開発
    3.複写複製に関する国際的検討の動向
    4.問題点の検討に当たって
    第2章 著作権に関する諸問題
    1.私的使用のための複写複製
     (1)著作権法制
     (2)複写複製の実態と対応策
    1の2 企業その他の団体における内部利用のための複写複製
     (1)著作権法制
     (2)複写複製の実態と対応策
    1の3 研究機関における内部利用のための複写複製
     (1)著作権法制
     (2)複写複製の実態と対応策
    2.図書館等における複写複製
     (1)著作権法制
     (2)複写複製の実態と対応策
    3.学校その他の教育機関における複写複製
     (1)著作権法制
     (2)複写複製の実態と対応策
    4.新技術の開発に伴う複写複製
    第3章 複写複製と著作権制度の今後の課題
     (1)著作権思想の普及の徹底
     (2)集中的権利処理機構及び包括許諾制
     (3)強制許諾制及び法定許諾制
     (4)複写機器に対する課徴金
     (5)制度の改正

    (参考)
    1.著作権審議会第4小委員会(複写複製関係)委員名簿
    2.著作権審議会第4小委員会(複写複製関係)審議経過



    はじめに
    現行著作権法の制定について審議した昭和45年の第63回国会の衆議院文教委員会における「今日の著作物利用手段の開発はいよいよ急速なものがあり、すでに早急に検討すべきいくつかの新たな課題が予想されているところである。よって今回改正される著作権制度についても時宜を失することなく、著作権審議会における検討を経て、このような課題に対処しうる措置をさらに講ずるよう配慮すべきである。」との附帯決議(参議院文教委員会においても同趣旨の附帯決議を行っている。)に対応して、昭和47年3月、著作権審議会は第2小委員会及び第3小委員会を設置し、それぞれコンピューター及びビデオに関する著作権の諸問題について審議を行い、その結果を昭和48年6月及び3月に報告した。

    最近における複写複製手段の発達、普及はめざましく、複写複製の機会及び量の飛躍的増大に伴って、これに関連する著作権問題の検討の必要性が指摘され、また、国際的にも精力的に検討が進められている。このような状況にかんがみ、著作権審議会においては、上記附帯決議の趣旨に即して第4小委員会を設置し、複写複製問題の審議を行うこととした。第4小委員会は、昭和49年7月以来約2年間にわたり慎重に審議を行ってきたが、このたび、この問題についての検討の結果をまとめたので、ここに報告するものである。



    第1章 総論
    1 複写複製と著作権法制
    高度の能率性、便利性を備えた複写複製(Reprographic reproduction)のための新しい手段として開発された機器(ジアゾ式、静電式その他の方法がある。)、いわゆるコピー機器は、近年急速な勢いで発達し普及してきている。コピー機器(以下「複写機器」という。)は、情報の複製及び伝達を簡易になしうる有力な手段であり、優れた性能により事務の能率化、合理化に大きな役割を果すものである。情報化社会といわれる現代の社会において、複写機器はもはや欠かすことのできない存在となっている。

    しかしながら、複写機器が国民の日常生活において身近なものとなるにつれ、著作物の複写複製も容易に、かつ、数多くの機会を通じて行われる結果、社会全体における複写複製の総量は加速度的に増大しつつある。このため、著作物の創作者である著作者及び著作物の伝達に重要な役割を果たしている出版者の経済的利益が不当に害される可能性が強まり、現にこれらの者からその経済的利益の侵害に関する主張が出される一方、他方において特に損害の大きいとされる学術出版の経営基盤の喪失に伴う近い将来における学術雑誌の消滅を予想する者さえ現れている。
    このような状況にかんがみ、著作物の利用に関し物権類似の排他的権利を著作者に認め、その経済的利益を保護していくことを目的とする著作権制度の側面から、複写機器の発達、普及に伴い生じてきた諸種の問題点について検討することの必要性に関する認識が高まってきた。

    著作権制度は、著作物の複製について、たとえ1部を複製する場合といえども著作者の権利が及ぶことを原則としつつ、私的使用のための複製、図書館における複製、学校その他の教育機関における複製等、特定の場合に限って著作権を制限し、著作物の複製を自由としている。従って、このような一定の条件の下における一定の範囲の複製以外の場合には、著作権者の許諾無しに著作物を複製することは著作権侵害を構成するものとなる。複写機器の発達、普及は許諾を得ない複製を増大させることとなろう。それは、複製行為が物理的に容易なものとなるに比し、個々の複製に当たって著作権者と連絡し、その許諾を得る手続は、しばしば煩瑣なものであるからである。著作権制度に関する認識が十分でない場合には、このような事態が一層促進されることが予想される。従って、国民一般の間に著作権制度の理解を深める必要があることはもとよりとしても、複写機器の発達、普及により得られる利点と著作権保護の理念とをどのようにして適切に調和させ得るかが現在著作権制度が直面する大きな問題となっているものといえる。また、今後複写複製技術の開発が更に進み、複写機器の一層の普及を見るような場合には、現行制度上著作権の制限として容認される自由な複製利用さえも、著作権者の利益を不当に侵害することとなる可能性も生じるであろう。

    当委員会は、このような事態について、著作権制度の側面からどのように理解し、評価を与え、そして対処すべきかを検討したものである。
    なお、現行著作権法上「複製」とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により著作物を有形的に再製すること。」と定義されており、各種の態様を包含した広い概念として取り扱われているが、当委員会においては、「複製」のうち複写機器を用いての複写の形態による複製に関する著作権問題を検討することを目的とした。しかしながら、単に複写のための機器(例えば、ゼロックス○○型、電子リコピー○○型、U-BIX○○型、NP-○○型、電子コピスター○○型など)による複製にとどまらず、著作物をマイクロ化したり、マイクロフイッシュ等からコピーを作成したり、更にはフアクシミリ等のシステムにより著作物を遠隔地に伝達してそのコピーを作成したりする形態のものをも考察の対象に加えることとした。また、テープレコーダー等の録音機器の発達、普及に伴う著作権問題は当委員会の検討の対象ではないが、問題の本質において類似している点もあり、検討の内容は、この問題とも直接、間接にかかわることとなろう。


    2 複写複製技術の現状と将来

    (1)複写機器の開発・普及状況
    複写機器は、平面的な複写対象物を原形のまま接写する機器である。比較的古くから発達してきているものとして、ジアゾ式複写機器があり、透光性の紙片等にタイプし又は手書きしたものを感光紙に焼き付ける形で複写する方法をとっている。コストが低く手軽に利用することができるものであるところから、かなりの普及を見ているが、感光紙の耐久性、コピーに要する時間などの観点から最近における普及状況は横ばいの傾向にあるといわれている。これに対して、図書等不透明の被写体を直接複写することができる機種が開発された。静電式複写機器といわれるもので、特殊の感光紙に焼き付ける直接方式(Electro Fax)と通常の用紙に複写することができる間接方式(Plain Paper Copier)とがある。

    複写機器には実際上種々の機器があるが、その主な形態は以上のとおりであり、複写を迅速かつ大量にしかも低コストで行うことができるよういろいろな面で技術革新が図られてきている。最近においては、カラー式の機種が開発され、絵画等の対象物を鮮明な色彩の下に正確に複写することも可能になりつつある。

    主な複写機器の普及状況を見ると、昭和50年の販売台数は、ジアゾ式約10万台及び静電式約30万台(このうち間接方式は約13万台)であるが、今後の需要予測でも、普及率の上昇が見込まれており、特に間接方式についてはかなりの伸びが予想されている(日本事務機械工業会編「事務用機器の需要予測」昭和51年版)。次に複写複製量(複写枚数)については、複写機器の普及に伴って年々増加していることはいうまでもないが、日本感光紙工業会の推計によって静電式複写機器による複写枚数についてみると、昭和47年50~60億枚(ジアゾ式のものを含めると約250億枚)、同48年60~70億枚(同約300億枚)と推定されており、複写複製量の膨大さがうかがえる。

    (2)マイクロ写真機材の開発・普及状況
    マイクロ写真は複写複製の原初的形態であり、歴史的にも古くから開発されてきたものである。その利点としては、保管の便利さ、重量・容積の低減、安全長期の保存性などが考えられ、従来の保管を主眼とする静的な利用から、今日におけるマイクロリーダー、リーダープリンターなどの開発、普及に伴い、活用を主眼とする動的な利用へと発展してきている。

    マイクロ写真の種類には、マイクロフィルム(ロールフィルム、ストリップフィルム)、透明マイクロカード(マイクロフイッシュ、アパチャーカード)などがあるが、関連機器としてのマイクロ撮影機、自動検索装置その他の機器の開発も進み、また、コンピューターと結合して、省力化、高情報密度、高速複写、フアイリング検索性などの総合的機能が発揮されるようになってきている。
    我が国におけるマイクロ関係機器の需要は急速に伸びてきており、昭和50年についてみると、マイクロ撮影機の販売台数は約2000台、マイクロリーダー及びリーダープリンターのそれは約2万2000台とされている。今後も、価格の低減、機能の進歩等によりますます需要が増大するものと予想されている(日本事務機械工業会編「事務用機器の需要予測」昭和51年版)。

    しかしながら、価格や機能等の面から考えると、一般の家庭におけるよりは、図書館、研究機関等をはじめ、企業や官公庁などの組織体においてより一層普及しているものと推測される。
    なお、マイクロ化の状況(マイクロ対象物、マイクロ化の数量等)について示す資料は存在しないが、一般に企業等においては自社作成資料を中心に、また、図書館等においては主として古書や絶版ものの雑誌などを対象に、マイクロ化が進められているものと考えられる。

    (3)ファクシミリ等の新技術の開発
    複写機器は、それ自体としてはいわば閉鎖的な性質を有するものであり、その利用の態様としては設置された場所における個別的な利用が中心となる。しかし、これを電話回線又は電波を媒介として利用することとすれば、著作物の遠隔地への電送とその複製物の作成が可能となる。この方法の一つとして、マイクロウエーブ利用の紙面の遠隔電送装置であるファクシミリ(Facsimile)が開発され、新聞紙面の電送を中心に利用されてきている。

