○著作権審議会マルチメディア小委員会
     ワーキング・グループ検討経過報告


    ─マルチメディアに係る制度上の問題について─
    平成7年2月 文化庁



    目 次
    はじめに
    I 本報告の性格
    II 検討の観点及び具体的検討事項
    III 各検討事項における検討内容
    1 著作者の経済的権利
    2 実演家・レコード製作者の経済的権利
    3 人格権
    4 著作者等の権利の制限
    5 著作物等の複製の技術的制限等
    6 著作権等の帰属、譲渡、利用許諾等
    7 情報のデジタル化及び公衆への提供行為の評価
    8 映画に関する規定の見直し
    9 著作物の国境を越える放送・送信の扱い
     (衛星放送・国際ネットワークによる送信)
    おわりに

    (資料)条約、各国著作権法における関係規定等
    1 著作者の経済的権利
    (1)複製権

    (2)放送・送信に関する権利
    (3)「ディスプレイ」に関する権利
    2 実演家・レコード製作者の経済的権利

    (1)放送・送信に関する権利
    (2)上演・演奏に関する権利
    (3)翻案権
    3 人格権

    (1)著作者人格権(同一性保持権)
    (2)実演家の人格権
    4 著作者等の権利の制限

    (1)私的使用のための複製
    (2)図書館等における複製
    (3)非営利・無料の貸与
    5 著作物等の複製の技術的制限等

    (1)著作物等の複製の技術的制限の解除装置等の規制
    (2)著作物等の受信の技術的制限の解除装置等の規制
    (3)著作権管理情報に関する措置
    6 著作権等の帰属,譲渡,利用許諾等

    (1)著作権等の帰属
    (2)著作権契約の様式化
    (3)著作物等の利用許諾の推定
    7 情報のデジタル化及び公衆への提供行為の評価

    (1)情報をデジタル化した者の権利
    (2)送信事業者の権利
    8 映画に関する規定の見直し

    (1)著作物の分類
    (2)著作者及び著作権等の帰属
    (3)頒布権・輸入権
    9 著作物の国境を越える放送・送信の扱い
     ○条約
     ○諸外国の立法例
     ○諸外国の検討例

    (参考)
    1 著作権審議会マルチメディア小委員会
     ワーキング・グループ委員名簿


    2 著作権審議会マルチメディア小委員会
     ワーキング・グループ審議経過



    はじめに
    平成5年11月、著作権審議会マルチメディア小委員会は、マルチメディア・ソフトの素材として利用される著作物に係る権利処理を中心とした検討結果を第一次報告書としてまとめ、公表した。同報告書は、マルチメディアに係る制度上の問題については、1)マルチメディア・ソフトの著作物性、2)マルチメディア・ソフトに係る権利の帰属、3)情報のデジタル・データ化及び有線送信事業者の評価、4)マルチメディア・ソフトの利用に係る権利の内容、5)マルチメディア・ソフトの利用に係る権利の制限などの諸点について、問題の所在を指摘するにとどめ、更に検討を継続することとしている。

    その後、マルチメディア小委員会は、これらを含む様々な問題について、専門的見地から詳細な基礎的検討を行うためのワーキング・グループを設置した。

    本ワーキング・グループは、平成6年3月以来、マルチメディアに係る制度上の問題について国内外の検討状況にも留意しつつ検討を重ねてきたところであり、以下にその検討経過を報告するものである。


    I 本報告の性格
    マルチメディアに係る制度上の問題を検討するためには、ソフトの開発・利用・普及の状況、その基礎となるデジタル技術の発達やネットワークの整備の動向を十分に見極める必要があるが、これらについては未だ発展の過程にあると考えられる。

    また、国際的ネットワークの発達・普及により著作物の国境を越えた流通が今後ますます増大すると予想されることから、国際的に調和のとれた対応を図ることが必要であるが、この問題については、現在、米国、EUなどの主要国において検討が開始されたところであり、WIPO(世界知的所有権機関)においても、今後、主要な検討課題となることが予想される(注)

