○著作権審議会第6小委員会
     (コンピュータ・ソフトウェア関係)中間報告
    昭和59年1月 文化庁



    目 次
    はじめに
    第1章コンピュータ・ソフトウェア及びその法的保護に関する現状
    Iコンピュータ・ソフトウェアの製作、流通、利用の実態
    1 ソフトウェアの種類
    2 ソフトウェア製作の実態
    3 ソフトウェアの流通、利用の実態
    II現行法制下におけるコンピュータ・ソフトウェアの
    保護の範囲、方法
    1 著作権法による保護
    2 特許法による保護
    3 契約による保護
    4 不法行為法等による保護
    5 不正競争防止法による保護
    6 刑事法による保護
    III各国及び国際機関におけるコンピュータ・ソフトウェアの
    1 各国におけるプログラムの法的保護の動向
    2 国際機関におけるコンピュータ・ソフトウェアの
      法的保護に関する検討の動向
    第2章コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護に関する諸問題
    I保護の目的
    II保護の対象
    1 プログラムの著作物性
    2 その他のソフトウェアの著作物性
    3 アウトプットされる創作物の著作物性
    III保護の享受者
    1 ソフトウェアの著作者
    2 ソフトウェアについての権利の帰属
    IV保護の内容
    1 著作者人格権
    2 著作権
    V権利の制限
    VI保護の要件
    VII保護期間
    VIII救済制度
    IXその他
    第3章現行著作権法におけるコンピュータ・ソフトウェアの保護に関する問題点に対する対応策(提言)
    (参考)

    1.著作権審議会第6小委員会
     (コンピュータ・ソフトウェア関係)委員名簿


    2.著作権審議会第6小委員会
     (コンピュータ・ソフトウェア関係)審議経過



    はじめに
    1コンピュータ・ソフトウェアの法的保護については、昭和48年6月に著作権審議会第2小委員会(林修三 主査)がコンピュータ・ソフトウェア(以下「ソフトウェア」という。《注1》)に関する報告書を公表している。第2小委員会ではコンピュータに関する著作権制度上の諸問題について検討を加え、これを整理することを目的として審議を行ったが、その結果を取りまとめた同報告書においてコンピュータ・プログラム(以下「プログラム」という。)が学術の著作物であり得る旨の見解を示すとともに、各問題点についての著作権法の解釈等を明らかにしている。
    2その後10年を経過し、次に述べるような諸点において当時と比べて状況の変化あるいは進展がみられるため、これらを踏まえつつ、ソフトウェアの法的保護の問題について更に具体的に検討を進めることが要請されるところとなっている。
    (1)一つは、コンピュータのハードウェア、ソフトウェアの両面にわたる開発、普及がめざましく、これに伴ってソフトウェアの流通等の実態が変化していることである。

    ハードウェアについてみると、昭和47年9月における我が国のコンピュータの設置台数は1万5千台弱に過ぎなかったが、その後急速に普及し、昭和58年3月における汎用コンピュータの設置台数は12万8千台に達している《注2》。また、パーソナル・コンピュータ(以下「パソコン」という。)が昭和53年頃から出現し、その出荷台数の累計(昭和53年~昭和57年)は100万台を突破したといわれている《注3》

    次にソフトウェアについてみると、従来ハードウェアの付属物として取引されていたソフトウェアが、ハードウェアとは分離独立の商品として取引されるようになった。この傾向は今後ますます強まっていくものと思われる。

    また、ソフトウェアのうちパッケージ・ソフトウェアの流通量が増大しつつあり、特にパソコン用のソフトウェアについてみると、業務用を除けばほとんどパッケージ・ソフトウェアといってもいいすぎでない。そして、パソコン用パッケージ・ソフトウェアは、書店、百貨店、専門販売店等多様な流通経路で市販されている。このようにソフトウェアの流通の実態は変化してきている。
    (2)次に、プログラムの無断複製等に伴う紛争が多発し、その一部が法廷に持ち込まれるなど問題が具体化、現実化してきていることである。

    プログラムを開発するためには、多額の資金と多くの人間の長期にわたる努力が必要であるのに対し、そのコピーは簡単にできるため、例えばビデオゲームなどのプログラムの無断コピーが最近横行し、ソフトウェアに関する係争事件が増大している。

    このような状況の中で、プログラムの著作物性を認める判決が昭和57年12月6日に東京地方裁判所で初めて出された。この事件は、ビデオゲーム機のROM(Read Only Memory:読出し専用固定記憶装置)に収められたプログラムの無断複製に関するもので、東京地方裁判所は前記の著作権審議会第2小委員会の見解と同様の考え方に立ち、1)プログラムは学術の著作物であること 2)オブジェクト・プログラムはソース・プログラムの複製物であり、オブジェクト・プログラムを他のROMに収納する行為は、ソース・プログラムの複製に当たることを判示した。なお、昭和58年3月30日に横浜地方裁判所でも同旨の判決が出されている。
    (3)一方、国際機関及び幾つかの国においてソフトウェアの法的保護についての対応が図られてきていることである。

    WIPO(世界知的所有権機関)《注4》では、1971年(昭和46年)からソフトウェアの法的保護に関する検討を始めており、1978年(昭和53年)にWIPOのパリ同盟(パリ工業所有権条約関係)がソフトウェアの保護について国内立法のためのモデル規定を公表した。その後、WIPO国際事務局により「コンピュータ・ソフトウェアの法的保護に関する協定案」が準備され、この検討を行うために1983年(昭和58年)6月にパリ同盟により第2回ソフトウェア法的保護専門家委員会が開催されたが、そこではソフトウェアの保護は著作権法によることができると発言する国が多数を占めた。同委員会ではソフトウェアの有効な国際的保護を何らかの形で図るべきであるとの点で意見の一致をみたが、パリ同盟における特別な国際協定の締結の検討は当分の間行うべきでないことを勧告し、この問題はWIPOのベルヌ同盟(ベルヌ著作権条約関係)及びユネスコ(万国著作権条約関係)の合同の会議による検討を待つことになった。

    また、諸外国においても幾つかの国でソフトウェアについて著作権制度による保護が認められている。アメリカ合衆国では1980年(昭和55年)12月に著作権法を改正し、プログラムの定義規定を設けて、プログラムを著作物として保護することを明らかにし、またプログラムの著作物性を認める多数の判例が出されている。イギリス、西ドイツ、フランス、オランダ等においては立法措置はとられていないが、それぞれソフトウェアが著作権の保護を受けるとの立場をとっている。
    3以上の状況に鑑み、ソフトウェアの法的保護の問題について更に具体的に検討を進める必要があるところから、著作権審議会(稲田清助会長)においては、昭和58年1月にソフトウェア著作権制度により保護した場合の問題点について審議を開始することを決め、そのための審議機関として本第6小委員会が設置され、同年2月から審議に入った。

    本小委員会は、ソフトウェアについての著作権制度による保護の範囲と問題点を明らかにすることを目的とし、1)ソフトウェア及びその法的保護に関する現状 2)ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について検討を行った。

    本小委員会は、昭和58年2月以来1年間に16回にわたる慎重な審議を行い、このたび、その審議結果を中間的にまとめたので、ここに報告する。

    《注1》ソフトウェアとは、「1)プログラム 2)プログラムを作成する過程で得られるシステム設計書、フローチャートをはじめとするプログラム設計書など 3)プログラム説明書などの関連資料」を総称したものをいう。なお、プログラムとは、「機械が読み取ることができる媒体に収納されたときに、情報処理能力を有する機械に特定の機能、作業又は結果を指示させ、遂行させ又は達成させることができる一連の命令」をいう(いずれもWIPOモデル規定による。)。
    《注2》ソ電子計算機納入下取調査(通商産業省機械情報産業局電子機器課)
    《注3》パーソナル・コンピュータの年度別出荷実績(電子工業月報、日本電子工業振興協会)
    《注4》World Intellectual Property Organizationの略称。
    1967年(昭和42年)にストックホルムで作成された世界知的所有権機関設立条約に基づいて設立された国際機関であり、主要な任務としては、全世界にわたって著作権や工業所有権等の知的所有権の保護を改善すること、ベルヌ同盟、パリ同盟の管理業務を行うこと等があげられている。国際連合の専門機関でもある。



    第1章 コンピュータ・ソフトウェア及びその法的保護に関する現状
    I コンピュータ・ソフトウェアの製作、流通、利用の実態
    コンピュータのハードウェア、ソフトウェアの両面にわたる開発、普及はめざましく、目的、用途等も分化している。特に、パソコンの出現後その普及は著しく、それに伴いソフトウェアのパッケージ化が進んでいる。このようなソフトウェアの多様化に伴い、その製作、流通、利用の実態が異なってきているので、ソフトウェアの保護を考えるに当たって、まずはじめにその種類に応じた製作、流通、利用の実態を把握する必要がある。

    1.ソフトウェアの種類
    ソフトウェアは種々の観点から分類されているが、概ね、(1)汎用コンピュータ用ソフトウェア、パソコン用ソフトウェア等(使用するコンピュータの種類による分類)(2)基本プログラム(オペレーティング・システム等)、アプリケーション・プログラム等(機能によるソフトウェアの分類)(3)パッケージ・ソフトウェア、オーダーメード・ソフトウェア(取引形態による分類)(4)ソース・プログラム、オブジェクト・プログラム(記述言語による分類)のような分類の仕方がある。
    (1)汎用コンピュータ用ソフトウェアとは、多目的に利用される大型、中型コンピュータ(汎用コンピュータ)に使用されるソフトウェアで、事務用、科学技術用、機械制御用等多様なものがある。パソコン用ソフトウェアとは、パソコンに使用されるソフトウェアで、従来はゲーム用ソフトが多かったが最近はビジネス用ソフトも増大しつつある。
    (2)基本プログラムとは、ハードウェアを効率よく使用するため、演算装置や入出力装置の使用時間、記憶装置のスペース等を管理、制御するプログラムであり、アプリケーション・プログラムとは給与計算、在庫管理等個々の業務を行うために製作されたプログラムである。
    (3)パッケージ・ソフトウェアとは、広く不特定多数のユーザーに対し販売されるパッケージ化されたソフトウェアで、ソフトウェア・プロダクト又は汎用ソフトウェアとも呼ばれていて、給与計算、構造計算等の標準化、汎用化が可能な業務処理等に使用されるものである。オーダーメード・ソフトウェアとは特定のユーザーの注文に応じて作成されるソフトウェアであり、ソフトウェア企業等がユーザーからの委託等により開発し、当該ユーザーの業務処理に使用されるものである。
    (4)ソース・プログラムとは、プログラミング言語(フォートラン、コボル、アセンブラ等)によって記述されたプログラムであり、オブジェクト・プログラムとは、ソース・プログラムを言語プロセッサによって機械語に翻訳した又は機械語によって直接記述されたプログラムをいう。