    更に、テレビジョン受信装置を利用したファクシミリの開発も進められている。これは各家庭に置かれているテレビジョン受信装置の内部装置を利用しようとするもので、テレビジョン受信装置に特別の装置を結合することにより、各家庭において複写複製を行うことができ、コストも従来のファクシミリよりも著しく低減し得ることから、実用化されれば情報伝達の有力な手段となることが予測されている。
    一方、電話回線を利用したコピーシステムは既に実用化されている。回線の各端末に複写複製装置を接続したファクシミリで、各所に装置を設置すれば情報電送のネットワークを形成することができる。事務用ファクシミリとして広く普及していくものと思われる。

    今後における技術の開発は、前項で概観したマイクロ技術、更にはコンピューターとの結合により、将来の社会の情報伝達の構造を大きく変化させるであろう。


    3 複写複製に関する国際的検討の動向
    複写機器は世界的に普及しており、特に先進諸国に著しく普及している状況であるが、国際的にはこの発達、普及に伴う著作権問題について早くから検討が行われてきた。

    複写複製に関する著作権問題は、1961年の第6回著作権政府間委員会(注1)及び第10回ベルヌ同盟常任委員会(注2)の合同会議において最初に取り上げられた。以来今日まで研究が進められてきたが、その推移を振り返ってみることは、この問題を検討する上で必要なことと思われる。

    上記両委員会のその後における数回の合同会議を経て、1968年の「著作物の写真複製に関する専門家委員会」において、複写複製問題を解決するための勧告がまとめられた。その内容は、複写複製の範囲を明確にし、一定の条件の下に、一定の範囲において複写複製が許容されるべきこと(個人的使用、非営利図書館におけるコピーの提供など)を詳細に記述するものであった。しかし、これを条約化することについては、各国の意見の一致を見ず、更に検討すべき課題とされた。

    その後1971年の第11回著作権政府間委員会及びベルヌ同盟臨時執行委員会の合同会議においては、これに先立ち同年パリで作成された万国著作権条約及びベルヌ条約の各改正条約の複製権に関する規定の内容に照らして1968年の専門家委員会の勧告を再検討すべきであるとし、ユネスコ・WIPO(注3)両事務局が専門家の協力を得て1973年前半にこの問題に関する提案を作成すべきであり、また、この問題は、条約によってではなく、勧告によって解決すべきであるとの決議を採択した。

    1973年5月に上記の決議に基づいて「著作物の複写複製に関する作業部会」が招集され、国内法において考慮すべき諸原則についての勧告(以下「作業部会勧告」という。)を採択するに至った。作業部会勧告の主な内容は、複写複製について著作権者に公正な報酬が支払われるべきこと、私的使用のため一定の場合に複製物1部を作成することは自由であること、教育機関等においては包括許諾制度の導入が考えられることなどである。

    しかし、引き続く同年12月の第12回著作権政府間委員会及びベルヌ同盟臨時執行委員会の合同会議では、この勧告について検討したものの、激論の末、最終的態度を決定するには時期尚早であるとして、両委員会の小委員会において更に検討を継続することとした。

    1975年6月、ワシントンにおいて著作権政府間委員会小委員会及びベルヌ同盟執行委員会小委員会の合同会議が開催され、この問題に関する決議が採択された。

    この決議(以下「ワシントン決議」という。)は、この問題について国際的規模で統一的解決策を見いだすことは当分の間不可能であることから、各国の事情に基づきそれぞれ適切な措置をとるべきこと、また、複写複製手段が広く使用される国においては特に報酬請求権を行使し管理するための集団方式の設定を奨励することを考慮することができること等を内容とし、同年12月ジュネーブで開催された第13回著作権政府間委員会及びベルヌ同盟臨時執行委員会の合同会議において、異議なく採択された。

    ワシントン決議は国際的に共通の理解が得られた最新のものであるが、複写複製に関する著作権問題の解決策を明確に提示することはせず、その点、前記の作業部会勧告に比べ具体的な内容の乏しいものとなっている。このことは、この問題の国際的な統一的解決が現段階においていかに困難なものであるかを示すものであり、同時に、複写複製をめぐる著作権問題自体の難解性を意味するものといえよう
    (注1)著作権政府間委員会
    1952年ジュネーブで作成された万国著作権条約第11条に基づき設置された委員会。その任務は、1.万国著作権条約の適用及び運用に関する問題を研究すること、2.万国著作権条約の定期的改正を準備すること、3.ユネスコ、ベルヌ同盟、アメリカ州諸国機構等の諸種の関係国際機関と協力して著作権の国際的保護に関するその他の問題を研究すること、4.万国著作権条約締約国に対し自己の活動を通報することである。
    (注2)ベルヌ同盟常任委員会
    ルヌ条約ブラッセル改正条約を作成した1948年のブラッセル会議の決議で設置された委員会。その任務は、ベルヌ同盟が常時的に、かつ、十分に機能することを確保することであり、1969年の第14回会合まで開催され、同盟の運営に多大の寄与をした。現在はストックホルム改正条約及びパリ改正条約に基づくベルヌ同盟執行委員会がこれに代わつて必要な機能を果たしている。
    (注3)WIPO
    World Intellectual Property Organization(世界知的所有権機関)の略称。1967年ストックホルムで作成された世界知的所有権機関を設立する条約に基づいた国際機構であり、主要な任務として、全世界にわたつて知的所有権の保護を改善すること、ベルヌ同盟の管理業務を行うこと等が挙げられている。国際連合の専門機関でもある。


    4 問題点の検討に当たつて
    複写複製に関する著作権問題は、その関係する領域が社会の各分野にわたって極めて広範なものであり、かつ、個々の国民にとっても身近な問題となっている。また、諸種の複写機器の発達・普及は、複写複製の形態を多様なものとしている。

    このことから、当委員会としては、第1に現行著作権法制に則しながら、さまざまな態様の複写複製について、法令の規定に照らしつつ問題点の整理を行った。次に、著作権法制は国際的な色彩の強いものであるところから、審議を進めるに当たっては、著作権関係条約(ベルヌ条約、万国著作権条約)上の規定にも十分考慮を払い、また、前節で概説したとおり国際的な検討の動向にも留意することとした。更に、各国の法制や各国において近時講じられることとなった種々の対応策などにも注目しつつ、その有効性の分析に努めた。

    しかしながら、複写複製については、技術革新の動向や経済・社会の発展との関連において流動的な要素が多く、今後における複写複製手段の発達、普及の動向を的確に予測することが困難であり、また、この問題については国際的にもまだ明確な方向づけがなされていない実情にある。

    従って、この報告書においては、複写複製に関する著作権制度上の問題点の所在を探り、これを整理することを主たる目的とすることにとどめ、各問題点ごとに必ずしも最終的結論を得ることを求めていないが、その際、可能な限り将来における制度的な改善の検討に際しての考え方や今後関係者間の話合いにより確立されていくことが望ましいと考えられる方向についても提示するように努めた。

    問題点の検討に当たっては、複写複製の目的、態様に即して問題点を整理することとし、第1に私的使用のための複写複製並びにこれと密接に関連する企業その他の団体及び研究機関における内部利用のための複写複製の問題を取り上げ、第2に図書館等における複写複製の問題を、そして第3に教育機関における複写複製の問題を検討し、第4には将来の予測を含む新技術の開発・普及に伴う複写複製を概観し、最後に全体を総括するものとして著作権制度の今後の課題をまとめた。



    第2章 著作権に関する諸問題
    1 私的使用のための複写複製

    (1)著作権法制
    1)現行法
    著作権制度は、第一義的には著作者等の権利の保護を目的とするものであるが、併せて社会における著作物の利用が円滑に行われるよう配慮し、それにより文化の一層の普及と発展に寄与しようとするものである。この点に関し、現行著作権法は、その第1条にその目的を掲げ、「この法律は、著作物………に関し著作者の権利……を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」としている。この「公正な利用」の具体的な措置の一つとして、著作権の制限、すなわち、著作権の内容が一定の場合に一定の条件の下において制限されることが定められているが、著作権の制限は、著作物の利用の面からは「公正利用」又は「自由利用」(Fair use, Fair dealing)といわれている。どのような範囲や態様における利用をもって「公正利用」であると考えるべきかは、経済、社会、文化の発展段階に応じて変化していくものであろうが、いずれの場合においても、その根底には著作権者の利益を不当に害するような利用であってはならないという認識が存在するものである。従って、法第30条をはじめとする著作権の制限規定は、本来認められるべき著作権を制限するものであるという条文の性格上、厳格に解釈されなければならない。

    著作権法第30条の趣旨は、私的な領域における複製を許容したものであり、その規定は次のとおりである。

    法第30条(私的使用のための複製)
    「著作権の目的となっている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする場合には、その使用する者が複製することができる。」

    この規定の解釈上留意すべき主な点は、次のとおりである。

    第1に使用の目的であるが、個人的な立場において又は私的な場である家庭内若しくはこれと同一視し得る閉鎖的な範囲(例えば親密な少数の友人間)内において使用するための著作物の複製(Personal use又はDomestic useのための複製)を許容したものであり、例えば、企業その他の団体内において従業員が業務上利用するため著作物を複製する場合には、仮に従業員のみが利用する場合であっても、許容されるものではない。言い換えれば、その個人が何らかの組織の一員としてその組織の目的を遂行する過程において複製する場合は、本条に該当しないものと考えられる。私的な領域のものであるか公的な領域のものであるかを明確に区分することが困難な場合もあるが、一般に複製する者が所属する組織の業務にかかわる場合は、私的な領域における複製に該当しないものと理解すべきであろう。

    なお、個人的な職業である医師、弁護士等がその職業上の必要のために行う複製は、その態様が個人的なものであるという点では私的使用のための複製といえる面を有するが、複製物が職業上の利用に供されるという点では必ずしも本条の趣旨に合致するものとは言い難いとする考え方もある。