    したがって、この問題の検討に当たっては、これらの国際的動向を踏まえるとともに、我が国としても適切な国際的ルールの形成に向けて積極的に貢献していく必要がある。

    以上の状況にかんがみ、本報告においては、現段階において確定的な結論を出すのではなく、考えられる制度上の対応について、論点ごとにいくつかの考え方を提示するとともに、本ワーキング・グループにおけるこれまでの議論の概要を紹介することとした。
    本報告の内容について、広く国内外の各方面から御意見が寄せられることを期待するものである。
    (注)マルチメディアに係る著作権問題に関する国際的検討の動向
    ○米国
    米国においては、「知的所有権と全米情報基盤(National Information Infrastructure)〈知的所有権ワーキング・グループ報告書中間草案〉」(以下「NII報告書草案」という。)が1994年7月に公表された。このワーキング・グループは情報基盤タスクフォース(議長:ブラウン商務長官)の下に設けられ、レーマン商務長官補・特許商標庁長官を議長としてNIIに関連する知的所有権問題を検討しているものである。現在、最終報告書の作成に向けて更に検討が進められている。

    ○欧州連合(EU)
    欧州においては、1994年5月、バンゲマン欧州委員を議長とする委員会から、情報分野における各種インフラストラクチャについて検討すべき具体的な対策に関し、「欧州と国際的情報社会」と題する提言が提出された。

    この提言を受け、欧州委員会は、1994年7月にマルチメディア時代における知的所有権の在り方についてのヒアリングを各国産業界等から実施した。また、現在、今後の情報化社会における著作権・著作隣接権をはじめとする知的所有権保護の在り方に関するグリーンペーパー及び暗号化された放送の法的保護に関するグリーンペーパーの作成に向けて検討を進めている。

    ○オーストラリア
    オーストラリア法務大臣は、1994年1月、近年の通信分野における急激な変化に対応するための著作権制度の在り方について検討するための、著作権集中検討グループを設置した。同グループは、関係者からの意見書の提出及びセミナーの開催を経て、1994年8月、「変化へのハイウェイ:新しい通信環境における著作権」と題する報告書(以下「豪報告書」という。)を公表した。

    ○世界知的所有権機関(WIPO)
    WIPOにおいては、1993年3月、米国ハーバード大学において、デジタル技術の著作権・著作隣接権に与える影響に関する国際シンポジウムを、また、1994年6月、パリにおいて、著作権、著作隣接権の将来に関する国際シンポジウムをそれぞれ開催し、デジタル技術やネットワークの発展に伴う問題を検討している。

    また、「ベルヌ条約議定書」及び「実演家及びレコード製作者の権利の保護に関する新文書」(以下「新文書」という。)の検討においても、これらの問題が今後の課題とされている。


    II 検討の観点及び具体的検討事項
    1マルチメディア小委員会第一次報告書では「マルチメディア・ソフトに関する権利の在り方についての制度上の問題」としていくつかの検討事項を掲げている。
    しかし、同報告書自体が述べているように、「マルチメディア」という言葉の定義は、現在においても、確立されるに至っていない。また、最近では、いわゆる「マルチメディア・ソフト」と呼ばれるパッケージ型のソフトの問題のみならず、光ファイバー網の整備や各種の新しい通信サービスの実験が実施されている状況にかんがみ、通信ネットワークの発展に伴う問題が注目されるようになってきている。
    2このように、マルチメディアという言葉が多義的に用いられており、かつ産業や技術の進展状況も流動的であることにかんがみ、本ワーキング・グループにおいては、「マルチメディア」又は「マルチメディア・ソフトの著作物」という概念を最初に確定して検討を進めるという方法は採用せず、広くデジタル技術やネットワークの発達に伴って必要と考えられる事項を取り上げることとし、次の検討の観点を設定した。
    (1)大量かつ多様な著作物がデジタル形式で電子媒体に記録され、広範に頒布・流通されることに伴う著作者等の権利の在り方
    (2)多数の者の創作的寄与によって作成された著作物についての権利帰属等の在り方
    (3)著作物を含む大量かつ多様な情報をデジタル形式に変換し、公衆に提供する行為の評価の必要性
    (4)著作物の作成等に関するデジタル技術の応用に伴う著作権法上の各種概念の見直しの必要性
    3そして、このような観点に立って、具体的には以下の事項について検討を行った。
    1 著作者の経済的権利

    (1)複製権
    (2)放送・送信に関する権利
    (3)「ディスプレイ」に関する権利
    2 実演家・レコード製作者の経済的権利

    (1)放送・送信に関する権利
    (2)上演・演奏に関する権利
    (3)翻案権
    3 人格権

    (1)著作者人格権(同一性保持権)
    (2)実演家の人格権
    4 著作者等の権利の制限

    (1)私的使用のための複製
    (2)図書館等における複製
    (3)非営利・無料の貸与
    5 著作物等の複製の技術的制限等

    (1)著作物等の複製の技術的制限の解除装置等の規制
    (2)著作物等の受信の技術的制限の解除装置等の規制
    (3)著作権管理情報に関する措置
    6 著作権等の帰属、譲渡、利用許諾等