    2.ソフトウェア製作の実態
    (1)ソフトウェアの製作者
    ア 汎用コンピュータ用ソフトウェアの製作者
    汎用コンピュータ用ソフトウェアは、主としてメインフレーマー(汎用コンピュータ・メーカー)、情報処理企業(ソフトウェア企業及び情報処理サービス企業)又はコンピュータ・ユーザーによって製作されている。そのうちオペレーティング・システムについてはメインフレーマーが製作する割合が大きく、アプリケーション・プログラムについては、ソフトウェア企業が製作する割合が大きくなっているが、ユーザー内部での製作も多い。
    イ パソコン用ソフトウェアの製作者
    パソコン用ソフトウェアは、パソコンメーカー、パソコン用ソフトウェア企業によって製作されている。なお、一般ユーザーによっても製作されている。

    (2)ソフトウェアの製作過程
    ソフトウェアの製作過程は、ソフトウェアの利用形態、規模、製作主体等により多少異なっているが、おおよそ以下のとおりである。


    (3)製作の形態
    おおよそ次のとおりである。
    ア 自社製作 ソフトウェアを自社で製作する形態
    イ 委託製作 ソフトウェアを委託して製作する形態
    ウ 共同製作 ソフトウェアを共同して製作する形態

    (4)ソフトウェア製作により得られるもの
    プログラム
    システム設計書、フローチャート等のプログラム設計書、利用者マニュアル等のドキュメント
    プログラム製作に係るアイディア、ノウハウ

    3.ソフトウェアの流通、利用の実態

    (1)汎用コンピュータ用ソフトウェアの流通、利用の実態
    汎用コンピュータ用ソフトウェアに関して、情報処理産業におけるオーダーメード・ソフトウェアとパッケージ・ソフトウェアの生産比率をみるとパッケージ・ソフトウェアの占める比率は4%程度(昭和54年)と欧米の情報処理産業におけるパッケージ・ソフトウェアの比率(30~50%、昭和55年)に比べ著しく低い《注》。その理由としては、ユーザーに自社製作意識が強いこと、ハードウェアが多様でプログラムの互換性が低いこと等が考えられる。しかし、今後はパッケージ・ソフトウェアの増加が見込まれる。
    ア オーダーメード・ソフトウェア
    オーダーメード・ソフトウェアは、通常は委託者が受託者に対し製作を委託する契約により、委託者にソフトウェアに関するすべての権利が帰属する例が多い。オーダーメード・ソフトウェアは注文を受けて製作するソフトウェアであるので一品製作のものが多く、限られた範囲にしか流通しない。受託者がソフトウェア製作の過程で得たノウハウ、モジュール等の利用については契約によって定められることが多いが、受託者が自由に利用している例も多いようである。
    イ パッケージ・ソフトウェア
    パッケージ・ソフトウェアについては、通常、製作者は契約によって販売業者に対し非独占的なプログラムの使用を許諾する権利を与えている。製作者(又はソフトウェアに関する一切の権利を有する者)はユーザーに対し、契約によって非独占的にプログラムの使用を許諾する。

    (2)パソコン用ソフトウェアの流通、利用の実態
    パソコン用ソフトウェアは、ハードウェアと完全に分離してパッケージ・ソフトウェアとして流通しているのが通常である。パソコンショップ、書店等でユーザーに販売されている。

    ビジネス用のパソコン用ソフトウェアについては、通常製作者は契約により販売業者に対し、非独占的なプログラムの使用を許諾する権利を与えているが、ソフトウェアに関するすべての権利を販売業者又はユーザーに一括して譲渡する場合もある。

    《注》日本については通商産業省「特定サービス産業実態調査」、欧米については米国Input社等の調査による。


    II 現行法制下におけるコンピュータ・ソフトウェアの保護の範囲、方法
    我が国の現行法制度上、ソフトウェアの法的保護の方法として考えられる次の制度について概観する。

    1.著作権法による保護

    (1)保護の対象
    著作権法の保護の対象は著作物であり、著作権法では著作物について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(第2条第1項第1号)と規定されている。

    プログラムの著作物性については、著作権審議会第2小委員会は、昭和48年6月に公表した報告書の中で「プログラムは、法第2条第1項第1号にいう『思想を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するもの』として著作物でありうる」(同報告書11頁)としている。また、裁判所においてもビデオゲームのプログラム無断複製事件について、昭和57年12月6日に東京地方裁判所がプログラムは学術の著作物として保護される旨判示し、昭和58年3月30日に横浜地方裁判所も同様に判示している。

    (2)保護の内容
    プログラムの著作者には、著作者人格権として公表権(第18条)、氏名表示権(第19条)、同一性保持権(第20条)が認められ、また、著作権として複製権(第21条)、翻案権(第27条)等が認められる。

    (3)権利の発生
    著作権及び著作者人格権は著作物が創作された時点で発生し、保護のために何らの手続きの履行を要しない(無方式主義)(第17条第2項)。

    (4)保護期間
    著作権の原則的保護期間は、著作物の創作の時点から著作者の死後50年までである(第51条第2項)。ただし、著作者が法人である場合は公表後50年(公表されない場合は創作後50年)までである(第53条)。

    なお、著作者人格権は著作者の一身に専属するものであるが、著作者の死後においても人格権侵害となるべき行為は禁じられている(第59条、第60条)。

    (5)救済制度
    ア あっせん制度
    簡易、迅速な紛争解決のため、文化庁長官が事件ごとに委嘱するあっせん委員によるあっせん制度を利用することができる(第105条)。
    イ 民事上の救済
    著作権、著作者人格権が侵害された場合には、差止請求(第112条)、損害賠償請求(民法第709条、第710条)、名誉回復措置の請求(第115条)などを行うことができる。
    なお、損害額については推定等の規定(第114条)があり、挙証責任が転換されている。
    ウ 刑事上の制裁
    著作権、著作者人格権を侵害すると、懲役又は罰金の刑事罰が課される(第119条)。本罪は、親告罪である(第123条)。

    2.特許法による保護

    (1)保護の対象
    特許法の保護の対象は発明であり、発明については「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されている(第2条第1項)。

    発明が特許を受けるための要件としては、1)産業上の利用可能性(第29条第1項) 2)新規性(第29条第1項) 3)進歩性(第29条第2項) 4)先願性(第39条)が規定されている。

    プログラムの特許性については、プログラムが第2条第1項の自然法則を利用した発明であるかという点が従来論議されてきたが、特許庁では、昭和50年12月に「コンピュータ・プログラムに関する発明についての審査基準(その1)」を公表し、プログラムの形で記述されている作業のための一定の手順は、特定の因果関係を利用して所期の目的を達成する点で、一つの技術的思想の創作と考えられ、計算機の構造、内部作用に起因する因果関係だけでなく、特定の結果を得るために利用されている因果関係が自然法則に基づいている場合には、特許の対象となり得るとの判断を示した。さらに、昭和57年12月に公表した「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての運用指針」では、プログラム及びそれを組み込んだマイクロコンピュータが他の装置と組み合わされたとき、装置全体が装置発明として特許の対象となり得るとの判断を示した。

    (2)保護の内容
    特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する(第68条)。
    実施とは、1)物の発明については、その物の生産、譲渡、貸与と譲渡あるいは貸与のための展示、輸入 2)方法の発明については、方法の使用 3)物を生産する方法の発明については、その方法の使用、その方法により生産した物の使用、譲渡、貸与と譲渡あるいは貸与のための展示、輸入である(第2条第2項)。

    (3)権利の発生
    特許権は、審査を経て設定の登録により発生する(方式主義)(第66条第1項)。

    (4)保護期間
    特許権は、出願公告の日から15年をもって終了するが、特許出願の日から20年を超えない(第67条第1項)。

    (5)救済制度
    ア 判定制度(第71条)、審判制度(第121条~第176条)
    イ 民事上の救済
    特許権が侵害された場合には、差止請求(第100条)、損害賠償請求(民法第709条)、信用回復の措置請求(第106条)などを行うことができる。また、過失の推定規定(第103条)、損害の額の推定規定(第102条)が設けられている。
    ウ 刑事上の制裁
    特許権を侵害すると、懲役又は罰金の刑事罰が課される(第196条第1項)。本罪は、親告罪である(第196条第3項)。

    3.契約による保護
    (1)ソフトウェアの開発者は、ユーザーとの使用許諾契約等の締結により、契約に反する使用からソフトウェアの保護を図ることができる。実際に契約に盛り込まれている内容としては、使用の許諾、無断複製の禁止、無断改変の禁止、契約期間、保管義務、守秘義務、使用機種や使用場所の特定などがある。
    (2)契約の解除、瑕疵担保責任、債務不履行に基づく損害賠償請求等については、契約に定めがあればそれに従い、定めのない場合は民法の規定による(民法第415条、第540条~548条)。
    (3)契約の効力は当事者間にしか及ばないので、通常は第三者による権利侵害に対しては対抗できないが、契約当事者に対して債務不履行に基づく損害賠償を請求することができる。

    4.不法行為法等による保護

    (1)不法行為法
    民法第709条では、故意又は過失による権利侵害行為者に対する損害賠償請求権を定めている。トレード・シークレット《注》としてのソフトウェアは財産上の利益であり、その製作者の利益が第三者の故意又は過失により侵害された場合には、製作者は第三者に対して損害賠償を請求することができるという説が有力である。この場合に差止請求することができるかどうかについて、判例・通説は否定している。また、この場合に著作権法第114条や特許法第102条のような損害額の推定規定を類推適用できるかどうかについては、学説上肯定説、否定説に分かれている。

    (2)その他
    プログラム使用許諾契約が許諾を与えた側の事由で無効であるのにそれを知らずにプログラムの利用を行った場合、あるいは、コンピュータへ不法にアクセスしてプログラムの利用を行った場合などについては、不当利得制度を活用し、そのことにより利益を得ている者から損失を受けている者に対して利益を返還させることが考えられる。

    不当利得制度では、後者のような悪意の場合でも、返還させ得るのは損失額すなわち通常の使用料相当額にとどまるので、受益者がそれ以上の利益を得ていた場合には、そのすべてを返還させることはできない。このような場合に超過利得の返還をさせるためには、準事務管理制度の活用が考えられる。

    準事務管理制度とは、事務管理の規定(民法第697条)が「他人のためにする意思」を要件とするため、自己のためにする意思しかない場合には適用されないこととなってしまうので、このような場合にも事務管理の規定を類推適用しようとするものであり、多数の学説が肯定しているところである。