    第2に「使用する者が複製することができる。」と規定し、複製主体を限定している。例えば、親の言い付けに従ってその子供が複製する場合のように、その複製行為が実質的には本人の手足としてなされるときは、当該使用する者(親)の複製として評価することができるとしても、例えばコピー業者のような複製を業とする者に依頼する複製は、この要件に該当しないものと解される。ただし、著作物に該当しないもの並びに著作物には該当するが著作権者の許諾を得ているもの及び著作権の消滅しているものの複製については違法となるものでないことは、いうまでもない。

    コイン式複写機器による複製については、条文上はその可否が必ずしも明らかでないが、本条は使用する者が自ら行う複製行為を許容したものであることから、本条の趣旨として自己の支配下にある機器によるべきことが要請されているものと理解すべきである。従って、他人の設置したコイン式複写機器による複製が本条の要件に該当するかどうかについては議論の余地がないわけではないが、否定的に解すべきであろう。

    なお、複製が可能な分量及び数量については条文に明記されていないが、著作権の制限規定である以上著作権者の利益を不当に害するものであってはならないことはいうまでもなく、おのずから限界のあるところである。

    1)条約及び各国法制
    著作権の制限に関し、著作権関係条約は、次のように規定している。
    ベルヌ条約パリ改正条約(注1)第9条第2項
    「ある特別の場合において著作物の複製を認める権能は、同盟国の法令に留保される。ただし、このような複製が著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件とする。」
    改正万国著作権条約(注2)第4条の2第2項
    「もっとも、各締約国は、自国の国内法令により、前項に定める権利(注 複製権等)に対しこの条約の精神及び規定に反しない例外を定めることができる。ただし、このような権能を利用する締約国は、例外が定められる各権利に対し、合理的な程度の有効な保護を与えなければならない。」
    以上のように複製権の制限に関する各条約の規定は、一般的、抽象的な内容のものであり、制限の具体的な範囲や態様については、各国の法令にゆだねられている。

    ベルヌ条約の上記規定が設けられた際のストックホルム改正会議(1967年)における当初の公式提案においては、私的使用のための複製が複製権の制限の例示の一つとして掲げられていたように、私的使用のための複製は、著作権の制限の典型的な例として国際的にも理解されているということができる。しかしながら、企業その他の団体の構成員がその立場において行う複製が私的使用の概念に含まれるかどうかについては、国際的にも問題のあるところとされている。
    (注1)ベルヌ条約パリ改正条約
    ベルヌ条約は、1886年に創設されて以来数度にわたり改正されているが、1971年にパリで改正された最新の改正条約がこの条約である。
    (注2)改正万国著作権条約
    万国著作権条約は1952年に成立したものであるが、1971年にベルヌ条約と同時に改正された条約がこの改正条約である。
    次に各国の法制についてみると、ほとんどの国において私的使用のための複製を著作権の制限の一つとして挙げている。その主なものを列挙すれば、次のとおりである。
    イギリス:
    調査又は私的研究のために著作物を公正に利用することは、著作権侵害に当たらない。
    フランス:
    複製する者の私的使用に厳密に当てられ、かつ、集団的な利用に供されない複製は許される。
    スイス:
    著作物の複製は、複製を行う者の専ら個人的かつ私的な使用を目的とする場合は、適法である。
    スウェーデン:
    私的使用のために、発行された著作物の少数の複製物を作成することができる。これらの複製物は、他の目的に利用してはならない。
    西ドイツ:
    著作物の個々の複製物を、個人的使用のために作成することは許される。この場合、複製物を他人に作成させることができる。

    著作物の内部的利用のための一定の複製は許されるが、それが商業上の目的に供される場合には、権利者に相当の報酬を支払わなければならない。

    〈参考〉私的使用のための複製に利用されることが予想される録音・録画機器の製造者に対し著作権者は、機器の販売収入の5パーセントを超えない範囲の報酬の支払を求めることができる。
    オランダ:
    専ら自己のために複製を行う者又は複製を命ずる者の個人的な練習、研究又は使用に供する目的で著作物を作成することは、著作権侵害と見なされない。
    なお、複写複製にかかわるものではないが、西ドイツにおいては、前記〈参考〉のとおり、私的使用のための複製の用に供されることが予想される録音・録画機器の製造者に対する著作権者の報酬請求権が法律に規定されている。この規定に基づき、権利者団体とテープレコーダー製造者との団体との間に協定が締結され、一定の積算に基づき1年間単位で報酬が一括して支払われている。録音・録画機器による私的使用のための複製を許容しつつ、その複製による権利者の経済的利益の損失を補てんしようとするものであり、録音・録画機器の発達、普及に伴う著作権法制上の一つの対応策である。
    (参考)
    本条項については、テープレコーダー製造者側から違憲であるとの提訴があり、これに対し連邦憲法裁判所は、「本条項は、個人的使用のための複製の受忍の対価として、著作権者にその報酬支払の請求権を与えたものである。報酬支払の義務を課されたテープレコーダー製造者は、著作物の私的な複製利用を可能にするような機器を市場に出すことによって経済的利益を得るものであり、ある意味では、著作物伝達者の地位に立つ者とも思われ、私的使用のための複製を行う者、録音テープ製造者等いくつかの関係者のうちでテープレコーダー製造者を取り上げて報酬支払の義務を課したことは、立法政策の範囲内の問題である。」旨判断し、結論としては、テープレコーダー製造者に報酬支払の義務を課した本条項は憲法に違反するものでないとの合憲判断を下している(1971年)。
    西ドイツにおいては、複写機器に関してもこの方式を採用し得るかどうかについて現在検討が行われている。

    3)国際的検討の状況
    作業部会勧告(1973年)では、著作権のある著作物の複写複製について公正な報酬が支払われることを原則としつつ、個人の自己使用のために定期刊行物のある号からの1論文又は他の著作物の合理的な部分のコピー1部を作成することができると提言している。この提言では、私的使用のための複製について著作物の形態及び複製の数量の面からの制約を課しているが、このような具体的な提言はワシントン決議(1975年)では採用するところとならず、「国際的規模における統一的解決を見いだすことは、当分の間不可能と思われ、各国の教育、文化、社会及び経済の発展に最も適した措置をとることによってこの問題を解決することは各国にゆだねられ、また、複写複製手段が広く使用される国においては、特に権利者の報酬請求権を行使し及び管理するための集団方式の設定を考慮することができる。」とされた。

    (2)複写複製の実態と対応策
    個人用又は家庭用の複写機器の現在の普及状況については、複写機器や複写用紙の価格の割高なこと、購入の必要性などから見て、一部の家庭で複写機器を利用している例もないではないが、全体として極めて狭い範囲にとどまっている。従って、現状における私的使用のための複写複製は、個人用又は家庭用の複写機器によってではなく、主としてコピー業者、コピー喫茶や勤務先の設置された複写機器によって行われるという傾向が見られる。しかしながら、最近では家庭用の手軽な複写機器も開発されてきており、将来においては、今日におけるテープレコーダーの著しい普及と同様な程度で各家庭に普及していく可能性が考えられる。

    私的使用のための複製に関する第30条の規定は、その抽象的な性格により一般に広く解釈されるおそれがあり、また、現状においてその趣旨が正しく理解されていないこともあって、この規定を逸脱する多数の複製が行われる傾向が認められることから、これを厳格な表現のものに改めるべきであるとする意見も強い。しかしながら、本条の規定は、複写複製以外の複製についてもその対象としており、録音・録画の問題などをも含めて総合的に検討することが必要であること、各国の法制においてもおおむね同様の規定を置いていること、今後における複写機器の普及と利用の態様については流動的要素が多く、将来における私的使用のあらゆる態様を想定した具体的な規定を設けることは現在においては極めて困難であること、本条は私権にかかる規定であることなどから、この規定の改正については今後慎重な検討が必要である。

    従って、現段階においては、何よりも法第30条の趣旨について広く国民の間の認識を深め、著作権思想の普及徹底を図っていくことが必要であると考える。

    次に、私的使用のための複製であっても、複製を業とする者による複製やコイン式複写機器を用いての複製については、既に述べたとおり、著作権の処理が必要であるが、今後このような複製における著作権処理が困難な状況が生じる場合には、権利処理を容易なものとする一つの方法として、集中的権利処理機構(第3章(2)参照)を通ずる方法も考えられる。

    第3に、将来家庭用の複写機器が広く普及するようになった場合には、私的使用のための複製によって著作権者の利益が不当に害される可能性が強まり、私的使用のための複製について再検討を必要とする事態が生ずることも有り得よう。これに対しては作業部会勧告(1973年)が提案しているような著作物の種類や複製量の側面から一層厳しい条件を課す考え方も有り得るが、私的な範囲に属する利用であることから、仮に法令上厳しい条件を定めたとしても実効を期し得ない面がある。そこで、著作権者の利益の保護と著作物利用の円滑化の要請との調整を図る一つの方法として、西ドイツで採用されている録音・録画機器製造者からの報酬支払制度に準じた源泉徴収的な制度の採用を検討することも考えられよう。

    なお、現行法の解釈について既に述べたように、第30条に関しては、現状においてはむしろ企業その他の団体の内部における複写複製が重要な問題と考えられ、これについては、次の1の2及び1の3において別途検討を行うこととした。


    1の2 企業その他の団体における内部利用のための複写複製
    (1)著作権法制
    企業その他の団体において販売、宣伝等の外部的な利用に供するために著作物を複製する場合には、当然に著作権者の許諾を必要とするが、企業等の業務遂行上その内部において利用するために著作物を複製する場合にも許諾を必要とすることは、法第30条の解釈に関して既に述べたところである。(国及び地方公共団体等については、法第42条により、行政目的の内部資料として必要な限度における複製が認められている。)

    著作権関係条約上は、企業等における内部利用に関し明文の規定を設けていないが、ベルヌ条約ストックホルム改正会議(1967年)の報告書では、産業上のためのかなり多数の複写複製については、少なくとも正当な報酬が権利者に支払わなければならないものとしており、作業部会勧告(1973年)では、官公庁、団体及び商企業における利用に関し、利用者側及び権利者側のそれぞれの団体間で取り決める包括許諾に基づいて、複写複製物を一定の範囲内で自由に作成することができるような仕組みを採用すべきであることを示唆している。

