はじめに
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平成5年11月、著作権審議会マルチメディア小委員会は、マルチメディア・ソフトの素材として利用される著作物に係る権利処理を中心とした検討結果を第一次報告書としてまとめ、公表した。同報告書は、マルチメディアに係る制度上の問題については、1)マルチメディア・ソフトの著作物性、2)マルチメディア・ソフトに係る権利の帰属、3)情報のデジタル・データ化及び有線送信事業者の評価、4)マルチメディア・ソフトの利用に係る権利の内容、5)マルチメディア・ソフトの利用に係る権利の制限などの諸点について、問題の所在を指摘するにとどめ、更に検討を継続することとしている。
その後、マルチメディア小委員会は、これらを含む様々な問題について、専門的見地から詳細な基礎的検討を行うためのワーキング・グループを設置した。
本ワーキング・グループは、平成6年3月以来、マルチメディアに係る制度上の問題について国内外の検討状況にも留意しつつ検討を重ねてきたところであり、以下にその検討経過を報告するものである。 |
I 本報告の性格
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マルチメディアに係る制度上の問題を検討するためには、ソフトの開発・利用・普及の状況、その基礎となるデジタル技術の発達やネットワークの整備の動向を十分に見極める必要があるが、これらについては未だ発展の過程にあると考えられる。
また、国際的ネットワークの発達・普及により著作物の国境を越えた流通が今後ますます増大すると予想されることから、国際的に調和のとれた対応を図ることが必要であるが、この問題については、現在、米国、EUなどの主要国において検討が開始されたところであり、WIPO(世界知的所有権機関)においても、今後、主要な検討課題となることが予想される(注)。
したがって、この問題の検討に当たっては、これらの国際的動向を踏まえるとともに、我が国としても適切な国際的ルールの形成に向けて積極的に貢献していく必要がある。
以上の状況にかんがみ、本報告においては、現段階において確定的な結論を出すのではなく、考えられる制度上の対応について、論点ごとにいくつかの考え方を提示するとともに、本ワーキング・グループにおけるこれまでの議論の概要を紹介することとした。 本報告の内容について、広く国内外の各方面から御意見が寄せられることを期待するものである。 |
(注)マルチメディアに係る著作権問題に関する国際的検討の動向 |
○米国 米国においては、「知的所有権と全米情報基盤(National Information Infrastructure)〈知的所有権ワーキング・グループ報告書中間草案〉」(以下「NII報告書草案」という。)が1994年7月に公表された。このワーキング・グループは情報基盤タスクフォース(議長:ブラウン商務長官)の下に設けられ、レーマン商務長官補・特許商標庁長官を議長としてNIIに関連する知的所有権問題を検討しているものである。現在、最終報告書の作成に向けて更に検討が進められている。 |
○欧州連合(EU) 欧州においては、1994年5月、バンゲマン欧州委員を議長とする委員会から、情報分野における各種インフラストラクチャについて検討すべき具体的な対策に関し、「欧州と国際的情報社会」と題する提言が提出された。
この提言を受け、欧州委員会は、1994年7月にマルチメディア時代における知的所有権の在り方についてのヒアリングを各国産業界等から実施した。また、現在、今後の情報化社会における著作権・著作隣接権をはじめとする知的所有権保護の在り方に関するグリーンペーパー及び暗号化された放送の法的保護に関するグリーンペーパーの作成に向けて検討を進めている。 |
○オーストラリア オーストラリア法務大臣は、1994年1月、近年の通信分野における急激な変化に対応するための著作権制度の在り方について検討するための、著作権集中検討グループを設置した。同グループは、関係者からの意見書の提出及びセミナーの開催を経て、1994年8月、「変化へのハイウェイ:新しい通信環境における著作権」と題する報告書(以下「豪報告書」という。)を公表した。 |
○世界知的所有権機関(WIPO) WIPOにおいては、1993年3月、米国ハーバード大学において、デジタル技術の著作権・著作隣接権に与える影響に関する国際シンポジウムを、また、1994年6月、パリにおいて、著作権、著作隣接権の将来に関する国際シンポジウムをそれぞれ開催し、デジタル技術やネットワークの発展に伴う問題を検討している。