    (1)著作権等の帰属
    (2)著作権契約の要式化
    (3)著作物等の利用許諾の推定
    7 情報のデジタル化及び公衆への提供行為の評価

    (1)情報をデジタル化した者の権利
    (2)送信事業者の権利
    8 映画に関する規定の見直し

    (1)著作物の分類
    (2)著作者及び著作権等の帰属
    (3)頒布権・輸入権
    9 著作物の国境を越える放送・送信の扱い
     (衛星放送・国際ネットワークによる送信)

    4著作物の分類の見直しの問題については、映画に関する規定の見直しとの関連で触れるにとどめているが、より積極的に「マルチメディア・ソフトの著作物」という概念を設けることの妥当性及びそれに応じた各種の規定を設けることの必要性等については、今後の産業・技術の推移を見た上で、改めて検討することが適当であると考える。


    III 各検討事項における検討内容
    各検討事項における検討の内容は以下のとおりである。
    なお、各事項は〈現状〉、〈問題の所在〉、〈国際的動向〉、〈考えられる対応例〉及び〈考察〉の五部分で構成している。まず、各事項に関する〈現状〉、〈問題の所在〉及び〈国際的動向〉の概要を述べた上で、〈考えられる対応例〉では、仮に制度上の対応を行うとすれば、どのような法改正が考えられるかについて、検討の素材として理論的に想定される1又は複数の対応例を示し、さらに、〈考察〉では、そのような対応を行うことの当否やその検討に当たって留意すべき点について、本ワーキング・グループにおいて出された意見を整理している。

    したがって、今後の検討の進展により、法改正を伴わない制度の運用上の対応を含め、〈考えられる対応例〉に示されている以外の様々な対応があり得るものと考えている。

    1 著作者の経済的権利
    (1) 複製権
    〈現状〉
    著作権法第21条は「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」ものと規定している。同法第2条第1項第15号は「複製」を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義しているが、プログラムの実行に伴うコンピュータの内部記憶装置への蓄積は、瞬間的かつ過渡的なものであって、「複製」には該当しないとの解釈が一般的である(著作権審議会第2・第6小委員会報告書)。

    なお、著作権法第113条第2項は、「プログラムの著作物の著作権を侵害する行為によつて作成された複製物を業務上電子計算機において使用する行為は、これらの複製物を使用する権原を取得したときに情を知っていた場合に限り、当該著作権を侵害する行為とみなす。」と規定している。
    〈問題の所在〉
    コンピュータへの瞬間的・過渡的な蓄積とそれ以外の区別は必ずしも明確でなく、また、国際的には「複製」概念を瞬間的・過渡的な蓄積を含めて広く捉えることにより著作物の多様な利用方法の発達に対応しようとする潮流があることに留意する必要があるとの指摘がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約には「複製」の定義は設けられていない。
    コンピュータ・プログラムの法的保護に関するECのディレクティブ(1991年5月採択)第4条(a)項では、プログラムのロード、ディスプレイ、実行などに伴う一時的な複製についても著作者の許諾権が及ぶものとするとともに、第5条において、プログラムの適法な所有者によるそのような行為はプログラムの使用に必要な場合には原則として許諾を要しないこととするなどの権利制限規定を設けている。同様に、米国の判例学説においても、複製の範囲を広く捉えている。

    現在WIPOの場において検討されている新文書の事務局提案では、「複製」にはその時間を問わず電子的形式の蓄積を含むものとされている(INR/CE/III/2 パラ29(f))。新文書は直接的には実演家及びレコード製作者の権利に関するものであるが、「複製」の定義は著作権に関する場合も同様に解さざるを得ないと考えられる。
    〈考えられる対応例〉
    [A][A][複製]の定義に、電子的形式による一時的な蓄積も含むことを明確に規定する(2条1項15号)。

    〈考察〉
    「複製」の定義自体を拡張するという[A]の対応については、従来の概念を著しく変更し、実質的には著作権制度が基本的に予定していない「使用権」を認めることになってしまうこと、他方で著作物の通常の使用を妨げないように権利制限規定を設けるとすれば改正の実質的な意味が乏しいことなどから、慎重にすべきであるとの意見が多い。

    また、著作物の持続的な「複製」を伴わないような利用方法の発達については、「複製」の定義を拡張しなくとも、放送・送信に関する権利の拡大やディスプレイに関する権利の創設によって対応することが可能であり、かつ適切であるとの指摘もあった((2)及び(3)参照)。