    外国の法制について見ると、企業の内部利用のための複製について、権利者の許諾を得ることなく複製することができるとしつつ、その複製には相当な額の報酬の支払を要するものとする規定を設けている例として、西ドイツ及びオランダがある。
     西ドイツにおいては、「企業における内部利用のための複写複製は個人的使用のための複製とはいえず、著作権が及ぶ。」という趣旨の1955年の連邦裁判所の判決もあって、企業の内部利用のための複写複製に関して、出版組合(BDB)と産業連盟(BDI)との間で次のような一般協定が締結された。すなわち、科学雑誌等一定の著作物について、包括的な許諾の下に、連盟加盟企業内においては、一定の使用料の支払を前提として、一定の限度内で複写複製することができることとするものである(1958年発効)。その後、1965年に著作権法が全面的に改正され、1の(1)の2)において述べたように、商業上の目的に供される複製について相当な額の報酬が支払われるべき旨の規定が設けられた。

    オランダにおいても、1972年の改正により、法定許諾と組み合わされた報酬支払制度が著作権法中に新設され、企業その他の団体の内部利用に関し、学術的著作物を公正な報酬(その額は、関係団体の取り決めによる。)を支払って無許諾で複製することができるとしている。

    (2)複写複製の実態と対応策
    複写機器は、現状では、主として企業、官公庁その他の団体において普及していると見ることができる。このような状況から見て、総複写複製量のうちの大半が企業その他の団体におけるものと推測することができるが、各企業等における具体的な複製の数量、更にこのうち著作権法の側面から評価する必要のある数量について正確に把握する資料は存在しない。

    企業等の内部における複写複製の態様としては、図書室、資料室などを設け、求めに応じて組織的、恒常的に著作物の複写サービスを行う場合のほか、通常行われている主要な態様としては、各部門における会議用、研修用、研究用等の資料の作成のための複写複製や従業員個人の事務用、研究用の資料の作成のための複写複製などが考えられる。

    企業等の内部利用のために著作物の複写複製を行う場合には、現行法上著作権者の許諾を必要とするものであるが、現状においては法第30条の十分な理解がなされていないこと、複写機器の高い効用などから、許諾を得ないまま安易に複製が行われている傾向があり、著作権法の趣旨を徹底させる必要があろう。

    しかしながら、多数の著作物ごとにその権利者を確認し、その許諾を得るという手続はかなり煩雑なものであって、この手続を容易に行うことのできる仕組みの実現が望まれるところである。すなわち、第3章(2)において述べるような集中的権利処理機構を通じて権利処理を行う方法の採用である。例えば、我が国において現在、タンカー乗組員、海外在留邦人等に視聴させるためのテレビ番組の録音・録画について、社団法人日本音楽著作権協会、社団法人日本文芸著作権保護同盟、協同組合日本放送作家組合等の関係権利者団体が著作権者団体連絡協議会という形式上の組織を形成し、使用者である社団法人日本船主協会等との間に包括許諾契約を締結して、権利の処理を行っている例もあり、企業等の内部における複写複製に関してもこのような制度の採用が考慮されるべきであろう。西ドイツにおけるこのような制度の採用については、前述したとおりである。包括許諾による権利処理を考える場合、現在我が国に学術関係の権利者団体が存在しないことが、その実現に当たっての問題となろう。

    なお、将来における問題としては、西ドイツやオランダにおけるように、企業等が一定の報酬の支払を条件として一定の範囲内で著作物の複写複製を無許諾で行うことができるものとする、いわゆる法定許諾制の採用について検討する必要があろうが、その際には、このように報酬請求権を集中的に管理し、行使する団体の存在が前提とされるものである。


    1の3 研究機関における内部利用のための複写複製
    (1)著作権法制
    研究機関における内部利用のための複製は、法第30条の趣旨から見て私的使用のための複製の範囲には含まれないものと考えられる。また、このような複製に関しては、現行法上他に特別の規定も置かれていない。

    著作権関係条約上も、研究機関における研究のための複製に関し特別の規定はない。ベルヌ条約ストックホルム改正会議(1967年)の報告書では、個人的又は学術的な使用のための少部数の複写複製は使用料を支払うことなく許容される旨述べられているが、機関として組織的に行われるいわば公的な業務にかかわる複製についてまで、このような無許諾、無償の利用を許容しようとしているものではないと理解される。

    各国の法制を見ても、研究機関における複製に関し特別の規定を設けている例は見当たらない。

    (2)複写複製の実態と対応策
    学術研究の過程においては、研究者は、自己の研究課題に関連する種々の文献を参照し、検証を行う等のため、その複製物を必要とする場合が多く、今日、研究機関における学術文献の複写複製は、研究活動に不可欠の条件であるといわれている。このことは、学術書や学術雑誌等からの複写複製がかなり行われていることを推測させるものであり、事実学術関係の出版事業は大量の複写複製によって危機にさらされているとの声もあるところである。

    研究者は、自らの研究成果について著述し公表するものであるとともに、その研究を進めるに当たり多数の第三者の文献を複製して利用するものでもあるところから、一般に著作権者及び著作物の利用者の双方の立場に立つものである。ただ、学術情報の性格上、広範に流通し、容易に利用されることが要請されるところから、概して著作権者としての主張をするよりも、利用者としての立場に立って、情報の円滑な伝達と文献の自由利用を望む傾向が強い。

    現行著作権法上、研究機関における内部利用のための著作物の複写複製による利用については、許諾を必要とするものと考えられるが、研究の促進、学術の発展のために著作物の複写複製が不可欠の条件となっている実情も十分考慮されなければならない。このため、学術文献の自由利用の範囲を拡大することとすれば、学術関係の出版を一層成り立たないものとする結果を招くことが予想される。一つの方法として、学術出版に対する政府助成金の大幅な増額を図ることにより、ある程度の効果を上げることができようが、著作権制度における問題の根本的な解決とはなり得ない。

    従って、学術文献の著作権を否定する方向ではなく、その著作権の存在を前提としつつ、利用者に大きな負担を課すことなく、一定の範囲で比較的容易に複写複製を行うことができるような方向で、問題の解決が図られていくべきものと考える。現時点において考えられるその具体的な方策については、企業等における内部利用のための複写複製についての対応策として述べたところと同様のものとなろうが、特に研究機関における複写複製については、一般に、営利を目的とせず、その公益性も高いことなどの理由により、個々の権利者の許諾を得る手続をも前提としないいわゆる法定許諾制を採用し、一定の報酬の支払により自由に複写複製ができるようにすべきであるとの主張もある。

    いずれにしても、集中的に著作権処理を行うシステムの存在が要請されるが、著作者から委託を受けて学術文献の著作権を一括して管理し、行使する団体は前述のように現在なく、この問題の適切な解決のためにその設立が望まれるところである。

    なお、我が国の学術文献の著作者が協議して、その著作物について、我が国の研究機関における一定範囲内の自由な複写複製を認める旨を宣言する方法も考えられる。その場合には、対象となる研究機関においては、宣言に加わった者の著作物の無許諾の複写複製について著作権侵害の主張をされるおそれはなくなるとしても、宣言に加わらなかった者や外国人の著作物については問題は解決されず、また、出版者の利益をどのようにして確保するかの問題も残ろう。更に、この方法は、端的に言えば、自己の権利の一部を放棄することであり、権利の存在を前提としつつ、いわばコピーの時代ともいうべき現代において、著作者・出版者の利益の保護と著作物の円滑な利用という二つの要請の調和をいかにして図るべきかというこの問題の検討の方向から見て、必ずしも適当とは言い難い要素を有している。


    2 図書館等における複写複製
    (1)著作権法制
    1)現行法
     図書館等の施設が果たしている公共的サービス機能にかんがみ、第31条において、図書館等が利用者の求めに応じて、また、その資料の保存・活用の必要に応じて行う複製について規定している。このような複製についても、著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作権者の正当な利益を不当に害しない範囲内において許容されるものであることは当然であり、公衆に対するサービスの機能の面のみを重視して、安易な運用を行うことが許されないことはもとよりである。

    図書館等における複製に関する規定及びその解釈についての検討の結果は、次のとおりである。

    法第31条(図書館等における複製)
    「図書、記録その他の資料を公衆の利用に供することを目的とする図書館その他の施設で政令で定めるものア(以下この条において「図書館等」という。)においては、次に掲げる場合には、その営利を目的としない事業として、図書館等の図書、記録その他の資料(以下この条において「図書館資料」という。)を用いて著作物を複製することができる。
    図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するため、公表された著作物の一部分イ(発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物にあっては、その全部)の複製物を一人につき一部提供する場合
    図書館資料の保存ウのため必要がある場合
    他の図書館等の求めに応じ、絶版その他これに準ずる理由エにより一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合」
    ア 複製主体について
    複製を行うことができる主体は図書館等であり、複製を行うに当たっては、当該図書館等の責任において、その管理下にある人的・物的手段を用いて行うことを要するものと解される。その運営が適正に行われるようにするため、著作権法施行規則第1条に定める有資格者(司書又はこれに相当する職員)が置かれていることが複製を行うことのできる条件とされており、従って、コイン式複写機器により複写請求者自身により複製させたり、複製をコピー業者に委託したりすることはこの規定の趣旨を逸脱するものと解される。

    ただし、複写複製物の請求からその交付に至る間の手続を厳正なものとするのであれば、作業としての複製行為のみを複写請求者又はコピー業者に行わせることは許容されてよいと解する見解もあることを付記しておく。
    イ 複写複製サービスの条件について
    この規定においては、著作物の一部分の複製を認めるものであって、著作物の全部又は相当部分の複製を許容するものではない。「一部分」とは、少なくとも半分を超えないものを意味するものと考えられる。また、著作物が多数収録されている編集物にあっては、「定期刊行物」を除き、掲載されている個々の著作物について「一部分」であることを要するものである。「定期刊行物」については、「発行後相当期間を経過」したものであれば、そこに掲載されている個々の著作物の全部の複製までを認めているが、通常の販売経路において当該定期刊行物を入手することができない状態をもって「相当期間を経過」したものと理解すべきであろう。