また、「ベルヌ条約議定書」及び「実演家及びレコード製作者の権利の保護に関する新文書」(以下「新文書」という。)の検討においても、これらの問題が今後の課題とされている。 |
〈考察〉 映画の著作物に関する頒布権の付与については、立法当時の状況とは異なってきており、見直す必要があるということには異論がなかったが、その見直しの方向については意見が分かれている。
著作物の円滑な流通の確保を重視する立場からは、[A]のように頒布権は認めず、複製権による対応にとどめることが適当であるとの意見があった。
他方、国際的に、著作物一般について第一頒布権及び輸入権を認めるべきであるとの意見があること、ビデオの並行輸入に関する前述の判決の結論は映画の著作物に関する頒布権を根拠としているが、これが定着するとすれば他の頒布権が認められていない著作物等の取扱いとの均衡を失することになることなどから、[B]のような対応を検討すべきであるとの意見もあった。 |
9 著作物の国境を越える放送・送信の扱い (衛星放送・国際ネットワークによる送信) |
〈現状〉 現行著作権法上、放送及び有線送信は、公衆によって直接受信されることを目的とすることを要件としているが、我が国から専ら日本国外の公衆に直接受信されることを目的として無線又は有線による送信が行われる場合に、我が国の著作権法による放送等の権利は働くかどうかについては、これまで検討されていない。もっとも、この送信が同時に日本国内の公衆の受信をも目的とする場合には、我が国の著作権法による放送等に該当することはもちろんである。また、この送信が外国の中継施設において受信され、更に同国の公衆に向けて再送信される場合には、同国の著作権法が適用されることになると考えられる。
また、現行著作権法は著作者等に対し著作物等の受信に関する権利は認めていないので、日本国外から我が国の公衆に直接受信されることを目的として無線又は有線の送信が行われ、実際に我が国の公衆によって受信されても、著作者等の権利は働かない。もっとも、我が国においてこの送信が受信された後に、複製されたり、公衆に向けて再送信されたりすれば、我が国の著作権法による著作者等の権利が働くことは当然である。 |
〈問題の所在〉 国外の公衆に直接受信されることを目的とする衛星送信は、従来からヨーロッパを中心に普及してきているが、近年アジア地域においても普及の傾向があり、各国の著作権保護の水準に差があることから、著作者等の利益が適切に確保されるかどうかについて懸念が指摘されている。
また、今後、いわゆるGII(Global Information Infrastructure)構想により国際的な高度情報通信ネットワークの整備が推進されれば、これを利用して無線又は有線により国外の公衆に直接受信されることを目的とする送信が、我が国から又は我が国に対して行われることがますます発達・普及すると考えられることから、適切な著作権ルールを確立する必要性が指摘されている。 |
〈国際的動向〉 1974年にブリュッセルで採択された衛星送信信号保護条約は、各締約国は他の締約国の国民である送信機関の番組伝送信号で衛星を利用するものが自国内で又は自国から無断で伝達されることを阻止しなければならないことを規定している。しかし、この条約の締約国は欧米を中心とする一部の国にとどまっており(1994年7月1日現在19か国)、我が国及びアジア地域の諸国は加盟していない。また、今日の時点では内容的に不十分であることが指摘されている。
WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書の専門家会合においては、多くの国が衛星放送及び国際ネットワークによる送信に関する適用法等の問題の検討の必要性を指摘しており、今後の課題とされているが、まだ具体的な検討には至っていない。
ECの衛星放送及び有線再送信に関するディレクティブ(1993年9月採択)では、衛星による公衆への伝達行為については発信国の法律が適用されるが、いずれの国もこの伝達行為について著作者に許諾権を与えなければならず、強制許諾制度の適用を禁止している(第1条第2項(b)、第2条)。また、他国から番組が有線再送信される場合には、著作権及び著作隣接権が遵守されなければならず、それらの権利は集中管理団体を通じてのみ行使されなければならないことを規定している(第8条、第9条)。
豪報告書においては、国外の公衆に受信させることを目的として豪国内から発信される送信については、国内の著作権者の許諾を得なければならないとすることを提案している(勧告6)。 |
〈考えられる対応例〉 |