    しかし、国際的には「複製」概念を広く捉えるべきであるという意見が強いことにかんがみ、今後の国際的検討の動向を踏まえつつ、仮に[A]のような対応を行った場合に必要となる権利制限規定及び違法複製物の使用に関する現行法第113条第2項のみなし侵害規定の見直しなどの同時に配慮すべき事項について、必要に応じ更に検討する必要がある。

    (2) 放送・送信に関する権利
    〈現状〉
    著作権法第23条第1項は、著作者に放送権及び有線送信権を与えている。
    「放送」とは「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信の送信を行なうこと」と定義されている(法第2条第1項第8号)。

    また、「有線送信」とは「公衆によつて直接受信されることを目的として有線電気通信の送信を行うこと」と定義されているが、「有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信を除く」ものとされている(法第2条第1項第17号)。

    さらに、「有線放送」とは「有線送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行うもの」であると定義されている(法第2条第1項第9号の2)。
    〈問題の所在〉
    衛星通信技術やインタラクティブな形態の放送・送信の発達に伴い、従来の有線・無線の別や同時受信・異時受信の別の意味が薄れてきており、これらを区別することなく権利を認めるようにする必要があるとの意見がある。

    また、プログラム等の著作物のコンピュータ・ネットワーク上での利用については、同一構内におけるLAN(Local Area Network)上の利用を含めて、権利を及ぼすことが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約は、著作者一般に無線による放送権を与えるとともに(第11条の2第1項(i))、演劇用又は楽劇用の著作物及び音楽の著作物の著作者については、有線送信を含む公の伝達権を与えることとしている(第11条第1項(ii))。

    現在、ベルヌ条約議定書の専門家会合において、特に今後普及が予想されるデジタル方式のオン・デマンド送信について、これを公の伝達権で捉えるか、頒布権で捉えるか、又は新たな送信に関する権利を創設するかという問題が提起されているほか、これに関連して「公」又は「公衆」の概念の定義の必要性も指摘されているが、まだ今後の検討の方向性は明らかでない。

    米国では、同国著作権法上公の実演に関する権利はあるが、放送・送信自体に関する権利が規定されていないことから、前掲NII報告書草案では頒布権を無形的な送信まで含むように拡大することによって対応することが提案されている(第IV章A.l.a)。

    豪報告書では、広義の「公衆への送信権(right of transmission to the public)という権利を創設し従来の放送権はその下位概念とするとともに、オンデマンド・サービスのように個々の送信行為はポイント・ツー・ポイントで行われ厳密には「公衆」への送信に該当しない行為についても著作権者の許諾を要することとするため、商業的目的のための電子的又は類似の手段による著作物の送信は公衆への送信とみなすとの規定を設けることを提案している(勧告1~3)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]「放送」の定義を改めて、無線の場合についても有線と同様に上位概念としての「送信」を設け、同時受信を目的とする送信を「放送」とするとともに(2条1項8号)、23条の放送権を「送信権」に改める。
    [B]無線・有線の別や同時受信・異時受信の別を問わず、公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信による伝達を「送信」と定義し、23条の放送権及び有線送信権を「送信権」に改める。
    [C]「有線送信」の定義を改めて、同一構内における公衆への送信も含むようにする(2条1項17号)。
    〈考察〉
    現行著作権法の「放送」及び「有線送信」はかなり広く定義されており、また「公衆」には「特定かつ多数の者を含む」(法第2条第5項)ものとされていることから、デジタル方式のオン・デマンド送信サービスが公衆に提供される場合には、著作者の許諾権が働くものと解することができる。しかし、特に「放送」については、現行法制定当時には衛星を利用した無線によるオン・デマンド送信サービスが想定されていなかったので、このような行為にも権利が及ぶことを明確にする方がよいとの考え方があり、また、無線による場合と有線による場合の均衡に考慮して「放送」と「送信」の概念を整理する必要があるとの観点から、[A]又は[B]のいずれかの対応を行うことが適当であるという意見が多かった。

    なお、著作権法上「放送」については、放送される著作物の非営利・無料の有線放送に係る権利制限(法第38条第2項)など、その特性に応じた各種の規定が設けられているので、仮にこのような対応を行うに当たっては、それらの規定の在り方についても、併せて検討する必要があると考えられる。

    また、[C]の対応については、プログラム等のLANによる利用について、持続的な複製の有無に関わらず権利が及ぶことを明確にする観点から、その必要性を支持する意見があったが、(1)の「複製」概念の問題との関連を考慮する必要があると考えられる。