    なお、当該複製物は「調査研究」の用に供されることを要件としており、娯楽用や鑑賞用のための複製物の供与は認められない。
    ウ 図書館資料の保存のための複製について
    貸出し、閲覧等の業務を行うためには、資料の適切な保存が図られる必要があり、そのため、既に所蔵している資料についての複製が認められるものであって、例えば、欠損・汚損部分の補完、損傷しやすい古書・稀覯本の保存などの必要がある場合に複製を行うことができるものとしているものである。従って、例えば図書を一冊購入して、貸出し、閲覧又は他の図書館等への提供を目的として、その図書の多数の複製物を作成することが許容されるものでないことはいうまでもない。なお、所蔵資料のマイクロ化についても、このような意義を有する場合に限り認められるものと解すべきであり、すべてのマイクロ化が本号にいう保存のための複製に該当することとなるものではない。
    エ 図書館等間における複製物の提供について
    政令(著作権法施行令)で定める一定範囲の図書館等の間における複製物の提供を許容したものであり、企業内の資料室、研究室等からの請求による場合を認めるものではない。なお、この場合、絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な資料の複製ができることとされるものであって、単に当該資料の価格が高価であること、その入手に長期間を要することなどは、複製を認める理由とはならない。

    2)条約及び各国法制
    著作権関係条約(ベルヌ条約パリ改正条約(1971年)、改正万国著作権条約(1971年))においては、著作者の利益を不当に害しない範囲で複製権の制限を国内法により定めることができることとしている。

    各国の法制については、図書館等における複製そのものについて規定している国、私的使用のための複製に関する規定に含ませて図書館等における複製を可能なものとして取り扱っている国などがあるが、若干の法制についてみれば、次のとおりである。
    イギリス:
    図書館及び記録保存所に関する特別の規定を設け、商務省が定める図書館の司書又は代理人が行う図書館所蔵の著作物の一定範囲の複製サービスは著作権侵害とはならないものとしている。
    イタリア:
    図書館に所蔵されている著作物の複製は、私的使用のため又は図書館業務のために行われる場合は、自由に行うことができるものとしている。
    スウェーデン:
    国王の許可を得て、かつ、国王によって命じられた条件に従って、一定の記録保存所及び図書館は、その活動の必要のため著作物を複製することができるものとしている。
    オランダ:
    図書館においては、貸出しのため必要な少部数の複製を無許諾で行うことができるものとしている。ただし、著作権者に対し、1ページ当たり0.1フロリン(約10円)の報酬の支払が必要である。
    なお、イギリス著作権法は、図書館等における複製に関し、他国の法律と比べかなり詳細に規定しており、また、実際の運用に当たっても、複写請求者に対して目的外使用をしないこと等を内容とする誓約(宣言)書を提出させることとしている。

    また、米国においては著作権法の全面改正法案が現在連邦議会において審議されているが、新法案には図書館及び記録保存所における著作物の複製に関する規定が新たに設けられ、公正利用の概念に含まれるものとしての図書館等における複製について、限定的かつ詳細に規定している。
    (参考)
    米国においては、連邦立の図書館等の行う複製について、出版社側が権利侵害であるとして提訴した(ウイリアム・アンド・ウイルキンズ会社対アメリカ合衆国事件)。Trial(審理官の意見判断、1972年)の段階では、多数の研究員に複製物を提供する大規模な複製行為は公正利用の範囲外であるとして著作権侵害に当たるとしたが、続く連邦請求裁判所の判決(1973年)は、本件複写複製サービスを公正利用に当たるものと判示した。更に、この事件は最高裁に上訴されたが、最高裁では賛否同数の判定なしの結果(1975年)となり、連邦請求裁判所の判決は確定したものの、先例としての価値を有しないこととなった。

    また、フランスにおいては、国立学術研究センター(CNRS)の行う大量の複写複製サービスに対し、医学関係雑誌社が訴えを提起した。判決(パリ地裁、1974年)では、CNRSは法令により設置されたもので研究者に情報提供等のサービスを行う義務があるものの、複写複製物を無条件・無制限に提供することができるわけではなく、このようなサービス活動は著作権侵害を構成するものとして、CNRSに対し損害賠償を命じた。このことにより、CNRSは研究者への複写複製サービスを限定して実施することとなり、他方、政府はこの問題を検討するための特別委員会を設置した。

    3)国際的検討の状況
    作業部会勧告(1973年)では、図書館及び資料センターにおいては、私的使用のための複写複製として許容される範囲と同様の範囲、すなわち定期刊行物のある号からの1論文又は他の著作物の合理的な部分のコピー1部を作成し、個人のために提供することができるとし、更に、この複写複製物の提供の対象を研究者に限定することができると提案しているが、おおむねこの趣旨に沿った制度が、我が国を含め前述のようにイギリス、イタリアなどで採用されている。しかしながら同勧告は、他方において、このような機関と著作者及び出版者を代表する資格ある団体との間で取り決める包括的許諾の下に複写複製物を自由に提供することのできる制度の採用をも示唆している。すなわち、図書館又はこれに類似する施設において、厳格な条件の下に無許諾・無償の複写複製サービスを可能なものとするか、あるいはこれを有償として包括的許諾の下に実施する制度を採用するかについて、各国の社会的、文化的な諸事情に適した方策を選択し採用すべきものであることを提案したものであるが、ワシントン決議(1975年)では、複写複製手段が広く使用される国においては、権利者の報酬請求権を行使し、管理するための集団方式の設定を奨励することを考慮することができるとして、一つの方向を示唆するにとどめ、具体的な提案を避けている。
    (2)複写複製の実態と対応策
    著作権法施行令第1条は、複製を行うことのできる施設の範囲を定めているが、その主な施設の設置状況を見ると、都道府県立図書館、市町村立図書館等のいわゆる公共図書館が約1,000館、大学・短大等の図書館が約1,100館あり、このほかに法令に基づき設置された博物館・美術館又は研究所・試験所等の図書施設がほぼ1,000施設程度存在する。

    これらの諸施設のうち、現状において法第31条に基づく複製を実際に行っているものは、主として公共図書館及び大学等の図書館である。全国図書館大会の参加図書館に対して行った抽出調査(昭和49年、文化庁)によると、公共図書館及び大学図書館のほとんどが複写複製サービスを実施していることが示されている。また、国公私立大学図書館における総複写複製量についてみると、昭和47年度が約3300万枚、同48年度約3,800万枚、同49年度4,800万枚となっており、複写複製サービスが今日における図書館の主要業務の一つとなってきていることがうかがえる。

    次に、上記の抽出調査その他の資料に基づき、公共図書館及び大学図書館における複写複製サービスの態様について概観すると、次のとおりである。

    (複写請求及び複写対象物について)
    複写請求者の1人1回当たりの請求枚数は、ほぼ10枚前後であり、通常の場合、図書の一部分について複写複製サービスが行われていることが推測されるが、特定の書籍や雑誌についてその全部又は大部分に対する複写請求に基づいてその複写複製物の提供を行ったとする例も見受けられる。

    複写複製の対象となる著作物の種類としては、学術の分野に属するものが多く、特に大学図書館においては圧倒的に多い。また、全体として単行本よりも雑誌等の定期刊行物が複写複製の主な対象となっている。更に、大学図書館によっては、外国文献の複製が特に多いとするところもある。

    (複写複製の方法について)
    複写複製サービスを行うに当たっては、図書館の受付で複写請求の内容をチェックし、適正と認められるものについて職員が複写機器を操作して複写複製物を作成し、請求者に交付するという手続の下に実施している図書館がほとんどであるが、複写作業を業者に委託したり、複写請求者自身に行わせたり、あるいはコイン式複写機器を館内に設置して自由に利用させたりしている例もある。

    図書館等における複写複製については、全体としておおむね適正に運用されているものと考えられるが、サービス機能の向上を重視するあまり著作権保護の観点がややもするとないがしろにされる傾向がないわけではなく、適正な運用について一層の周知徹底を図る必要があり、従来から実施されている図書館等の職員を対象とする著作権実務講習会の拡充が望まれる。

    第3に、図書館等における所蔵資料のマイクロ化の問題がある。

    マイクロ写真機材の開発に伴い、図書館等においては文献のマイクロ化が次第に普及しつつある。現在その実態は必ずしも明確ではないが、例えば、幾つかの施設にある文献を特定の施設において集中的に管理するためにマイクロ化したり、利用者に提供するために種々の雑誌をマイクロ化したりすることなどは、もちろん現行法上許容されるものではない。今後においては、多様な情報の管理や情報サービス活動の必要性がますます高まってくるものといわれているが、上記のような複製は権利処理を必要とするものであり、権利処理を容易に行うことのできる方法の採用が要請されよう。新聞、雑誌、研究紀要等特に複製の需要の多いもののマイクロ化については、これらの出版物に関する権利者と図書館との間において契約を結び、包括的に処理することが考えられる。

    なお、法第31条が許容する場合以外の場合、例えば、企業活動として情報サービスを行う場合に、著作物の複製について著作権処理を必要とすることはいうまでもないが、対象となる図書、雑誌の種類が多岐にわたるときには、当然権利者の数も多数に上り、その実現には困難が伴うであろう。

    従って、いずれにしても情報サービス活動の充実を図るためには、関係権利者の集中化すなわち団体の結成とその団体を通じての包括的な権利処理が望まれるところである。

    情報サービス活動に対する需要の増大に伴って、複写複製の一層の自由化を促進すべきである(複製を行う場合の条件の緩和、複製を行うことのできる施設の拡大等)とする主張がある一方、公益的な見地から一定範囲の複製の自由を認めるとしてもその条件は一層厳しいものとする必要がある(複製の対象とする著作物の限定等)とする考え方もある。これらはいずれも立法論的な主張であり、当面は現行法に基づく適正な運用により公衆に対する情報サービスの提供に大きな支障を生ずるものとは考えられないので、これらの主張については、今後の状況を見守りつつ、将来において検討すべきものであると考える。