    著作権法においては、第114条で侵害者の利益を損害額と推定するという規定が置かれているので、準事務管理制度を活用する意義は少ないとする考え方もあるが、侵害者がどの程度利益を得ているか計算できるようにするため、侵害者に報告義務を課す(民法第701条による第645条の準用)ことができるという点において、なお準事務管理制度を活用する意義があると考えられる。
    《注》トレード・シークレットとは業務上の秘密のことであり、その秘密性を保ちつつ自ら利用したり、あるいは他人に利用させることにより、それを知らない者より競争上有利になるものをいう。

    5.不正競争防止法による保護
    不正競争防止法では、日本国内で広く認識された他人の氏名、商号、商標、商品の容器包装その他他人の商品であることを示す表示と同一又は類似のものを使用したり、それを使用した商品を販売したりして、他人の商品との混同を生ずる行為に対して、差止請求権(第1条)、損害賠償請求権(第1条の2)、信用回復請求権(第1条の2)を認め、さらに刑事罰を規定している(第5条第2号)。

    ビデオゲームのプログラムを不正競争防止法により間接的に保護した判例として、プログラムを無断複製して製作したビデオゲームを販売した事件について、映像に商品表示性を認めて、第1条第1項第1号にいう他人の商品との混同を生じさせる行為に当たると判断して、差止めの仮処分を認めた決定(昭和54年12月28日大阪地裁)、損害賠償請求を認めた判決(昭和57年9月27日東京地裁、昭和58年3月30日大阪地裁)などがある。

    6.刑事法による保護
    (1)ソフトウェアは財産的価値があり取引の対象となっているが、無体物であるので刑法上の財物とはいえず、窃盗罪、横領罪、賍物罪の客体にはならない。しかし、紙やテープという有体物に化体したソフトウェアに関しては、その有体物が財物であるので財産罪の客体になり得ると考えられる。昭和58年2月にシステム設計書のコピー等を大量に持ち出したことにより業務上横領罪の容疑で4人が逮捕された事件については後者の事例になるかどうかが問題となっている。
    (2)電磁的記録物の文書性について、最近の有力説及び判例は肯定しているので、この見解に従えば、磁気テープ等に収納されたプログラムの抹消を行えば文書毀棄罪(刑法第258条、第259条)が成立する可能性がある。
    (3)ソフトウェアなどの企業秘密を漏らせば、背任罪(刑法第247条)又は特別背任罪(商法第486条)が成立する場合が考えられる。しかし、背任罪の要件として、1)任務違背 2)財産上の損害の発生 3)自己若しくは第三者の利益を図り、又は本人に損害を加える目的を有することが要求されており、要件がしぼられている。
    (4)特別刑法の領域では、著作権法(第119条)、特許法(第196条)、不正競争防止法(第5条)に罰則規定がある。


    III 各国及び国際機関におけるコンピュータ・ソフトウェアの
      法的保護に関する動向
    ソフトウェアについては国際的な流通性を有するため国際的な保護が図られることが望ましく、この問題についての国際的な動向に十分留意する必要があることに鑑み、アメリカ合衆国、イギリス、西ドイツ等における政府機関等による検討、立法、判例の動向及びWIPO等国際機関における動向を把握することとする。

    1.各国におけるプログラムの法的保護の動向

    【アメリカ合衆国】

    (1)著作権法による保護
    ア 行政、立法の動向
    旧著作権法(1909年制定)の下では、プログラムが著作物として保護されるか否か明確でなかったが、1964年(昭和39年)に著作権局がプログラムの著作権登録を認めることを決定した。1975年(昭和50年)には「新技術による著作物の使用に関する国家委員会」(the National Commission on New Technological Uses of Copyrighted Works. 以下「CONTU」という。)が設置され、コンピュータ及び複写の問題について検討を開始した。

    また、1976年(昭和51年)に著作権法の全面改正が行われ、1978年(昭和53年)から施行された。プログラムに関する改正内容の主な点は、1)文芸の著作物(literary works)の中にプログラムが含まれ得るよう定義したこと(第101条) 2)著作物の複製物は著作物を直接外部から知覚し得るものである必要がないことを明確化したこと(第101条) 3)コンピュータに関連する著作物の使用については、旧法下における法的状態を暫定的に維持したこと(旧第117条)などである。

    1978年(昭和53年)にCONTUが最終報告書を発表し、プログラムの保護について著作権法の一部改正を行うよう勧告した。1980年(昭和55年)12月にCONTUの勧告に従ってプログラムに関して著作権法の一部が改正され、1981年(昭和56年)から施行された。改正内容の主な点は、1)旧第117条を廃止し、著作物のコンピュータ使用に関し現行著作権法を全面適用したこと 2)プログラムの定義規定を新設したこと(第101条) 3)プログラムの複製物の正当な所有者とその同意を得た者が、コンピュータの使用に関連して、一定条件の下にそのプログラムの複製物又は翻案物を作成することを認めたこと(新第117条)である。
    1982年(昭和57年)にソフトウェアに関する著作権法の一部改正法案(カステンマイヤー法案)が下院に提出された。改正法案の主な内容は、1)WIPOモデル規定中のソフトウェアの定義を採用すること

    2)著作権法による保護がトレード・シークレット法(州法)による保護を排除するものではないことを明確化すること 3)未発行著作物に著作権表示を記すことは発行又は公表に該当しないことを明確化すること 4)著作権表示として(C)という表示を許容すること 5)機密としてのソフトウェア又は特定の範囲において保持、領布されたソフトウェアの保全納入(secure deposit)制を導入することである。

    以上行政、立法の動向の経緯をみてきたが、1976年改正著作権法の下で、著作物が創作されたときに自動的に著作権を取得することとなり、著作物の登録あるいは著作権表示は著作権取得の要件として必要でなくなった。しかし、著作権侵害を理由として訴訟を提起する場合には、その前提として、著作権の登録及び著作物の納入が必要である。なお、この納入については実務上ソース・プログラムの最初と最後の25頁ずつを行えばよいこととなっている。

    イ 判例の動向
    ROMに固定されたオブジェクト・プログラムが著作物の複製物であるか否かについて多数の判例《注》は著作権法による保護を肯定している。なお、人間に情報を伝えるものでなければ著作物でないとの考え方から、ROMに固定されたオブジェクト・プログラムの著作物性に唯一疑義を呈していたアップル・コンピュータ対フランクリン・コンピュータ事件に関する1982年(昭和57年)7月のペンシルバニア東部地方裁判所の判決については、1983年(昭和58年)8月の第3巡回区控訴裁判所の判決がこれを覆して、著作権法による保護を肯定する判断を示したところから、この問題についてのアメリカ合衆国の判例もほぼ固まったと考えられる。
    《注》著作権による保護を肯定した主な判決
    タンディー対マイクロ・コンピュータ事件(1981年8月、カリフォルニア北部地裁判決)
    ウイリアム・エレクトロニクス対アーティック・インターナショナル事件(1982年8月、第3巡回区控訴裁判決)
    アップル・コンピュータ対フォーミュラ・インターナショナル事件(1983年4月、カリフォルニア中部地裁判決)
    アップル・コンピュータ対フランクリン・コンピュータ事件(1983年8月、第3巡回区控訴裁判決)

    (2)特許法による保護
    プログラムの特許法による保護については、取扱いはまだ確定していない。関税特許控訴裁判所(CCPA)が特許性を認める判決を出して以来、ある種の発明に特許を認めるようになったが、連邦最高裁判所では、プログラム自体に特許性があるかという点についてはまだ判断していない。従って、プログラムが特許性ある発明に該当する場合には特許法が適用される可能性があり、1981年に特許商標局で特許ガイドラインが作成されている。しかしながら、特許を取るためには、1)対象(方法、機械)があること 2)新規性があること 3)有用性があること 4)創造性があることの要件を満たす必要があるので、プログラムが特許法によって保護される可能性は少ないと考えられる。

    (3)トレード・シークレットとしての保護
    プログラムがトレード・シークレットとして州法により保護されることが判例において認められている。

    【イギリス】

    (1)著作権法による保護
    ア 行政、立法の動向
    著作権法及び意匠法改正委員会が1973年(昭和48年)に設置され、1977年(昭和52年)に報告書(通称ウィットフォード・レポート)が提出されている。プログラムに関する勧告の主な点は、1)プログラムは著作権法上明確に保護すべきこと 2)プログラムその他の著作物をコンピュータの記憶装置に蓄積することは著作権が及ぶ行為とすべきこと 3プログラム及びデータ編集物の権利者及び保護期間については、他の著作物と同様に取り扱うべきこと 4)委員の多数は、プログラムの無許諾の「使用」は侵害とすべきであると考えていることなどである。

    1981年(昭和56年)にウィットフォード・レポートに対する政府見解として、著作権法改正に関するグリーン・ペーパーが公表された。この政府見解ではプログラムの保護についてウィットフォード・レポートの結論を概ね支持しつつ、プログラムの使用については特別の権利を認めることに反対している。その主な内容は、1)プログラムは現行著作権法により既に保護されており、政府もプログラムに著作権法を適用することを認める 2)権利者、保護期間等の問題については他の著作物と同様に考えられる 3)プログラムその他の著作物をコンピュータに入れる行為は、著作権が及ぶ行為とすべきであり、この点を明確にするため、複製の定義を改正すべきである 4)プログラムをコンピュータに最初に入れることについて著作者がコントロールできれば十分であり、使用をコントロールする権利を認める必要はないというものである。
    なお、これに従った立法的対応はまだ行われていない。

    イ 判例の動向
    プログラムの保護について著作権法を根拠としていると思われる決定はあるが、プログラムそのものが著作物であるか否かについての判決はまだ出されていない。

    (2)特許法による保護
    特許法は、ヨーロッパ特許条約と同様に、特許の保護対象からプログラムを除外しているが、プログラムを含んだ発明については、特許の可能性を否定していないと考えられている。

    (3)トレード・シークレットとしての保護
    ソフトウェアはトレード・シークレットとしてコモンローによる保護が可能であると考えられている。


    【西ドイツ】

    (1)著作権法による保護
    ア 行政、立法の動向
    ソフトウェアの保護について政府機関における本格的検討や立法的対応は行われていないが、司法省は1982年(昭和57年)9月の西ドイツ工業所有権・著作権協会(GRUR)に対する書簡において、プログラムは現行著作権法上著作物と認められ、既に十分な保護が与えられているので、法改正は必要ないという見解を示している。

    イ 判例の動向
    多数の判例はプログラムの著作物性を肯定している。(1981年5月カッセル地裁判決、1982年7月モスバッハ地裁判決、1982年12月ミュンヘン地裁判決等)

    なお、1981年(昭和56年)6月に出されたマンハイム地方裁判所判決が唯一プログラムの著作物性を否定していたが、同判決は控訴審(カールスルーエ高裁)において、1983年(昭和58年)2月に破棄され、プログラムの著作物性が肯定されたのをみれば、西ドイツの判例もほぼ固まったものと思われる。