    (3) 「ディスプレイ」に関する権利
    〈現状〉
    著作物のスクリーン上等における公衆への提示については、著作権法第26条が、著作者に対し「その映画の著作物を公に上映」する権利及び「映画の著作物において複製されているその著作物を公に上映」する権利を規定している。

    また、著作権法第23条第2項は「放送され、又は有線送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利」を規定している。

    なお、著作物の有体物による公衆への提示については、著作権法第25条が「著作者は、その美術の著作物又はまだ発行されていない写真の著作物をこれらの原作品により展示する権利を専有する」と規定している。
    〈問題の所在〉
    ハイビジョンなどの画像の高詳細度の表示技術や通信伝達技術の発達に伴い、映画の著作物等以外の著作物についても、スクリーン上等における公衆への提示(ディスプレイ)に関する権利を認める必要があるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約にはディスプレイに関する権利の規定はない。
    ベルヌ条約議定書の検討に際してのWIPO事務局による当初の提案には、著作物一般について、その原作品又は複製物による公の展示(public display)(有体物による展示とスクリーン上等におけるディスプレイの両方を含む)を許諾する排他的権利を認めるとの提案があったが(BCP/CE/1/3 パラ116)、十分な支持を得られなかったため、現在では検討事項から削除されている。なお、審議の過程においては、スクリーン上等におけるディスプレイは一時的な複製であり、複製権によって対応できるとの意見があった。

    米国著作権法では、文芸、音楽、演劇、絵画、図画等の広い範囲の著作物について、有体物による展示とスクリーン上等におけるディスプレイの両方を含む公の展示権が規定されている(第106条5項)。

    また、ドイツ著作権法では、有体物による展示については、未公表の美術及び写真の著作物の原作品又は複製物を公に展示する権利を規定するとともに(第18条)、スクリーン上等におけるディスプレイについては、美術、写真及び映画の著作物並びに学術又は技術に属する描写を技術的装置によって公に提示する権利(上映権)を規定している(第19条第4項)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]25条の美術及び写真の著作物の展示権について、原作品によること及び未発行(写真の場合)の要件を削除する。
    [B]展示権とは別に、原則としてすべての著作物(少なくとも美術、写真及び図形の著作物)について、技術的装置による公衆への画像の視覚的提示(録画物の再生及び通信された著作物の画面表示を含む)に関する「ディスプレイ権」又は「上映権」を与える。
    〈考察〉
    現行著作権法第25条の展示権は有体物による展示を前提としているので、[A]のような対応によって、スクリーン上等におけるディスプレイまで対象とすることは適当でなく、制度上の対応を行うとすれば、[B]のように新たな権利を設ける方が適当であるという意見が多かった。

    ただし、新たな権利を設けることの影響はかなり広範囲にわたることが予想されるので、技術の動向を踏まえつつその影響を更に検討する必要があること、また、当面は録画物製作時の複製許諾契約において利用条件を詳細に定めておくこと等によりある程度の対応は可能であり、現実にも大きな問題は生じていないことなどの理由から、法改正は慎重にすべきであるとの指摘もあった。

    2 実演家・レコード製作者の経済的権利
    (1) 放送・送信に関する権利
    〈現状〉
    著作権法第92条は、実演家の放送権及び有線送信権を規定しているが、これは生実演及び実演家の許諾を得ずに録音録画された実演に適用されるものであり、許諾を得て録音録画された実演の放送・送信には権利が及ばない。ただし、実演家には、同法第95条により、商業用レコードを用いた放送及び有線放送について二次使用料請求権が与えられている。

    また、著作権法第97条は、レコード製作者の商業用レコードを用いた放送及び有線放送について二次使用料請求権を規定している。レコード製作者には、その他の有線送信に関する権利は与えられていない。
    〈問題の所在〉
    デジタル方式の放送・送信については、録音録画機器の発達とあいまって、多数の受信者による高品質の大量の複製をもたらすので、実演家及びレコード製作者に対し、単なる報酬請求権ではなく許諾権を与えるべきであるとの意見がある。また、今後、インタラクティブな形態の商業用レコード有線送信サービス(リクエスト配信)が普及することが予想されるが、現行法上有線放送以外の有線送信については全く権利がないことはバランスを失するので、少なくとも二次使用料請求権を認めるなどの見直しが必要であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ローマ条約第12条は、商業用レコードが放送又は公衆への伝達に直接使用される場合には、実演家若しくはレコード製作者又はその両方に、単一の衡平な報酬が支払われなければならないと規定しているが、第16条第1項(a)により、加盟国はこの規定を全く適用しない、又は一定の使用については適用しないという留保ができることとしている。