    なお、高等学校等に置かれるいわゆる学校図書館においても、児童生徒の自主的な学習を奨励し促進するために複写複製サービスを可能とすべきであるとする意見があるが、学校教育上望ましいと考えられるものではあっても、著作権者の権利制限の範囲を拡大してこれに対処することには論のあるところである。学校図書館における複写複製サービスについては、学校図書館の機能と学校教育との関連をふまえて、今後なお研究を要すべき課題であると考えられる。


    3 学校その他の教育機関における複写複製
    (1)著作権法制
    1)現行法
    著作権法第35条は、今日における教育方法・手段の多様化に伴い、著作物の複製利用の必要性が増大したこと及びその利用の目的と実態にかんがみ、一定の範囲内において学校その他の教育機関における著作物の複製を適法としたものである。しかしながら、本条においては特にただし書を設けて、教育機関における複製が著作権者の利益を不当に害することとなる場合を除外しており、教育目的上著作物の複製による自由利用が認められているものであるとしても、このことに十分留意する必要がある。

    学校その他の教育機関における複製に関する規定及びその解釈についての検討結果は、次のとおりである。

    法第35条(学校その他の教育機関における複製)
    「学校その他の教育機関ア(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者イは、その授業の過程ウにおける使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において公表された著作物を複製することができる。ただし、エ当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」

    ア「学校その他の教育機関」の範囲について
    代表的な例として「学校」が掲げられているように、本条で規定する「その他の教育機関」とは、学校に類する形態を備えた機関、すなわち、教育の事業を行うことを目的として設置され、専属の施設・設備及び教職員を備え、かつ、管理者の管理の下に一定の教育計画に従って継続的に当該事業の運営を行う機関を指すものと解される。更に、教育機関であっても「営利を目的として設置されているものを除く」と規定されており、直接、間接を問わず営利性を有しないものであることを要する。

    以上のことから、学校教育法に規定されている学校(小学校、中学校、高等学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園)、専修学校及び各種学校のほか、その教育を行うにつき他の法律に特別の規定がある防衛大学校・警察大学校・公共職業訓練施設等並びに青年の家・公民館等の社会教育施設及び国公立の各種研修施設(センター)が「教育機関」に該当するものと考えられるが、任意の団体又はグループによる学習会、官公庁の部局等の主催する説明会・講習会・研修会などは機関としての独立性及び永続性を有しないことから、また、企業の研修施設・私塾などは営利性の観点から、いずれも「教育機関」に該当しないものと解される。ただ、本条に該当するものと考えられる上記の「教育機関」における教育であっても、その施設を単に場所として使用するに過ぎない研修講座や学習会などをも含むものでないことに留意する必要がある。

    なお、営利を目的として設置されている「教育機関」の範囲については、その実態を考慮すべきであるとの観点から、専修学校及び各種学校のうち、学校法人その他の公益法人を設置者とするものは別としても、個人立のものについては個々の実態に応じた判断を要するものとする意見もある、更に、「教育機関」は、義務教育を行う小学校、中学校、特殊教育諸学校又はこれに高等学校を加えたものに限定すべきであって、大学、専修学校、各種学校等を本条の教育機関に含めることは適当でないと主張する意見があり、その趣旨は十分考慮に値するとしても、今後における立法政策の問題であるので、将来の時点における検討にまつこととする。

    イ 複製主体について
    教育を実際に担任する者が行う複製を許容したものであり、例えば、授業の過程で用いられるものであるからといって教育委員会がその所管する学校において使用される教材を一括して作成することまでも認めるものではない。

    ウ 授業の過程について
    一定の教育計画の実施が「授業の過程」に当たるものであり、初等中等教育を例にとれば、学習指導要領に基づく教育課程の実施がこれに当たるものであって、教育課程の領域を超えた児童生徒の任意な活動までを含むものではない。

    エ ただし書の趣旨について
    本条は、ただし書において、本文に該当する複製であっても、「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の複製は、著作権侵害を構成する旨規定している。

    すなわち、個々の複製行為に関し著作権者の利益を不当に害することとなるかどうかについて、著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に関する総合的な判断を必要とするものである。
    著作物の種類及び用途に関しては、楽譜や教材用映画フィルムなどのようにわずかの複製により市場が著しい影響を受けるおそれのある著作物や、ワークブック、ドリルなどのように本来教育の過程において個々の児童生徒によって利用されることを目的として作成される著作物については、その複製は原則として許されず、また、複製の部数及び態様に関しては、例えば、小学校などにおける通常の学級規模を超える部数の複製や文芸作品などの全部ないしは相当部分にわたる複製は認められないものと解される。

    2)条約及び各国法制
    ベルヌ条約及び万国著作権条約には、複製権の制限に関して、一般的、包括的な規定が存在するのみであり、学校その他の教育機関における複写複製についても、その利用が限られた範囲のものであって、著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件に許容され、その範囲内において締約国の立法にゆだねられている。

    (備考)
    ベルヌ条約(パリ改正条約第10条第2項)では、公正な慣行に合致することを条件に、著作物を出版、放送その他の方法で、授業のため、その目的上正当な範囲内において適法に利用することについて、同盟国の法令の定めるところによると規定している。これは、沿革的には教科書への掲載等について一定限度の著作権制限(例えば我が国の著作権法第33条)を許容したものと理解されているが、この規定を授業の過程における複写複製に援用する考え方もある。

    各国の法制についてみると、教育の過程における使用のための著作物の複製に関し特別の規定を設けている国は少なく、ほとんどの国において、いわゆる公正使用の概念に関する解釈にゆだねて運用されているものと考えられる。
    イギリス:
    学校におけるとその他の場所におけるとを問わず、教育の過程において、複写方法(多数のコピーを作成するための装置の使用を含むいずれかの方法)以外の方法により複製が行われることを許容している。
    オランダ:
    著作権法の改正(1972年)により、教育機関にあっては法定額の報酬(大学では1ページ当たり0.1フロリン(約10円)、その他の学校では同0.025フロリン(約2.5円)を著作者に支払うことを条件に無許諾で複製を行うことができるものとしている。
    以上の法制とは別に、スウェーデンにおいては、政府と権利者18団体(著作者協会、出版社協会等)とが協定を結び、国又は地方当局の設置する教育機関(大学を除く。)における教育のための複写複製に関し、所定の補償金(500万複写ページごとに5万スウェーデン・クローネ(約350万円)を支払うことを条件に包括許諾制が導入されている。なお、このような包括許諾制については、イギリス、カナダ、デンマークなどの諸国においてその導入の可否に関し検討が進められている。

    3)国際的検討の状況
    作業部会勧告(1973年)では、教育機関における複写複製に関し次のように提案している。

    「あらゆる水準の教育機関の教師は、教育当局と著作者及び出版者を代表する資格ある団体との間で取り決める包括許諾に基づいて、専ら授業用に、著作物の少部数の複写複製物を作成することが自由にできるようにされるべきである。(略)包括許諾制は、この団体間で取り決められた条件と同一の条件で著作権者に報酬を支払うこととする強制許諾制によって補足することができる。」

    このような作業部会の具体的な提案に対し、ワシントン決議(1975年)では、「複写複製手段が広く使用される国においては、特に権利者の報酬請求権を行使し及び管理するための集団方式の設定を奨励することを考慮することができる。」と提案するにとどめている。

    (2)複写複製の実態と対応策
    学校その他の教育機関における複写複製の実態については、その詳細は必ずしも明らかでないが、全国学校図書館協議会の行った小学校、中学校及び高等学校に対する抽出調査(1975年6月)によると、複写機器は、これらの学校において今日かなり普及してきていることがうかがえる。特に図書などの資料から直接複写することのできる静電式複写機器について1校当たりの平均保有台数を見ると、小学校0.45台、中学校0.70台、高等学校1.42台となっている。全国の大学等における普及状況を示す客観的な資料はないが、関係者の話及び高等学校等における普及状況との対比から見て、相当程度普及しているものと推測される。

    上記の調査結果及びその他の資料により、学校における複写複製の状況について概括してみると、第1に小・中・高等学校においては、複写複製の対象となるものは教師自身の作成にかかる教材用の資料が大半を占めるが、新聞、雑誌なども少なくなく、更に辞書、百科事典、入試問題集などが複写の対象に加えられる場合があること、第2に大学においては、講義やゼミナールに使用するため、専門の学術誌や種々の文献の一部を複写したり、また、外国書の講読のためにその関係部分を複写したりする例があること、第3に著作物の複写複製のための利用の頻度については、学校の種別や担当の教科・科目の種類によっても異なるが、おおむね年数回にとどまっていて特に高いというべき状況にはなく、また複製物の配付部数についても、小・中・高等学校においては1クラス単位の40部前後を限度としており、大学においても一部の例外を除き50部を超えない例が平均的な状況であること、第4に現在静電式複写機器を所有していない学校においては、その設置を希望しており、また、今後授業の過程における著作物の複写複製の必要性は一層高まっていくことが予想されていること、などがうかがえる。

    このような状況から判断する限り、現在の段階においては、現行法により許容される複製の範囲を著しく逸脱するものではないと考えられるが、著作権者の利益を不当に害するものと認められる事例も無いわけではなく、出版社等の側からは、違法な複写複製の例が幾つか指摘されているところである。

    従って、諸種の教育機関に対し、著作権制度上留意すべき点について周知徹底を図る必要が認められる。文化庁においては、著作権思想の普及を図るため、従来から教育委員会職員、学校教職員等を対象とする講習会を実施してきているが、今後も種々の機会をとらえ、特に学校教職員に対して著作権制度の理解を深めるような措置を一層充実させる必要があろう。また、デンマークにおいては、著作者協会及び出版社協会が各教員に対して違法な著作物の複写複製を行わないよう警告を発している(1972年)例もあり、権利者の側においても自らの権利を守るための有効な措置について考慮することが望まれる。