    (2)特許法による保護
    特許法は、ヨーロッパ特許条約と同様に、特許の保護対象からプログラムを除外しているが、プログラムを含んだ発明については、特許の可能性を否定していないと考えられている。


    【フランス】

    (1)著作権法による保護

    ア 行政、立法の動向
    司法省は、ソフトウェアが著作権の保護を受けるとの立場をとっている。

    イ 判例の動向
    1982年(昭和57年)11月にパリ控訴裁判所が、プログラムは精神的創作物であること、プログラム製作者は多くの表現形式の中から選択を行うものであり、このような選択行為の中にプログラム製作者の個性の現れがある旨判示し、プログラムの著作物性を認めている。

    (2)特許法による保護
    特許法は、ヨーロッパ特許条約と同様に、特許の保護対象からプログラムを除外しているが、プログラムを含んだ発明については、特許の可能性を否定していないと考えられている。

    【その他の国】
    判例で著作権法によるプログラムの保護を肯定しているその他の国としては、オランダ、ハンガリー等がある。
    なお、オーストラリアでは著作権法によるプログラムの保護を否定する判決が1983年(昭和58年)12月に出されているが、現在控訴されている。


    2.国際機関におけるコンピュータ・ソフトウェアの
      法的保護に関する検討の動向

    (1)WIPO(世界知的所有権機関)のパリ同盟
      (パリ工業所有権条約関係)における検討
    WIPOは、1971年(昭和46年)にプログラムの保護に関する検討を開始した。その後専門家会議等による検討を経て、1978年(昭和53年)にWIPOのパリ同盟が国内立法のガイドラインとして、「コンピュータ・ソフトウェアの保護に関するモデル規定」を発表した。

    このモデル規定の主な内容は、ソフトウェアを保護の対象とし、ソフトウェアの開示、複製等の権利を最初の使用の時点から20年間保護するというものである。

    1979年(昭和54年)にWIPOは、ソフトウェアの法的保護に関する第1回専門家委員会を開催して、ソフトウェアの法的保護についての国際協力の促進方法について検討した。この結果に基づき、1981年(昭和56年)にソフトウェアの国際保護に関するアンケート調査を実施したところ、過半数の国はソフトウェアの保護のための新しい協定の制定が望ましいと回答した。そのため、WIPO国際事務局は前記モデル規定をもとに「コンピュータ・ソフトウェアの法的保護に関する協定案」を準備した。

    1983年(昭和58年)6月に第2回専門家委員会がジュネーブに開催され、前記の調査結果の分析と協定案を基礎資料として討議が行われた。その結果、ソフトウェアの国際的保護を図るべきであるとの意見の一致をみたが、ソフトウェアを著作権法によって保護する傾向が先進諸国において強まっており、このような状態において内国民待遇の原則により、それらの国の間で国際的保護の必要性が国際著作権条約によってかなりの程度まで満たされ得ることが確認された。こうしたところから、パリ同盟における特別な国際協定の締結の検討は当分の間行うべきではないことを勧告し、WIPO(ベルヌ同盟)及びユネスコの合同による国際的検討を待つこととなった。

    なお、一般討議における各国の発言要旨は次のとおりであり、ソフトウェアの保護は著作権法によることができると発言する国が多数を占めている。

    《著作権制度による保護を主張した国》
    【アメリカ合衆国】アメリカ合衆国最高裁判所は、コンピュータに組み込まれたプロセスについては特許による保護を認めたが、プログラム自体は特許の対象とはならず、著作権法によってのみ保護され得ると判示した。最近の著作権法改正がこの点についての疑義を一掃した。国内のソフトウェア製作者は外国においても著作権法による保護を確保している。現在著作権と特許権による保護が不十分とされる場合にのみ特別協定が必要である。
    【西ドイツ】ソフトウェアは西ドイツ著作権法上著作物とみることができるので、ソフトウェアについて著作権保護が可能であると考える。この見解は最近の判決によって確認された。国際的保護は現行条約によって確保することができるので、新しい協定は必要ない。
    【イギリス】特別研究(ウィットフォード・レポート及びグリーン・ペーパー)で、ソフトウェアの保護には著作権法が適用される旨を明確化するよう示唆された。新しい協定は、著作権法による保護の可能性を乱すという危険を呈する。
    【フランス】司法省は、ソフトウェアが著作権による保護を受けるとの立場をとっている。ソフトウェアが著作権保護を受ける著作物であるかどうか、また、保護が望まれるすべての行為が著作権法によってカバーされるかどうかを検討すべきである。特別協定は、現行条約では不十分である場合にのみ必要とされる。ベルヌ・万国両著作権条約の適用範囲を更に検討すべきである。
    【オランダ】できる限り現行著作権条約によってソフトウェアの保護を確保すべきである。最近の判決から著作権法がソフトウェア保護のための最適な基盤であると思われる。著作権では不十分である場合にのみ特別のアプローチを考えるべきである。
    【デンマーク】ソフトウェアの保護を確保するために著作権法を一般的に適用することができるが、若干の明確化は必要かも知れない。新しい協定の締結については、現行条約を考慮しつつ更に研究する必要がある。
    【ハンガリー】ソフトウェアが著作権による保護を受けることは明らかであり、これは最近の判決によって確認されている。新しい協定が望ましいのならば、ベルヌ条約第20条に基づく特別協定として締結すべきである。
    【イタリア】現行条約はソフトウェアの保護を明確にはカバーしない。国内的には著作権法による保護を求める傾向にある。新しい協定が必要であるならば、ベルヌ条約の附属議定書を締結することが適当であろう。

    《工業所有権による保護を主張した国》
    【オーストラリア】著作権法は最終的なプログラムのみを保護し、その基礎となるアイディアを保護することができない。著作権法による保護はプログラムの複製についてのみであるので、コンピュータの操作におけるプログラムの使用がプログラムの複製かどうか疑問である。著作権法による保護期間は長すぎ、10年から20年で十分である。特許法が技術の複製のみならずその使用をもカバーし、また、新技術の使用についての需要を考慮した保護期間を定めていることは、特許法によるアプローチに賛成する論拠となる。

    《検討中の国》
    インド、オーストリア、フィンランド

    (2)WIPOのベルヌ同盟(著作権関係)及びユネスコにおける検討
    WIPOのベルヌ同盟及びユネスコにおいては、コンピュータに関する著作権問題のうち、著作物のコンピュータへの蓄積、再生及びコンピュータ創作物に関する問題についての検討を行ってきたが、従来ソフトウェアの保護についての検討は行われていなかった。しかし、1983年(昭和58年)12月に開催されたベルヌ同盟執行委員会及びユネスコの万国著作権条約政府間委員会の合同会議においてソフトウェアの法的保護の問題が取り上げられ、アメリカ合衆国、西ドイツ、イギリス、フランス、スウェーデン等大多数の参加国がソフトウェアの著作権による保護の問題は重要であり、この問題を早急に検討する必要があると強調し、そのための専門家委員会が近く開催されることとなっている。

    なお、同合同会議において、オーストラリアは、プログラムは著作物でないとした1983年(昭和58年)12月の同国連邦裁判所判決に言及し、この判決については控訴がなされているので、著作権所管省がこの問題を徹底的に研究することを決めていると述べた。



    第2章 コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護に関する諸問題
    ソフトウェアを著作権制度により保護することとした場合の、保護の目的、保護の対象、保護の享受者、保護の内容、権利の制限、保護の要件、保護期間、救済制度等の諸点からみた問題点について、ソフトウェアの特性や実態を十分考慮しつつ詳細に検討した。その際、まず、現行著作権法を前提とした場合の問題点を明らかにし、それに対して著作権法の改正を要するかどうかについて検討を行った。

    I 保護の目的
    著作権法は、その目的について「この法律は、著作物並びに実演、レコード及び放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(第1条)と規定している。

    このような著作権法の基本的な考え方がソフトウェア、特にプログラムの法的保護になじむかどうか検討を行った。

    プログラムは、ソフトウェア・メーカーの工場、オフィスに限らず、一般企業、大学、研究機関、家庭などのあらゆる場で製作されている。また、利用の面においても、産業活動における利用にとどまらず、一般事務処理、科学研究、教育活動、医療、交通管制、通信、芸術、娯楽など、社会活動のあらゆる場面に及んでおり、家庭生活における利用にも広がっている。この傾向は今後更に強まるであろう。

    このようにプログラムは広範な場において製作され、かつ、人間が活動するあらゆる場面で利用されており、人間生活の各分野に深くかかわって大きな役割を果している。その意味でプログラムの内容の向上は終局的には文化の発展に寄与するものであると考えられる。
    プログラムについては、その法的保護を充実してプログラム製作者の開発意欲を高め、そのことにより質的向上を図るとともに、一方で適正かつ円滑な利用に配慮する必要があるが、著作権法はその目的からも明らかなように権利保護と利用の調和を図っており、プログラムにおけるこのような要請に合致するものである。

    このようにみてくると、著作物の保護と利用の調和による文化の発展への寄与という著作権法の目的とするところは、プログラムの法的保護にとってもふさわしいものである。
    これに対して、プログラムはコンピュータの利用技術であり、そのため、既存の著作物とは、効率、効用の向上を目的とする点で異なる性格を有すること、その大部分が産業経済活動に伴い開発、利用されること等から、あくまでも産業政策的な観点に立ってその保護を図るべきであり、工業所有権的保護になじむものであるとの意見があった。

    II 保護の対象

    著作権法の保護の対象は、著作物である。
    現行著作権法は、著作物について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(第2条第1項第1号)と規定している。この定義から、著作物というためには、著作者独自の精神的創作物であること及び思想、感情が何らかの形で表現されていることが必要である。

    1.プログラムの著作物性
    プログラムの著作物性については、著作権審議会第2小委員会が昭和48年6月に公表した報告書で、「プログラムの多くは、いくつかの命令の組み合わせ方にプログラムの作成者の学術的思想が表現され、かつ、その組み合わせ方および組み合わせの表現はプログラムの作成者によって個性的な相違があるので、プログラムは、法第2条第1項第1号にいう『思想を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するもの』として著作物でありうる」(同報告書11頁)としている。

    また、プログラムの無断複製事件について、昭和57年12月6日に東京地方裁判所が著作権審議会第2小委員会報告書の見解と同様の考え方に立ってプログラムは著作物であると判示し、昭和58年3月30日には横浜地方裁判所も同様の判決を出している。

    本小委員会では、以上の点を踏まえ、最近問題となっている、(1)プログラムの種類と著作物性 (2)オブジェクト・プログラムの著作物性 (3)ファームウェア化されたプログラムの著作物性 (4)プログラムのモジュールの著作物性について検討を行った。