    現在WIPOの場において検討されている新文書の事務局提案では、レコードにその実演が固定された実演家及びレコード製作者に対し、そのレコードの放送、公衆への伝達及び公の実演についての許諾権を与えることを原則とするとともに、加盟国は、デジタル方式のオン・デマンド送信の場合を除いては、この権利を報酬請求権としてもよいと規定している。また、これらの権利については集中管理団体による行使を義務付けることを認めている(INR/CE/III/2 パラ63(e)~(g)、パラ64(e)~(g)、パラ67(e)~(g)パラ68(e)~(g))この提案に対しては、基本的な方向性は支持する意見が多いが、デジタル方式による場合とアナログ方式による場合の取扱いを異にすることには疑問があるとの指摘もなされている。

    貸与権及び隣接権に関するECのディレクティブ(1992年11月採択)第8条第2項では、メンバー国が、商業用レコードの放送又は公衆への伝達について、実演家及びレコード製作者に対し報酬請求権を与えなければならないことを規定している。

    米国著作権法では、録音物(sound recordings)は著作物とされ、法律上は原則として実演家及びレコード製作者の共同著作物であると解釈されているが、放送などによる公の実演に関する権利は認められていない(第114条)。ただし、現在、録音物のデジタル送信による公の実演に限って許諾権を与えることが検討されている。
    〈考えられる対応例〉
    [A]商業用レコードの放送・有線放送に限らず、許諾を得て録音録画された実演(映画に録音録画されたものを除く)又はレコードの放送・送信一般について、二次使用料請求権を与える(95条)。
    [B]許諾を得て録音録画された実演(映画に録音録画されたものを除く)又はレコードの放送・送信のうち、デジタル方式のオン・デマンド送信については許諾権を与え、それ以外のものについては二次使用料請求権を与える(92条及び95条)。
    [C]許諾を得て録音録画された実演(映画に録音録画されたものを除く)又はレコードの放送・送信のうち、デジタル方式のものについては許諾権を与え、それ以外のものについては二次使用料請求権を与える(92条及び95条)。
    [D]許諾を得て録音録画された実演(映画に録音録画されたものを除く)又はレコードの放送・送信一般について、許諾権を与える(92条及び95条)。
    〈考察〉
    放送以外の送信形態における著作物利用の普及動向を踏まえ、放送とそれ以外の送信の取扱いの均衡を考慮すると、放送以外の送信についても、放送と同様に少なくとも二次使用料請求権を与える方向で検討する必要があるとの認識では一致を見た。

    一方、デジタル方式による放送・送信の発達が実演家及びレコード製作者に重大な経済的影響を与えるであろうことには異論はなかったが、これらの者に許諾権を与えることについては著作者の許諾権との関係を考慮しなければならないことが指摘され、特に[B]又は[C]のようにデジタル方式による一定の場合についてのみ許諾権を与えることについては、従来のアナログ方式の場合との質的な相違が説明できなければならないこと、今後の技術の発達と普及の動向を十分に見極める必要があることなどから、なお慎重な検討が必要であるとの意見が多かった。

    また、仮に許諾権を与えるとしても、実演家及びレコード製作者の権利の集中管理が有効に機能することにより実際上の許諾手続きにおいて困難を生ずることがないという条件が整備されることが前提となるとの指摘もあった。

    なお、現行著作権法においては、いったん実演家の許諾を得て映画の著作物に録音又は録画された実演のその後の利用については、実演家に何等権利が与えられていないが、放送・送信に係る実演家の権利の見直しを行う際には、同時に映画の放送・送信に関する実演家の権利を認めることについても併せて検討すべきであるとの意見もあった。

    (2) 上演・演奏に関する権利
    〈現状〉
    現行著作権法上、実演家及びレコード製作者のその実演及びレコードの上演・演奏に関する権利は規定されていない。
    なお、著作者についても、適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生については、著作権法附則第14条により、放送又は有線送信に該当するもの及び営利を目的として音楽の著作物を使用する事業で政令で定めるものにおいて行われるものを除き、当分の間、出所の明示を条件として著作権者の許諾を得なくても自由に行うことができるとしている。この規定については、平成4年3月、著作権審議会第1小委員会のまとめにおいて、音楽著作権の管理体制の整備及び利用者の理解の促進などの条件整備を進め、その進捗状況に応じ具体的な立法措置について判断を行うことが適当であるとしている。
    〈問題の所在〉
    録音録画物の再生及び通信伝達に関する技術の発達と普及に伴い、実演及びレコードの複製や公衆への送信を伴わない利用が増大し、実演家及びレコード製作者の経済的利益に大きな影響を生ずることから、これらの者にも上演・演奏に関する権利を与えることが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    実演又はレコードの上演・演奏は、国際文書では「公衆への伝達」又は「公の実演」の概念で捉えられることが多い。