    現代は教育が画期的に普及している時代であり、人間の成長にとってあらゆる機会が教育にかかわるといっても過言でないであろう。一方、複写機器の発達・普及はとどまることなく、今後においては、さまざまの態様の教育の場においてますます多量の複写複製が行われるであろうことが予測される。

    教育の過程における著作物の複写複製利用としてどの程度のものが必要であると考えるべきかは、その国の教育制度、教育方法などにもかかわることであるが、一般に、文芸作品の理解を深めるために特定作家の作品の一部を補足したり、政治や経済の現象の理解を新しいものとするために最新の統計資料や時事問題に関する資料を補充したりするなどの目的上、一定の範囲における複写複製が必要なものとして認識され、著作物の自由利用が制度化されているものである。しかしながら、今後においては、教育上望ましいと考えられるが現行法の許容する範囲を超えると認められる複写複製利用に対する教育界の需要は一層増大するものと予想され、このような状況の下においては、法の許容する範囲を超える複写複製利用について簡易な権利処理が可能となるような権利者団体の形成が進められていかなければならないであろう。そしてこのような団体を当事者として各教育機関や教育当局が協定を結び、一定の使用料の支払を条件に著作権の包括的な処理を行うことが期待される。現在教育機関における複写複製に関しこのような制度が採用されている例は、前述のようにスウェーデンに見られるが、このような制度は、将来我が国においても十分検討に値するものであろう。


    4 新技術の開発に伴う複写複製
    ファクシミリ等新技術の開発に伴い、新しい形態の情報サービス業が米国において誕生しているが、ニューヨーク・タイムズ社の業務を中心にその概要を見ると次のとおりである。

    同社では、あらかじめ情報(新聞、雑誌、関係文献)を収集整理し、加工し、これをマイクロフイッシュで撮影して蓄積すると同時に、その索引や抄録を作成してコンピューターにより自動的に検索することができるようにしている。同社から情報の提供を受けることを契約した者(主に企業)は、同社の情報蓄積装置とオンラインされた端末装置(ディスプレー装置、リーダープリンターなど)を操作することにより必要な情報を得ることができる。すなわち検索の結果、求めようとする情報は受像器に投影され、更に必要に応じて抄録や原文のコピーをその場で作成することも可能である。ニューヨーク・タイムズ社では、当然のことながら、この情報サービスを行うに当たり必要な著作権処理を済ませることとしている。

    我が国においては、このような情報センターはまだ出現していない。このようなサービスを業として実施することとすれば、次に示すような諸点について著作権処理が必要になる。すなわち、第1に著作物をマイクロフイッシュ化することについて(複製権が働く。)、第2にセンターが特定多数の者にオンラインで著作物を電送することについて(有線放送権が働く。これを無線放送で行うとすれば、放送権が働く。)、第3に端末装置においてコピーを作成することについて(複製権が働く。)である。

    このように個々の利用の局面に応じてそれぞれの権利処理を必要とするものであるが、処理の能率化を図るため、センターと著作権者との間で包括的な権利処理が行われることとなろう。

    以上のほか、抄録(アブストラクトともいわれる。)の作成の問題がある。著作物の題号や著作者名、出版者名、発行年など当該著作物の内容にかかわらない事項をピックアップして、文献目録のような形態で利用することについてはもとより著作権は及ばないが、内容を簡潔にまとめたもの、いわゆる抄録は、ものによっては二次的著作物に該当する場合も考えられ、これを作成してそのコピーサービスを行うに当たっては、原著作物の著作者の著作権が及ぶこととなる。
    (参考)
     抄録が二次的著作物に該当するかどうかについては、原著作物とそれを基として作成された二次的作品との内容的かかわりの度合い、創作性の有無などについて個々の判断を要するものであるが、図書館界や情報産業関係者の間で行われている抄録に関する分類が一つの参考となろう。すなわち、抄録を2種類に分け、文献の存在についての指示を与えるだけであつて、内容の把握については本文を必要とする程度のものを指示的抄録といい、これに対し、内容をある程度概括したものを報知的抄録と呼んでいる。著作権法の観点からは、指示的抄録は二次的著作物に該当しないものと解せられるのに対し、報知的抄録については二次的著作物に該当するものが有り得るものと考えられる。
    上述のような情報サービスシステムの実施については、各国において図書館やドキュメンテーションセンターでこのような情報サービスを行う仕組みをも含めて研究が進められている。我が国においてもファクシミリの開発を中心に研究が進められており、早晩このような情報システムの実現の可能性が考えられよう。また、今後、例えば電話回線を利用したファクシミリの企業、官公庁における利用、情報センターと家庭間における利用など、情報システムとして種々の態様が想定されるが、将来における新技術の開発、普及の動向を現段階において的確に予想することは不可能であり、将来の時点において具体的に検討されるべき問題であると考える。なお、米国においては現在著作権法の全面改正法案が連邦議会で審議されているが、他方において、「著作物の新技術による使用に関する国家委員会設置法」が1974年12月に成立し、この国家委員会(National Commission)で複写複製問題やコンピュータープログラムの保護の方策等新技術の開発に伴う著作権問題を検討する運びとなっている。



    第3章 複写複製と著作権制度の今後の課題

    これまで、問題点の整理の便宜上、私的使用のための複写複製、企業その他の団体における内部利用のための複写複製などの項目ごとに問題点を検討し、各項目ごとに、それぞれのまとめとして複写複製の実態と対応策を取り上げた。複写複製をめぐる問題点については各項目に共通する面が多く、従って各項目ごとの対応策にも類似した内容が示されることとなったが、これをまとめて全体的に整理し、今後の課題として以下に考察することとした。

    (1)著作権思想の普及の徹底
    著作権制度は、著作物の創作者である著作者に私権としての著作権を付与し、この著作権の所有者としての著作権者と著作物利用者との間の契約を通じて著作物の円滑な利用が行われることを期待するものである。このように、私権としての著作権を中心に置く著作権制度が十分機能していくためには、権利者及び利用者の双方に著作権に関する必要な知識及びこの権利保護の重要性に関する認識が生まれることが必要となる。最近における著作物の利用手段の多様化と利用機会の増大に伴い、国民一般の著作権についての関心は以前に比べ著しく高まってきたということができよう。

    しかしながら、複写複製の面に即して考察した場合、著作権が制限され著作物の無許諾の複製が許容される場合の条件・範囲及び反面における許諾を要する複写複製の範囲についての正確な知識は、必ずしも十分に国民一般の間に侵透しているものとは言い難い。これは、複写複製というものが出版の場合と異なり、個々の件についてみれば数部ないし数十部という零細な利用にとどまり、かつ、公衆に頒布して直接利益を得るという性格のものではなく、従来、権利者の側からも複写複製に関し特設の権利主張を行うことがなかったということともあいまって、このような利用については著作権の処理を要するまでもないという認識が、いわば自然発生的に生じたことによるものであろう。しかしながら、複写複製の大部分を占める零細な利用における適正な著作権の処理こそがこの問題を解決する重要な鍵となるものであり、このような見地から著作権思想の更に一層の普及・徹底が望まれる。そのための方策としては、現在文化庁において実施している一般社会人を対象とする著作権講習会、図書館職員を対象とする著作権実務講習会及び都道府県職員を対象とする著作権事務担当者講習会の充実強化を図るほか、学校教職員等を対象とする講習会の実施についても考慮すべきである。また、国民の間に著作権尊重の意識を高めるための普及資料の頒布の拡大を図ることも有意義であり、更には学校教育を通じて著作権についての理解を広めることも望ましいものと考えられる。

    しかし、他方において、同時に考慮されなければならないのは、著作者及び出版者を中心とする権利者自身の努力である。すなわち、著作権は所有権と同様私権に属し、また、その侵害罪も親告罪とされているように、権利者自らの権利主張に基づいて有効に機能するものであって、権利者がその権利を主張しない以上第三者としてはいかんともしがたいという要素を有している。この問題が新しいものであるということもあるが、従来複写複製による著作物の利用に関し、権利者側からの権利主張はほとんどなく、このことが利用者側がこの問題についての認識を深めないままに推移してきた原因の一つとなっていることは否定することができない。西ドイツにおける前述の企業の内部利用のための複製に関する一般協定は、もともと権利者側の訴訟提起を伴うねばり強い行動の結果生まれたものであり、好ましい結果を得るためには何よりも権利者自身の自覚と努力が必要であることを物語っている。この場合、訴訟の提起による権利主張は別としても、例えば、許諾を要する場合に無許諾で複製を行えば著作権侵害になる旨を出版物の特定箇所に表示すること等により、一般利用者の注意を喚起することも一つの方法であろう。この問題解決のための著作者及び出版者の努力が期待される。

    (2)集中的権利処理機構及び包括許諾制
    許諾を要する複写複製について著作権の処理を行うに際し、すべてのケースについてそれぞれの権利者に事前の許諾を求めることを期待することは、その手続の煩雑さから実際上不可能に近いものと考えられる。現に、この問題に対する具体的な対処の方策を定めた若干の国々においても、このような方法は採用されていない。複写複製に関し著作権の円滑な処理を可能にするためには、個々の権利者を当事者とするのではなく、その権利を集中的に管理し行使する窓口が存在し、その窓口を当事者とすることが必要となろう。すなわち、個々の権利者を求めるまでもなく、その窓口に連絡し、その許諾を得ることにより処理することができるというシステム、いわゆる集中的権利処理機構の存在が必要となる。従って、権利者の側において複写複製に関し自己の経済的利益を守るために権利を主張しようとするのであるならば、権利処理を実際上可能とするこのような窓口を確立した上でない限り、その主張は実効性のないものに終わってしまうであろう。