    (1)プログラムの種類と著作物性
    プログラムは、使用目的、利用態様等によりいろいろな種類があるので、例えば、プログラムを基本プログラムと業務用アプリケーション・プログラムと娯楽用アプリケーション・プログラム、あるいは産業用プログラムと芸術用プログラムなど幾つかの種類に分類して著作物性を考えるべきであるという意見があったが、そもそも著作物性を判断する場合に使用目的、利用態様等を基準にすることは理由がなく、プログラムに創作性があれば著作物と言えると考えられる。また、著作物性の有無による区別ではなく、使用目的など他の基準によって著作権法に取り込むプログラムと、それ以外のプログラムに分けることはできないかとの意見もあったが、これについては実際上このような基準によってプログラムを判然と分けることは困難であるとの意見が大方であった。

    (2)オブジェクト・プログラムの著作物性
    オブジェクト・プログラムの著作物性について、第2小委員会報告書では「ソース・プログラムを変更して作成したオブジェクト・プログラムはソース・プログラムの複製物であるにすぎない。その変更は、アセンブラーやコンパイラー等の変換プログラムによって機械的に行われるため創作とはいいがたい」(同報告書13頁)と述べている。

    オブジェクト・プログラムについて、1)アセンブリ言語で書かれたソース・プログラムをアセンブラーにより変換した場合、2)コボル、フォートランのような高級言語で書かれたソース・プログラムをコンパイラーにより変換した場合、3)直接オブジェクト・プログラムを作成した場合があるので、それぞれの場合に分けて検討を行った。1)の場合は、一つのソース・プログラムに対しアセンブラーの種類にかかわらず常に同一のオブジェクト・プログラムが得られるので、そこに創作性の加わる余地がなく、ソース・プログラムの複製と考えられる。3)の場合のように直接オブジェクト・プログラムが作成された場合は、そこで初めて創作行為が行われて思想が客観的な存在として具体化されるので、オブジェクト・プログラム自体が著作物と考えられる。

    問題となるのは2)の場合で、オブジェクト・プログラムは二次的著作物と考えられるのではないかという点である。すなわち、ソース・プログラムからコンパイラーといった変換プログラムを使ってオブジェクト・プログラムに変換する場合に、ソース・プログラムは同一でもコンパイラーの種類に違いがある場合、また、コンパイラーは同じでもその使い方(オプティマイゼイション(最適化)の指定をするか否か、また指定した場合のその水準)に違いがある場合は、種々のオブジェクト・プログラムが作成されるので、そこに創作行為が介在しているのではないかという点である。

    しかし、このことについては、a)そもそも二次的著作物の作成は、特定の著作物に創作性を加えて著作物を作成するという行為であるが、コンパイラーの作成者の行為は、特定のプログラミング言語により記述されたソース・プログラムをそのままコンピュータを作動させ得る表現に変換する一般的な仕組みをコンパイラーとして具体化したにすぎないので、それを用いた具体的な個々のオブジェクト・プログラムの作成について創作的行為を行ったと評価することは困難であること b)オプティマイゼイションの指定自体は、結果的には作成可能なオブジェクト・プログラムの幾つかの種類の中から一つを選択する行為と等しいため、そのことが二次的著作物の作成行為に該当すると考えることはできないことから、2)の場合についてもオブジェクト・プログラムはソース・プログラムの複製物にすぎないとの意見が大方であった。これに対して、オブジェクト・プログラムを二次的著作物とみることができる場合もあり得るとの意見もあった。

    (3)ファームウェア化されたプログラムの著作物性
    ファームウェアとは、通常はプログラムの固定記憶装置ROMに記憶させてハードウェアに組み込んだもので、一定の機能を果すために用いられるものをいう。このファームウェアが用いられている身近な例としてはビデオゲーム機があり、汎用コンピュータについてもオペレーテイング・システムを中心にROMが用いられるようになってきた。また、ROMは最近では電子レンジ、冷蔵庫等の家庭用品や自動車にまで使用されている。

    このようなROMは、一見すると機械の一部のように見えるので、このROMに組み込まれたプログラムについても著作物性が認められるかどうか検討を行ったが、この点についてはオブジェクト・プログラムが外部記憶装置の磁気ディスクや磁気テープに固定されているのと同様にROMに固定されているのであって、そのことによってROMの中に存在するプログラムそのものの著作物性を失うものではないと考えられる。

    (4)プログラムのモジュールの著作物性
    通常プログラムは種々のモジュール(基本単位)で構成されており、既存のモジュールを用いてプログラムを作成する場合等があるので、全体のプログラムの著作物性とは別に、個々のモジュールの著作物性について検討する必要がある。この点については、個々のモジュールについても一つのまとまりのある思想の表現と言い得る限り、著作物として保護されると考えられる。

    なお、既存のプログラムやモジュールを組み合わせて作った全体のプログラムについては、通常は法第12条第1項で規定する「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有する」編集著作物として保護される。
    ところで、編集著作物の著作権はその編集者が取得するが、編集者の権利が及ぶのは編集著作物を全体として利用する場合に限られ、個々の著作物の利用については、それぞれ著作者の権利のみが及ぶ(第12条第2項)。従って、既存のプログラムやモジュールを組み合わせた編集著作物を構成している個々のモジュールを利用する場合には、個々のモジュールの著作者の許諾を得ればよい。

    2.その他のソフトウェアの著作物性
    プログラムの作成は、システム設計、プログラム設計の過程を経て行われ、その後プログラム説明書が作成されるのが一般的であるが、これらの行為によって作成されたシステム設計書、フローチャート等のプログラム設計書、プログラム説明書はそれぞれ独立した著作物として保護される。第2小委員会報告書でも同様の趣旨が述べられている(同報告書29頁)。

    なお、既存のフローチャートを見てプログラムを作成する場合は、通常はそのフローチャートからアルゴリズム(解法)を抽出して、それを用いてプログラムを作成するのであるから、そのプログラムはフローチャートとは別個独立の著作物と考えてよい。

    3.アウトプットされる創作物の著作物性
    プログラムの実行の結果として得られるものの著作物性については、建築の設計図が学術の著作物として保護され、それに基づいて建築された建物が建築の著作物として保護されるのと同様に、プログラムのアウトプットされる創作物とはそれぞれ独立した別個の著作物であると解すべきである。

    (まとめ)
    以上検討の結果、現行法上もプログラムが著作物であることは明らかであるが、このことをより明確にするため、著作物の例示規定(第10条)にプログラムを明示すべきであり、これに関連してプログラムの定義規定を設けることを検討すべきである。


    III 保護の享受者

    1.ソフトウェアの著作者
    著作権法は、著作者について「著作物を創作する者をいう」(第2条第1項第2号)と定義している。「創作」とは思想感情を整理統合して独自の表現として具体化する行為をいい、本来自然人のみがなし得る行為であるが、第15条で法人等に一定の要件のもとに著作者たる地位を認めている。なお、2人以上の者が共同して創作した著作物であって、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの(第2条第1項第12号)の著作者は、共同して著作物を創作した者全員である。

    ソフトウェアの著作者はそれを創作した者である。ソフトウェアについては、ソフトウェアを製作する企業のシステムエンジニア、プログラマー等企業の従業員が多数関与して作成したり、企業が自社でプログラムの全部を製作しないで一部を他社に委託する等の場合が比較的多く、こうした場合の第15条(法人著作)の規定の適用関係について検討を行った。
    第15条では、「法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする」と規定されている。プログラムの著作者が第15条の適用を受けて法人であるといえるためには、1)その法人の発意に基づくものであること 2)その法人の業務に従事する者が職務上作成するものであること 3)その法人の著作名義で公表するものであること 4)契約、勤務規則その他に別段の定めがないことの要件のすべてを満たす必要がある。この要件をすべて満たせば法人は著作者となり、著作権及び著作者人格権を取得する。この要件を満たしているかどうかを判断するに当たって、特に問題となるのは2)及び3)の要件の具体的適用関係である。

    まず2)の要件については、自社でプログラムを作成する場合に自社の従業員以外の部外者がプログラム作成に参加した場合に、この部外者がどのような立場に立つかが問題となる。この部外者がプログラムの作成に当たって企業の従業員に助言等を行うが、具体的な創作行為に参加したと言えない場合には著作者たる地位に立てないのはもちろんである。しかし、この部外者がプログラム創作行為に参加したと言えるような場合には、この部外者は企業の従業員ではなく独立の地位に立つので、作成されたプログラムは企業とこの部外者の共同著作物になると考えられる。これに対し、そのような場合には、第15条の「法人等の業務に従事する者」を厳格に解釈するのではなくて、法人と個人との間に一定の身分関係の存することを必ずしも必要とせず、法人等の従業員と同様に法人等の指揮、命令を受けている場合にはこの要件を満たしているとの解釈も可能であり、この解釈に立てば、企業が単独で著作者の地位に立つと考えることができるとの意見もあった。

    次に、3)の要件については、プログラムが、a)未公表の場合、b)無名で公表される場合、c)著作者でない者の名義が付されて公表される場合に分けて検討を行った。

    まず、a)の場合としては、例えば、自社だけで使用する目的で作成されたアプリケーション・プログラムが未公表のまま利用される場合が考えられる。3)の要件には、実際に世の中に法人名義で公表されたもののほか、仮に公表されるとすれば法人の名義で公表される性格のものも含まれると解されるので、このようなプログラムは3)の要件を満たすものと考えられる。

    次にb)の場合については、法人が著作者であるという解釈と実際にプログラムを作成した者が著作者であるという解釈に分かれるところであるが、プログラムの場合無名で公表されるものも多く、著作者名を仮に表示するとしたならば、その性格上法人名を表示するものについては法人著作であることを明確にすべきであるとの意見もあった。

    c)の場合としては、他社に委託し製作したプログラムを自社の名義で公表し利用に供することが考えられる。委託会社が受託会社と共同してプランニングを行い、システム設計、プログラム設計、プログラミング等をすべて受託会社が行ったプログラムの著作者は、未公表の場合は受託会社であるが、委託会社の名義で公表した場合には受託会社が著作者と言えるかどうかが問題となる。この場合は、受託会社は3)の要件を欠き、このプログラムの著作者は、受託会社のプログラム製作に関与した従業員の共同著作となると考えられるが、その製作の実態から受託会社を著作者とすべきであるとの意見があった。

    2.ソフトウェアについての権利の帰属
    ソフトウェアの権利の帰属について、第29条(映画の著作物の著作権の帰属)のように著作者以外に権利を帰属させる特別の規定を考える必要があるかどうかについては、基本的には第15条の法人著作の規定の適用によって妥当な解決を図ることが可能であるので、当面は特別の規定は必要ないものと考えられる。
    (まとめ)
    以上検討の結果、プログラムに第15条の規定を適用した場合に、「自己の著作の名義の下に公表するもの」という要件が解釈によってのみでは実態に合理的に対応しきれない面があり、法律上の取扱いを明確にする必要があると考えられる。