    すなわち、ローマ条約第12条によれば、実演家若しくはレコード製作者又はその両方に対し、商業用レコードによる実演・レコードの公衆への伝達について、原則として報酬請求権が与えられなければならないが、第16条第1項(a)により、加盟国はこの規定の適用を留保することができることとなっている。また、現在WIPOの場において検討されている新文書の事務局提案では、実演家及びレコード製作者に対し、そのレコードの公衆への伝達及び公の実演についての許諾権を与えることを原則とするとともに、加盟国は、これを報酬請求権としてもよいと規定している。さらに、貸与権及び隣接権に関するECのディレクティブ(1992年11月採択)第8条第2項では、、メンバー国が、商業用レコードの公衆への伝達について、実演家及びレコード製作者に対し報酬請求権を与えなければならないことを規定している((1)参照))。

    なお、生の実演の公衆への伝達については、ローマ条約第7条第1項(a)では、実演家にこれを防止する可能性が与えられなければならないとされ、世界貿易機関(WTO)設立協定の付属書である知的所有権の貿易関連側面(Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)に関する協定(以下「TRIPS協定」という。)の第14条第1項も同様の規定となっている。
    〈考えられる対応例〉
    [A]許諾を得て録音録画された実演(映画に録音録画されたものを除く)若しくはレコードの当該録音録画物又はレコードの再生による公の上演・演奏について、実演家及びレコード製作者に対し、二次使用料請求権を与える。
    [B]許諾を得て録音録画された実演(映画に録音録画されたものを除く)若しくはレコードの当該録音録画物又はレコードの再生による公の上演・演奏について、実演家及びレコード製作者に対し、許諾権を与える。
    [C]生の実演又は許諾を得ずに録音録画された実演の公の上演・演奏について、実演家に対し、許諾権を与える。
    〈考察〉
    本項で問題となると考えられる行為には、第一に、実演の適法な録音録画物又はレコードを再生して直接公衆に見せ又は聞かせる行為、第二に、実演の適法な録音録画物又はレコードを特定の通信端末に伝送しその場で再生して公衆に見せ又は聞かせる行為、第三に、生の実演又は許諾を得ずに録音録画された実演を特定の通信端末に伝送し公衆に見せ又は聞かせる行為がある。

    このうち第一及び第二の類型については、[A]又は[B]の対応が考えられるが、録音物の再生演奏に係る著作権法附則14条による著作者の権利の制限の見直しの状況を踏まえて検討する必要がある。

    なお、(1)と同様、いったん実演家の許諾を得て映画の著作物に録音又は録画された実演の公衆への伝達に係る実演家の権利についても併せて検討すべきであるとの意見もあった。

    第三の類型については、[C]の対応が考えられる。しかし、従来、生実演の放送・送信以外の公衆への伝達については実演の際の契約において実演家がコントロールすることができ、許諾を得ずに録音録画された実演の公衆への伝達については当該録音録画の行為自体に権利を行使することによって対応できるとの理由から、特段の権利は必要ないとされてきたところであり、このような従来の対応によっては不十分と考えられる事情が生じているのかどうかを、更に慎重に検討する必要があると考えられる。

    (3) 翻案権

    〈現状〉
    現行著作権法上、実演家及びレコード製作者の翻案権は規定されていない。
    〈問題の所在〉
    デジタル技術の発達により実演やレコードのサンプリングなどの方法による改変と再利用が容易になっており、実演家及びレコード製作者にこれをコントロールする権利を与えるべきであるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ローマ条約をはじめとする既存の国際条約には、実演家及びレコード製作者の翻案権に関する規定はない。
    WIPO事務局は新文書においてこの権利を規定することを提案しているが(INR/CE/III/2パラ63(d)、67(d))、各国の意見は分かれており、今後の方向性は明らかになっていない。
    なお、米国著作権法は、著作物である録音物の著作者に対し、録音物に固定されている実際の音を再整理等して二次的著作物を作成する権利を与えている(第106条第2号、第114条(b))。
    〈考えられる対応例〉
    [A]実演及びレコードの翻案に関し、実演家及びレコード製作者に著作者と同様の翻案権を与える(27条参照)。
    〈考察〉
    著作物ではない実演やレコードについて、そもそも翻案という概念はなじまないのではないかとの疑問が表明された。また、複製権は、著作物等全体のそのままの複製のみならず、部分的な複製や多少の修正増減を加えた複製であっても、それが元の著作物等に実質的に依拠していると認められる場合には及ぶものと解されており、実際上の問題は複製権のこのような解釈・適用によって対応できるのではないかと指摘された。したがって、[A]のように翻案権を設けることには消極的な意見が多かった。