    我が国においては、音楽の著作権を管理している社団法人日本音楽著作権協会、文芸の著作権を管理している社団法人日本文芸著作権保護同盟及び放送脚本の著作権を管理している協同組合日本放送作家組合があって、現にそれぞれの団体において集中的な管理を行っているほか、美術、写真等についてもこのような機能を果たし得る関係団体が幾つか存在している。しかしながら、複写複製の対象となる著作物の極めて大きな部分を占める学術関係の分野については、その著作者の権利を集中的に管理し得るような団体が存在しないことが大きな障害となっている。従って、学術関係の著作権事務を処理し得る団体を設立するなり、複写複製に関する権利の行使について学術関係の出版者(ないしはその団体)に委任するなりして対処する必要がある。集中的権利処理の実施に関しては、アウトサイダーの問題、使用料の決定及びその配分、外国著作物の取扱い等多くの関連した問題が予想されるが、これらの問題の解決を含めて、その実施に当たっては、権利者側の継続的な努力が必要とされる。

    次に、集中的権利処理については、以上のような個々の団体がそれぞれに集中的権利処理を行う方法のほか、第2章1の2-(2)においても触れたように、幾つかの関係権利者団体の協議により、協議体としての形式上の組織を結成し、実際には特定の団体を幹事団体として、これを窓口として権利を行使する方法があり、更に進んでは、これらの関係団体を統合した組織を形成する方法が考えられる。これらの方法のうちいずれが適当であるかについては、当小委員会としては特に深く論議したものではないが、これまで考察してきたように、零細な利用に関する権利処理が中心となるものと思われるので、仮に独立の組織を設立したとしても、その運営についての明確な見通しを欠く場合には、経済的な面から運営が困難となるおそれがあり得ることについても留意することが必要であろう。

    次に、仮にこのような機構が設立された場合においても、1件ごとの許諾によることは事務処理上非能率的であり、利用者側との協議により、一定の使用料の支払を条件に、複数の著作物の利用を一つの契約により包括して許諾するという方式が望ましいと考えられる。いわゆる包括許諾制の採用である。包括許諾制は、例えば、放送の分野においては、音楽著作物を大量に使用する放送事業者と前述の日本音楽著作権協会との間で実施されており、複写複製の分野においては、前述のように西ドイツにおいて出版組合と産業連盟との間で実施されている。

    (3)強制許諾制及び法定許諾制
    集中的権利処理機構の設立が複写複製に対処する有効な方法であるとしても、この機構に参加することを希望しないいわゆるアウトサイダーとしての著作権者が存在するであろうことを考慮する必要がある。このような場合に当該著作権者の許諾が得られないとき及び集中的権利処理機構が設立された場合においても当該機構の許諾が得られないときには、使用者は、一定の報酬を支払うか供託することを条件として、一定の範囲内で著作物を自由に複製することができることとするいわゆる強制許諾制を採用することも考えられる。その採用により著作物利用の円滑化が図られることが期待されうるが、この制度は著作権者の権利に対する重大な制限をもたらすものであって、その実施に関しては慎重な検討が必要であり、また、当然に法律の改正を伴うものである。なお、外国著作物に関しては、強制許諾制の採用は、著作権関係条約との関連上問題があることに留意すべきである。

    強制許諾制を更に進めた制度に、いわゆる法定許諾制がある。強制許諾制においては、著作権者との交渉及びその結果許諾が得られなかったことが前提とされるが、法定許諾制においては、このような前提を必要とせず、法律の定める一定の場合に一定の報酬の支払を条件として、著作物の利用行為を自由とするものである。既に見たように、オランダにおいては1972年の著作権法の改正に伴って法定許諾制を導入し、例えば、企業が学術文献を内部的に利用する場合には、一定の報酬の支払(その額は関係団体の取決めによる。)を条件として、その無許諾の複製を認めており、また、図書館においては、貸出しのため必要な少部数の複製を法定額の報酬の支払により無許諾で行うことができるものとしている。このような制度は、強制許諾制の場合と同様、著作権者の権利の重大な制限をもたらすものであり、その実施については今後慎重な検討を必要とするものであって、現段階において早急な結論を出すことは差し控え、将来における一つの問題点として提起するにとどめたい。

    (4)複写機器に対する課徴金
    西ドイツにおいて採用されている録音・録画機器に対する課徴金制度を複写機器についても採用することの可否については、国際的な検討の場においても種々論議されているところである。この方法は、私的使用、家庭内における使用、更には科学者・研究者による使用に対して有効なものとされるが、第1に西ドイツにおいて録音・録画機器に対する課徴金制度の合憲性が認められたとはいうものの、複写機器についても同様の論理が適用され得るかどうかは必ずしも明らかでないこと、第2に複写複製対象物の著作権者は極めて多数に上り、仮に課徴金を課し、これを徴収したとしても、その配分の対象をどのようにして決定するのかという問題があること、第3に機器に対する課徴金制度は許諾制の場合に比べ、著作権者への使用料の減少をもたらすとともに、かえって無制限の複製を助長する結果ともなりかねないとする批判もあること、第4に複写機器に対する課徴金制度を採用する国は現在無く参考とすべき先例が無いことなど、この制度の採用については検討を要する問題点が多く、この制度の導入については今後の研究にまつこととしたい。

    (5)制度の改正
    複写複製をめぐる著作権問題を解決するため、早急に著作権制度を改正して対処すべきであるとする考え方がある。

    現行著作権法は制定後まだ日が浅く、この法律改正については慎重な態度で臨む必要があるが、この問題に関しては、これまで見てきたように、現行法の下においても、例えば、(1)及び(2)に掲げたような方策により一応の解決は可能であると考えられる。(3)及び(4)に掲げたような方策の実施のためには当然制度の改正が必要となるが、この問題については、国際的にも長年精力的な検討が続けられてきたにもかかわらず、いまだに有効な統一的解決策が採択されていないのが現状である。各国においても、このような状況の下に、部分的な対応策は別としても総合的、最終的な解決策の採用については模索の段階にあるということができる。

    この問題は、複製権という著作権の中においても極めて基本的な権利の在り方にかかわるものであり、著作権制度の根幹にも触れる問題であるところから、その解決策については慎重な配慮が必要である。また、今後における複写機器の進歩や普及の状況については流動的な要素が多く、現段階において明確な見通しのないままに制度を改正してみても、実効を欠くものとなるおそれが多分に存在する。前述のように、米国においては、現在著作権法の全面改正法案を連邦議会において審議中であるが、複写複製問題等の重要性にかんがみ、著作権法の改正問題とは切り離して、「著作物の新技術による使用に関する国家委員会」を設置して(1975年7月)、この問題に関し、広い視野と長期的な展望に立って検討を開始することとしたが、極めて賢明な一つの方策として評価することができよう。

    このようなことから、当面は制度の改正という急激な手段を避け、現行制度のわくの中で、例えば、(1)及び(2)に示されたような方法などの採用により解決のための地道な努力を続け、適正な慣行を積み重ねていくことが肝要であろう。そして、そのようにして確立された新しい慣行を基礎として、国際的な動向や各国の対処の実態を十分見極めつつ、制度改善のための研究を進めることとするのが望ましいと考えられる。



    (参考)
    1.著作権審議会第4小委員会(複写複製関係)委員名簿

    主 査
    林   修 三  行政監理委員会委員

    委員
    東   米 吉 東京大学附属図書館閲覧課長
    桶 谷 繁 雄 東京工業大学名誉教授
    神 森 大 彦(社)日本化学会常務理事
    黒 川 徳太郎 日本放送協会放送総局著作権部主査
    佐々木   繁(社)日本書籍出版協会専務理事
    佐 野 友 彦 全国学校図書館協議会事務局長
    清 水 正 三 前東京都立中央図書館資料部長・立教大学教授
    下 中 邦 彦(株)平凡社社長
    鈴 木 敏 夫 日本出版学会常任理事
    土 井 輝 生 早稲田大学教授
    野 村 義 男 日本放送協会嘱託
    浜 田   広(株)リコー複写事業部副部長(50.2.15~)
    (久保 長 同営業本部長 49.7.1~50.2.14)
    半 田 正 夫 青山学院大学教授
    深 川 恒 喜 元東京学芸大学教授・武蔵野女子大学教授
    前 園 主 計 青山学院女子短期大学助教授
    松 尾   研(株)富士ゼロックス総務部総務課長(49.10.29~)
    (小林 英治 同前総務課長 49.7.1~49.10.28)
    箕 輪 成 男 前(財)東京大学出版会専務理事
     国際連合大学図書館長


    2.著作権審議会第4小委員会(複写複製関係)審議経過

    昭和49年
    第1回 7月10日(水)
    総括説明、全般にわたって自由討議
    第2回 9月3日(火)
    全般にわたって自由討議
    第3回 10月1日(火)
    「私的使用のための複写複製」について
    第4回 10月29日(火)
    「私的使用のための複写複製」について
    第5回 12月3日(火)
    1)「私的使用のための複写複製についての中間整理(案)」について
    2)「企業その他の団体における複写複製」について
    昭和50年
    第6回 1月20日(月)
    「企業その他の団体における複写複製」について
    第7回 2月21日(金)
    「企業その他の団体における複写複製」について
    第8回 3月10日(月)
    「企業その他の団体における複写複製についての中間整理(案)」について
    第9回 7月10日(木)
    「図書館等における複写複製」について
    第10回 8月5日(火)
    「図書館等における複写複製」について(図書館等関係者から説明聴取)
    第11回 9月2日(火)
    「図書館等における複写複製」について(図書館等関係者から説明聴取)
    第12回 10月14日(火)
    「図書館等における複写複製」について
    第13回 11月11日(火)
    「図書館等における複写複製」について
    第14回 12月8日(月)
    「図書館等における複写複製についての中間整理(案)」について
    昭和51年
    第15回 1月21日(水)
    「学校その他の教育機関における複写複製」について
    第16回 2月10日(火)
    「学校その他の教育機関における複写複製」について
    第17回 3月9日(火)
    「学校その他の教育機関における複写複製についての中間整理(案)」について
    第18回 4月6日(火)
    1)「研究機関における複写複製」について
    2)「新技術の開発に伴う著作権問題」について
    第19回 6月4日(金)
    「小委員会報告書」について
    第20回 7月9日(金)
    「小委員会報告書」について


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