    IV 保護の内容
    著作者の権利の内容として、著作者の人格的利益を保護するための著作者人格権と、財産的利益を保護するための著作権があるが、それぞれについて検討を行った。

    1.著作者人格権
    著作者人格権とは、著作者がその著作物について有する人格的利益を保護する権利であって、民法で一般的に保護されている人格権を著作物とのかかわりにおいて具体化したものであり、現行著作権法は、公表権(第18条)、氏名表示権(第19条)、同一性保持権(第20条)を規定している。

    これらの権利が著作権法に規定されている具体的効果は主として、1)権利が侵害された場合における損害賠償請求等の事後救済だけでなく、侵害予防のためにそれを差し止めることができること 2)著作者人格権の場合には要件が具体的に定められているので、その要件に反することを立証すれば足りることなどにある。

    ベルヌ条約においても著作者人格権を規定しており(第6条の2)、その主な内容は、1)著作物の創作者たることを主張する権利 2)著作者の名誉又は声望を害するおそれがある改変、切除、その他の変更に対して異義を申し立てる権利である。万国著作権条約には著作者人格権の規定はない。

    各国の法制をみると、多くの国では著作権法で著作者人格権を規定している。ベルヌ条約加盟国である西ドイツ、オーストリア、フランス、イタリア、スウェーデン及び万国著作権条約にしか加入していないソ連等の国でも同様である。

    アメリカ合衆国では、著作者人格権の保護について著作権法上規定は置かれていないが、各州のコモンローにより、1)著作者であることを表示する権利 2)改変を加えることを防止する権利 3)公表したり、公表しないことを決定する権利のように一般的に人格権の保護が図られており、我が国の著作者人格権の保護と比較して実質的に差異はない。イギリスでは、著作権法上著作者人格権の規定は置かれていないが、著作者の名誉を侵害する著作物の使用がなされた場合は一般の不法行為法による救済を受けることになる。

    (1)公表権
    著作権法は公表権について、「著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する」(第18条第1項)と規定している。

    権利の内容としては、公表するか否か、どの時点で公表するか、どのような方法で公表するかを決定する権利である。

    プログラムについてもこのような公表権を認める必要性は、他の著作物の著作者と同様にあると考えられる。これに対して、プログラムは没個性的なものであるので、公表権に限らず、氏名表示権、同一性保持権を含む著作者人格権はなじまないのではないかとの意見もあった。

    なお、プログラムの製作者が法人等である場合には、法人等が著作者人格権を持つことになる。

    公表権については、まず、プログラムを委託製作した場合に、委託者が受託者からプログラムに関する著作権の譲渡を受けても、著作者人格権は一身専属権であるから受託者に残り、受託者から公表権を主張されるのではないかということが問題となる。この点については、公表権が著作権の行使に支障をきたすことのないよう第18条第2項第1号の規定が設けられており、この規定によって著作者による公表の同意があったとの推定がはたらくので、実際上支障が起こることはないと考えられる。

    次に、プログラムを委託製作した場合に、受託者から委託者に著作権が譲渡され、委託者がプログラムを未公表のままとすることを希望しているのに、受託者が公表権に基づき雑誌等にソフトウェアを公表したときにはどうなるかが問題となる。このように複製を伴う場合には、受託者は委託者の財産権としての著作権を侵害することになるから、このようなことは通常は起こり得ないし、また、このような行為がある場合には、委託者は受託者に対し著作権の侵害を根拠として差止請求をすることが可能であり、事後においても損害賠償を請求することができることとなる。

    (2)氏名表示権
    著作権法は氏名表示権について、「著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する」(第19条第1項)と規定している。

    本条の立法趣旨は、著作者と著作物の人格的不離一体性に着目し、その人格的利益を保護するために、著作者にその著作物の創作者であることを主張する権利を認める点にある。

    権利の内容としては、一つには著作者名を表示するかしないかを決定する権利、つまり無名の著作物として世に出すか、著作者名を表示して世に出すかを判断する権利である。さらに、著作物に著作者名を表示する場合に実名をつけるか、周知の変名をつけるか、周知でない変名をつけるかを決定する権利である。

    この権利により、プログラム製作者は、プログラムに自己の氏名を表示するか否か、どのような表示を付すかなどを決定することができ、他人がプログラム製作者に無断で氏名、称号を変えて表示したり、氏名等を削除したり、あるいは無名で公表されたプログラムについて無断で氏名等を表示したりする行為から保護されることとなる。プログラム製作者は法人である場合が多いと考えられるが、法人著作の場合であってもプログラム製作者にとって、上記のような氏名表示権は必要なものと考えられる。

    なお、法人著作に当たるか否かを判断する場合に、プログラムが製作される段階でフローチャートやコーディングシートに製作者名が表示されている場合があり、これを著作者名の表示と解するか、責任の所在を示すものと考えるかの問題については、単なる責任の所在を示すものと解すべきであるとの意見が大方であった。

    次に、プログラム全体の製作を他社に委託した場合の氏名表示権については、著作者たる受託者に氏名表示権があるが、モジュール等プログラムの一部の製作を委託する場合は、プログラム全体の氏名表示権については、委託者側にあると考えられる。

    (3)同一性保持権
    著作権法は同一性保持権について、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする」(第20条第1項)と規定している。

    同一性保持権の内容としては、一つには著作物の内容の同一性を保持する権利であり、もう一つは著作物の題号の同一性を保持する権利である。

    プログラムについては他の著作物と異なり、利用に当たってデバッグ、バージョンアップ等の改変を必要とする場合があるが、この場合著作者の同意を得ずに改変すると同一性保持権の侵害に当たるかどうかという問題がある。

    この点については、誤字、脱字に相当するようなプログラムのバグの修正やプログラム中の単純な論理的誤りを修正すること(デバッグ)は、第20条第1項の改変に該当しないか、又は同条第2項第3号のやむを得ない改変に該当すると考えられ、同一性保持権の問題とはならない。

    また、ユーザーがプログラムに改変を加えて機能を向上させること(バージョンアップ等)には、翻案に該当して同一性保持権の問題とはならない場合と、同一性保持権の問題となる場合が考えられる。前者は、改変を加えた結果のプログラムがもとのプログラムとは別の二次的著作物として客観的に認識されるため、著作者の意に反するとは言えない場合である。後者は、改変が単なる修正、増減にとどまり、その結果のプログラムが二次的著作物とは言えない場合であるが、これがやむを得ない改変と解し得るかどうか疑義があるとの指摘もあるところである。プログラムは利用に当たって上記のような修正、増減を必要とするのが通常であり、かつその特性上このような修正、増減によって作成者の名誉、声望を害するとは言い難いので、著作者の許諾を得なくても改変し得るよう合理的範囲内で立法的措置を講ずること、例えば、建築物の増改築の場合に認められている改変(第20条第2項第2号)と同様な除外規定を設けることが考えられる。なお、立法措置を講ずるに当たっては、プログラムに改ざんを加える等作成者の名誉、声望を害するおそれがある行為までを許容することとすべきでないことは明らかである。

    (まとめ)
    以上検討の結果、プログラムの利用に当たってのバージョンアップ等について、第20条の適用関係を明確にするため、同条第2項第2号のような特別の除外規定を設けることが適当と考えられる。


    2.著作権
    著作権法は、財産的権利としての著作権に含まれる権利として複製権その他の支分権を規定しているが、プログラムについて特に関係のある複製権及び翻案権を中心に検討を行った。
    (1)複製権
    著作権法は複製権について、「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」(第21条)と規定している。複製とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(第2条第1項第15号)をいう。複製に該当するためには、再製されたものがもとのものと全く同一である必要はなく、多少の修正、増減があっても同一性が保たれていれば足りる。
    プログラムについて複製権を考察するに当たり、次の諸点について検討を行った。
    ア ソフトウェアの一部分の複製にも権利が及ぶか
    複製権は著作物の全体的な複製だけでなく、その一部分であっても、著作物としての価値を持ち得る部分である限り、その部分にも及ぶ。例えば、その一部分がモジュールのような著作物性を持つまとまりであれば、その部分の複製にも複製権は及ぶと考えてよい。個々のステートメントの複製には権利が及ばないことは当然であり、また、ある程度のまとまりのあるステートメントの集合でも慣用的に用いられるようなものには複製権は及ばないと考えてよい。
    イ プログラミング言語の変更について
    プログラミング言語の変更について、第2小委員会報告書では、「プログラムのプログラミング言語を変更して作成したプログラムは、原プログラムの複製物であるにすぎない」(同報告書13頁)としている。しかし、一つのプログラミング言語から他のプログラミング言語に変更する場合のすべてを複製に該当すると考えるのは疑問であるとの指摘があった。この点については、一つのプログラミング言語から他のプログラミング言語に変更する場合の多くは、もとのプログラムからアルゴリズムを抽出してフローチャートに立ち返り、そこから別のプログラミング言語でプログラムを作成するという過程をたどるので、このような場合には作成者の個性が現れるため新たな創作と考えられ、こうした過程を経て作成された他のプログラムは新たな著作物と考えられる。
    ウ プログラムの実行の取扱いについて
    (i)プログラム製作者を保護するためには、一般的にプログラムを実行すること、すなわちコンピュータでプログラムを使用することについての権利が必要であり、こうした権利を認めることにより違法に複製されたプログラムを実行する者や、プログラムへ不法にアクセスする者に対処することができるとの意見があった。

    この点については、1)実行についての権利を一般的に認めると、プログラムの購入者等が、購入したプログラムの実行についての権利に基づく許諾を得られないためそのプログラムを実行できなくなるおそれがある等の弊害が考えられ、パッケージ・プログラムのように売り切りのプログラムで大量に世の中に出回っているプログラムについては、特にその流通利用等の面から障害となる可能性があるとの意見 2)プログラムの実行については、通常は契約関係で処理されているので排他的権利を新たに設定する必要性は少ないとの意見 3)違法に複製されたプログラムの実行等プログラム実行の限定的な事例を根拠として実行に関する排他的権利を一般的に認めることは妥当ではなく、複製は貸与について権利があれば、通常はその行使により利益は確保できるのであり、その上、更に実行について権利を問題とする実益は少ないとの意見 4)違法に複製されたプログラムの実行という限定的な事例への対処であれば、一般的に実行に関する権利を認めなくても、第113条が違法複製物を情を知って頒布することを著作権侵害とみなしているのと同様、違法に複製されたプログラムを情を知って実行する者は著作権侵害とみなす規定を設けることで足りるとする意見など、プログラムの実行についての権利を一般的に認めることについては消極的な意見が大方であった。

    また、理論的な面についても、著作権の支分権としてプログラムの実行についての権利を新たに設けることは、表現の保護という著作権法の建前からすれば疑問があるのではないかとの意見があった。

    以上みてきたように、プログラムの実行について新たに権利を認めることは、理論的にも実際的にも問題が多く慎重でなければならない。
    (ii)プログラムの実行に当たっては、そのほとんどの場合において内部記憶装置への蓄積が行われるが、このことが複製として評価しうるかどうかについては第2小委員会で既に検討されており、その結果「その蓄積は瞬間的かつ過渡的なものであって、複製に該当しない」(同報告書22頁)との解釈が大方であったところである。

    なお、この点については本委員会においてプログラムの内部記憶装置への蓄積を複製と解し得るとの意見もあった。
    (iii)プログラムの実行について前記の問題点を踏まえてもなお何らかの権利を及ぼす実務上の必要性があるのであれば、プログラムの内部記憶装置への蓄積を複製とみなす規定を設けること、さらに、プログラムが一命令ごとに演算装置に送られ、再製されるその状態をとらえて無形複製権を設定すること等も考えられるが、違法に複製されたプログラムの実行という限定的な事例への対処であれば、情を知って違法に複製されたプログラムを実行する者は著作権を侵害した者とみなすとの規定を新設することで足りると考えられる。

    (2)翻案権
    著作権法は翻案権について、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する」(第27条)と規定している。本条は、二次的著作物を創作するための原著作物の間接的利用とも言うべき行為に関する権利として、著作者にその著作物の翻訳、編曲、変形、又は翻案に関し排他的な権利を認める趣旨である。

    プログラムは他の著作物に比較して改変がよく行われるので、プログラムについての翻案権の及ぶ範囲を具体的に明確にすべきであるとの意見があり、その点について検討を行った。

    プログラムの翻案については、プログラムのアルゴリズムは保護しないという基本的な考え方から、基本的な筋、仕組みまでを保護する小説の場合等と比較して、その権利が及ぶ範囲は狭いものと考えられる。このことは、学術の著作物一般について言えることである。

    まずAプログラムに基づいて、これをA’プログラムに変更する場合には、A’プログラムがAプログラムの実質的な内容及びその表現を受け継ぎながら、Aプログラムをもとに新たな創作性を加えたと言い得るものであるときには、この変更する行為は翻案に該当すると考えられる。この場合、Aプログラムの作成者とA’プログラムの作成者の権利がA’プログラムについて及ぶこととなる。これに対し、既存のAプログラムに新たにBプログラムを追加した場合は翻案に該当せず、Aプログラム作成者はAプログラムに、Bプログラム作成者はBプログラムについてそれぞれ権利を有することとなる。

    既存のプログラムを参考にし、その機能を向上させたプログラムを新たに作成する行為が翻案に該当するかどうかが問題となるが、このような改良プログラムは、もとのプログラムの表現から直接に作成されるのでなく、もとのプログラムのアルゴリズムにまで立ち戻り、新たなフローチャートの作成から行われるのが通常であり、そのような場合には翻案ではなく新たな著作物の作成に該当すると考えられる。

    なお、保護客体が無体財産である場合には、特許法の利用発明の利用概念のように、その権利の及ぶ範囲を規定上具体的に明確にすることは困難であって、このことは翻案についても同様であるとの指摘があった。

    (3)放送権、有線放送権
    著作権法は放送権及び有線放送権について、「著作者は、その著作物を放送し、又は有線放送する権利を専有する」(第23条)と規定している。放送については、「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信の送信を行なうことをいう」(第2条第1項第8号)と定義し、有線放送については、「公衆によつて直接受信されることを目的として有線電気通信の送信(有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信を除く。)を行なうことをいう」(第2条第1項第17号)と定義している。

    プログラムを、例えばコンピュータ講座のような放送番組で放送すれば、放送権が及ぶ。プログラムの今後の提供の方法としては、電話回線などを利用したオンライン・システムによる提供が考えられるが、この場合有線放送権が及ぶかどうかが問題となる。このような場合におけるプログラム供給者からのプログラムの送信は、利用者からの要求に応じて個々に行われるので、その点が一般の有線放送のように特定多数の者に同時に供給するものとは異なる。しかし、この点については、オンライン・システムによるプログラムは特定多数の者に対して反復して伝達されるので、各々の送信の時間的なずれを除けば、それらの送信の総体は一般の有線放送と同様に考えられ、それに対して有線放送権が及ぶと考えられる。

    (4)頒布権
    著作権法は頒布権について、「著作者は、その映画の著作物を公に上映し、又はその複製物により頒布する権利を専有する」(第26条第1項)と規定して、映画についてのみ頒布権を認めている。頒布とは、「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいう」(第2条第1項第20号)と規定されている。

    頒布権については、第2小委員会報告書で「当分の間は、世界の動向や実務界の契約慣行等を勘案しつつ、プログラムに頒布権を認めるべきかどうか、頒布権の及ぶ範囲をどうすべきか等について検討を進めていくべきであると考える」(同報告書25頁)との見解が示されている。この点については、著作物の複製物の貸与の問題を中心とした当面の著作権法改正問題について審議した第1小委員会の報告において、著作権の支分権として貸与権を創設する必要があるとされているところから、法改正によってこの権利が一般的に認められれば、プログラムについても貸与権が認められることとなるので、当面の措置としてはこれで足りると考えられる。

    (まとめ)
     以上検討の結果、
    1プログラムの実行について新たに権利を認めることは、理論的にも実際的にも問題が多く、慎重でなければならない。

    なお、違法に複製されたプログラムの実行という限定的な事例への対処であれば、情を知って違法に複製されたプログラムを実行する者は著作権を侵害した者とみなすとの規定を新設することで足りると考えられる。
    2プログラムの翻案については、改変されたプログラムにもとのプログラムの実質的な内容及びその表現が受け継がれているか否かによって翻案か否かを判断すべきである。
    3貸与等からのプログラムの保護については、予定されている著作権法改正によって貸与権が一般的に認められれば、プログラムにも認められることとなるので、当面の措置としてはこれで足りると考えられる。


    V 権利の制限
    1現行著作権法では、著作物の公正な利用を図るという観点から、一定の場合に著作権を制限し、著作物の自由な利用を認めている。プログラムにかかわる制限規定としては第30条、第32条、第35条、第42条等があるが、これらの制限規定のプログラムへの適用について検討を行った。
    (1)第30条は、私的使用のための著作物の複製を認めている。この規定は、個
    人的又は家庭内等の閉鎖的範囲での使用を目的とする複製を許容するものである。
    パソコンの家庭内への普及により家庭内でプログラムを複製する機会が拡大しており、第30条の規定をそのまま適用すると権利者の利益を不当に害することにはならないかとの問題があるが、このことはプログラム独自の問題というよりは、著作物一般の問題として考えるべきである。
    (2)第32条は、自己の著作物に他人の著作物を正当な範囲内において引用して利用することを認めている。プログラムの引用はプログラムに関する種々の解説や論文を書く場合に、他人の作成したプログラムを例として引用し、それについて論ずる場合等を許容するものであって、他人のプログラムを使って新たなプログラムを作成することは同条の引用には当たらないと考えられる。
    (3)第35条は、学校その他の教育機関における複製を一定の範囲において許容している。

    この規定により許される複製には厳しい限定があり、著作権者の利益を不当に害する場合には複製できないとされているので、プログラムについてこの規定が適用されるのは、例えばプログラミングの実習を行う場合に、プログラム作成の具体例として、参考に既存のソース・プログラムを複製、配布する等ごく限られた場合のみと考えられる。
    (4)第42条は、裁判手続等のために必要な場合及び立法目的あるいは行政目的のための内部資料として、一定の範囲において複製を認めたものである。この規定により許される複製には厳しい限定があり、適用される場合は、裁判手続において証拠として提出するための複製などごく限られた場合と考えられる。なお、行政機関が行う給与計算や統計事務用のプログラムが内部資料に当たらないことは勿論のことであり、このようなプログラムの複製は本条に該当しない。
    以上のとおり第30条、第32条、第35条、第42条等現行の制限規定をプログラムに適用することには、別段支障がないと考えられる。

    2プログラムの実行に伴う複製、翻案等について著作権を制限することの必要性について
    プログラムについては、通常それを実行するためにテープからディスクに複製したり、保存のためにディスクからテープ等に複製することが行われており、また、プログラムに変更を加えてより利用しやすくすることも行われている。このため、プログラムの複製物の正当な所持者がプログラムの実行、保存の目的で行う複製については、プログラムの公正な利用という面から著作権を制限し、権利者の許諾を得なくてもこのような複製を行い得るようにする必要がある。また、プログラムの複製物の正当な所持者がコンピュータで実行するために必要な範囲内でそのプログラムを改変することについても同様な理由からこれを認める必要があると考えられる。

    なお、この場合プログラムの複製物の正当な所持者が複製したプログラムや改変したプログラムの複製物を自由に譲渡、貸与することまでを認めるとプログラムの著作権者の権利制限として行き過ぎとなるので、それまで認めることは妥当でないと考えられる。

    3プログラムの複製、翻案等について権利者の許諾を得られない場合の措置を設けることの必要性について
    現行著作権法では第67条(著作権者不明等の場合における著作物の利用)、第68条(著作物の放送)、第69条(商業用レコードへの録音)、第70条(裁定に関する手続及び基準)で裁定による著作物の利用について規定している。これらは、著作権者の意向にかかわりなく、公益的見地から政府機関が著作権者に代って許諾を与えて著作物の利用を認めるいわゆる強制許諾制度である。

    プログラムの複製、翻案等について上記の強制許諾制度のほかに強制許諾制度を設ける必要性があるかどうかについて検討を行ったが、この点については、著作権は特許権と異なり、既存のものと同一又は類似のものであっても独自に開発した場合には権利侵害とならないこと、反対に一般的な強制許諾制度を導入するとプログラム製作者の権利保護に薄くなり、その開発意欲を減退させる危険性が大きいこと等から、その導入については慎重であるべきものと考えられる。なお、公益的見地から、プログラムについて限られた範囲内において強制許諾制度を設けることも考えられるが、この点については、その必要性について十分な吟味が必要である。

    これに対して、プログラムの利用実態からみて、工業所有権制度にあるような裁定制度の導入を考慮すべきであるとの意見があった。

    条約との関係についてみると、ベルヌ条約第9条第2項で「複製が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しない」場合に限り権利を制限することを認めているので、複製に関して強制許諾制度を設けることについても、限定された範囲内であれば条約上可能であると考えられる。なお、プログラムの複製、翻案等について一般的な強制許諾制度を導入することは、ベルヌ条約及び万国著作権条約において、開発途上国に限り著作物の複製及び翻訳に関して一般的な強制許諾制度を許容していることからも困難と考えられる。


    VI 保護の要件
    著作権法は第17条第2項において、「著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない」と規定し、ベルヌ条約上の原則に従って権利の取得に何らの手続等を要しない無方式主義を採用している。

    プログラムがベルヌ条約上の著作物に該当すると考えると、プログラムに関する権利の享有及び行使について方式の履行を要求することはベルヌ条約違反となるので、プログラムについて方式主義を採用することはできない。

    なお、条約との関係を別にしても、プログラムが非常に広範な場において、かつ、多くの人々によって製作されることを考えると、創作の時点で自動的に権利が発生し、簡易、迅速に保護が受けられる無方式主義はプログラムの場合も適切なものと考えられる。
    なお、保護要件とは切り離してプログラムについてその流通を促進するため公示制度を導入してはどうかという問題については、ベルヌ条約との関係からも保護要件と切り離して考えなければならない。なお、法的効果を伴わない公示制度であれば著作権法上の問題ではなく、他の観点から検討すべき問題である。


    VII 保護期間
    著作権法は、著作物の原則的な保護期間について、著作者の死後50年を経過するまでの間存続すると規定し(第51条第2項)、法人その他の団体が著作の名義を有する著作物の保護期間については、著作物の公表後50年(著作物がその創作後50年以内に公表されなかったときは、その創作後50年)を経過するまでの間存続すると規定している(第53条第1項)。

    条約についてみると、ベルヌ条約は、一般の著作物の保護期間を著作者の生存間及びその死後50年と規定している(第7条(1))。万国著作権条約は、著作物の保護期間は著作者の生存の間及びその死後25年から成る期間よりも短くてはならないとしている(第4条(2))。

    プログラムについては、プログラム開発技術の進歩が早く、使用される期間も短いこと、投資の回収に要する期間保護すれば足りるという観点からすると、現行著作権法の保護期間は長すぎるのではないかとの意見があった。

    しかし、この点については、プログラムの多くは数年間で利用価値が失われるといわれるが、基本プログラムの中には長期にわたって利用されるものもあり、利用価値があるものはやはりその期間保護すべきであること、また、50年間の保護期間については特段支障があるとは考えられず、むしろこの期間保護すべき意味も大きい面があることから、他の著作物と同一の期間保護すべきであると考えられる。また、ベルヌ条約との関係からもプログラムについて保護期間を現在よりも短くすべきではない。


    VIII 救済制度
    現行法上プログラムの権利侵害に対する民事上の救済措置として、差止請求権(第112条第1項)、損害賠償請求権(民法第709条、第710条)、不当利得返還請求権(民法第703条等)、名誉回復等の措置の請求(第115条)が認められている。また、著作権法は第114条において著作権等の侵害行為によってあげた利益を自己が受けた損害額と推定する規定を設け、挙証責任の転換を図っている。この規定は、無体財産権としての著作権、出版権又は著作隣接権の侵害に対する損害額の立証が容易でないことに鑑み、権利者保護の見地から損害額の挙証責任の転換を図ったものである。

    プログラムの権利侵害については、無体財産権の性質上権利侵害が行われやすい点に鑑み、損害賠償額について被った損害の2倍、3倍の賠償を請求できるようにしてはどうかとの意見があったが、この問題は無体財産権の保護の全般に通ずる問題であり、また、このような特別の措置を講ずることは現行の法体系の上からも問題があるので適切でないと考えられる。また、プログラムについてのみ権利侵害の挙証責任の軽減や転換を図るため特別の措置を講ずる必要もないものと考えられる。

    なお、プログラムに関する権利侵害争訟は、高度に技術的、専門的である場合が多く、かつ、紛争の早期解決が望まれるので、著作権紛争解決のための専門家によるあっせん制度(第105条~第111条)を効果的に活用すべきであると考えられる。この点については、あっせん制度だけではなく、法的拘束力を持つ調停、仲裁制度も必要であるとの意見もあった。

    また、著作権法上の権利侵害に対しては、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金が課される(第119条)。


    IX その他
    プログラムが組み込まれた装置全体に特許権が設定された場合のように、プログラムの保護に関し、著作権法と特許法が重複適用される場合があるのではないか、その場合に次の諸点をどのように調整すべきかが問題となる。
    1)保護期間(特許権の保護期間が切れた後に著作権による制限を受けるか)
    2)権利の帰属(著作権者と特許権者が分離した場合等の権利関係)
    3)権利侵害行為(一つの行為が著作権と特許権の両方を侵害することになるか)
    4)権利主体(特許権の権利主体は自然人であるが、著作権の場合は法人が権利主体になることがあるので、そこに問題が生じないか)
    本委員会では上記の諸点について検討を行った。しかし、同様な問題は他の著作物についてもあり、これらは特許権との関係だけではなく意匠権等他の工業所有権全般に共通する問題である。また、意匠法第26条で著作権との調整規定を設けているように、特許法の観点からも検討すべきものであり、プログラムに関する著作権と特許権と抵触の問題については、更に今後における総合的な検討が行われることが望まれる。



    第3章 現行著作権法におけるコンピュータ・ソフトウェアの
        保護に関する問題点に対する対応策(提言)

    第2章で「コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度に関する保護の諸問題」を検討した結果、以下の結論を得た。

    1.プログラムの保護の明確化
    現行著作権法上もプログラムが著作物であることは明らかであるが、このことをより明確にするため、著作物の例示規定(第10条)にプログラムを明示すべきであり、これに関連してプログラムの定義規定を設けることを検討すべきである。

    2.法人著作の規定の整備
    ソフトウェアに第15条の規定(法人著作)を適用した場合に、「自己の著作の名義の下に公表するもの」という法人著作になるための要件が、解釈によってのみでは実態に合理的に対応しきれない面があるので、法律上の取扱いを明確にするため法人著作の規定を整備する必要があると考えられる。

    3.著作者人格権(同一性保持権)の制限
    プログラムのバージョンアップ等について同一性保持権が及ぶ範囲を明確にするため、建築物の増改築等について同一性保持権の適用除外を定めた第20条第2項第2号のような特別の規定を設けることが適当と考えられる。

    4.プログラムの実行に関する権利の取扱い
    プログラムのコンピュータにおける実行について新たに権利を認めることは、理論的にも実際的にも問題が多く、慎重でなければならない。

    なお、違法に複製されたプログラムの実行という限定的な事例への対処であれば、情を知って違法に複製されたプログラムを実行する者は著作権を侵害した者とみなすとの規定を新設することで足りると考えられる。

    5.プログラムの翻案の明確化
    プログラムの翻案については、翻案権の及ぶ範囲を具体的かつ明確に定義することは困難であるが、本報告書において、基本的にはプログラムのアルゴリズムを保護しないという前提に立ち、翻案権の及ぶ範囲をより明確にするための解釈指針を示したので、これを実効あらしめるための必要な措置を講ずることが望ましい。

    6.プログラムの利用者のための複製権等の制限
    プログラムの複製物の正当な所持者がプログラムの実行、保存のための複製、翻案を行い得るよう、プログラムの公正な利用の確保という観点から新たな著作権制限規定を設けることが適当と考えられる。

    7.プログラムの強制許諾制の取扱い
    プログラムの複製、翻案等について一般的な強制許諾制度を導入することは、プログラム製作者の保護の観点から問題点も多いので、慎重に対処する必要がある。

    以上の提言に基づき、文化庁が具体的措置を講ずるに当たっては、広く関係方面の意見を十分聴取することが望まれる。

    また、ソフトウェアの法的保護については、国際的な動向に十分留意する必要があるところであり、以上の提言は現行条約や現在の国際的趨勢を踏まえたものである。

    この国際的な動向という点では、第1章でも概観したとおり、著作権による保護を図るという傾向が先進諸国においてここ1、2年特に強まってきており、1983年(昭和58年)6月にWIPOが開催した専門家委員会での検討結果からも明らかなように、別の新たな制度による保護が国際的な合意を得ることは、少なくとも当分の間は困難であると考えられる。今後、WIPO・ユネスコ合同の会議で著作権条約による保護についての検討が行われることが予定されているので、その結果を踏まえて、更にソフトウェアについて法改正を要するかどうかを検討する必要があることは言うまでもない。



    (参考)
    1.著作権審議会第6小委員会
      (コンピュータ・ソフトウェア関係)委員名簿

    主査阿部浩二 岡山大学教授
    委員石田晴久 東京大学教授
    石原壽夫(社)ソフトウェア産業振興協会常任理事
    斉藤 博 新潟大学教授
    柴崎徹也 通商産業省機械情報産業局情報処理振興課長
    土井輝生 早稲田大学教授
    中山信弘 東京大学助教授
    濱崎恭生 法務省民事局参事官
    林 修三 駒澤大学教授
    三次 衛(社)日本電子工業振興協会ソフトウェア懇談会委員長
    紋谷暢男 成蹊大学教授


    2.著作権審議会第6小委員会
      (コンピュータ・ソフトウェア関係)審議経過
    (昭和58年1月25日著作権審議会第36回総会で設置を決定)

    第1回 昭和58年2月26日
    1)検討事項及び審議の進め方について
    2)自由討議
    第2回 3月30日
    コンピュータ・ソフトウェアの製作、流通、利用の実態について
    第3回 4月27日
    現行法制下におけるコンピュータ・ソフトウェアの保護の範囲・方法について
    第4回 5月24日
    1)現行法制下におけるコンピュータ・ソフトウェアの保護の範囲・方法について
    2)各国におけるコンピュータ・ソフトウェアの法的保護についての対応の状況について
    第5回 6月29日
    1)国際機関におけるコンピュータ・ソフトウェアの法的保護についての検討の状況について
    2)コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第6回 7月30日
    1)著作権審議会第1小委員会の審議内容との関連について
    2)コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第7回 8月18日
    コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第8回 9月10日
    1)コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    2)著作権審議会第1小委員会の審議の結果について
    第9回 10月21日
    1)コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    2)コンピュータ・ソフトウェアの権利保護に関する欧米視察の結果について
    第10回 11月4日
    コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第11回 11月26日
    コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第12回 12月10日
    コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第13回 12月23日
    コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護の問題点について
    第14回 昭和59年1月7日
    第6小委員会(コンピュータ・ソフトウェア関係)中間報告(案)について
    第15回 1月11日
    第6小委員会(コンピュータ・ソフトウェア関係)中間報告(案)について
    第16回 1月19日
    第6小委員会(コンピュータ・ソフトウェア関係)中間報告(案)について


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