    今後の技術の動向を踏まえ、複製権では対応できないような問題が生ずるおそれがあるかどうかを更に検討する必要があると考えられる。

    3 人格権
    (1) 著作者人格権(同一性保持権)
    〈現状〉
    著作権法第20条第1項は「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする」と規定している。また、同条第2項はその例外として、教科書・学校教育番組での利用、建築物及びプログラムの場合のほか、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」を挙げている。
    〈問題の所在〉
    著作物の改変を含むインタラクティブな利用ができるというマルチメディアの特性及び現行著作権法とベルヌ条約の規定振りの相違を考慮して、著作者人格権(同一性保持権)の在り方を見直す必要があるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約6条の2第1項は、著作者は「著作物の変更、切除その他の改変又は著作物に対するその他の侵害で自己の名誉又は声望を害するおそれのあるものに対して異議を申し立てる権利を保有する」と規定しており、ほとんどのベルヌ条約加盟国の著作権法において、この規定に従った著作者人格権規定が設けられている。なお、米国著作権法は一部の著作物について限定的な人格権を規定するにとどまるが、各州のコモン・ロー等により実質的な保護が図られていると説明されている。

    マルチメディアに関連する著作者人格権の問題については、国際的な検討の動きは見られない。
    〈考えられる対応例〉
    [A]同一性保持権の及ぶ範囲を「(著作者)の意に反する改変」から「著作者の名誉又は声望を害するおそれのある著作物の改変」に改める(20条1項)。
    [B]20条2項4号を「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし公正な慣行に合致すると認められる改変で、著作者の名誉又は声望を害するおそれのないもの」に改める。
    [C]20条に「著作者は、その著作物の改変について、他人に対し、当該著作者の名誉又は声望を害することのない限り第1項の権利を行使しないことをあらかじめ承諾することができる。この承諾は書面によってなされなければならない。著作者がこの承諾を行った場合には、その際に反対の意思表示をしていない限り、第3者に対しても第1項の権利を主張することができない。」という趣旨の規定を追加する。
    〈考察〉
    マルチメディアの特性及び国際的調和の観点から、[A]-[C]のような規定の見直しを支持する意見があるものの、次の理由から現時点における法改正には消極的又は慎重な意見が多かった。

    すなわち、1)法改正により著作物のみだりな改変を助長するおそれがあること、2)「意に反する改変」と「名誉又は声望を害するおそれのある改変」のそれぞれの範囲と両者の関係については様々な考え方があり得るものであり、仮に文言を改めても必ずしも実際上の問題の解決に資することが期待できないこと、3)現行法の下でも、「意に反する改変」か否かは、著作者の単なる主観的判断によるのではく、社会通念上、名誉・声望などの人格的利益を害するおそれがあるかどうかによって判断するという解釈も可能であること、4)実際上は、いわゆるマルチメディア・ソフトの製作に際して、製作者が通常想定される改変についてはあらかじめ著作者から許諾を得るなどの適切な契約慣行を確立し、極端なケースについては権利濫用や信義則の法理を適用することによって対応可能と考えられること、5)そもそもマルチメディアにおける著作物の利用に関し、現実にどのような改変が行われ、著作者人格権に係る問題がどのように生じているのかという具体的な実態が必ずしも明らかでないこと、などである。

    したがって、今後この問題への制度的対応を更に検討するとすれば、これらの諸点に十分留意する必要があると考えられる。

    (2) 実演家の人格権
    〈現状〉
    実演家については、著作権法上、著作者人格権のような権利は認められていない。
    ただし、判例・学説においては、民法上の不法行為理論により、一定の人格的利益の保護が認められている。
    〈問題の所在〉
    デジタル技術の発達により実演の改変が容易になることから、実演家の人格的利益の保護を明確にすることが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ローマ条約をはじめとする既存の国際条約には、実演家の人格権に関する規定はない。
    WIPO事務局は新文書において実演家の氏名表示権及び同一性保持権を規定することを提案しているが(INR/CE/III/2 パラ35、36)、各国の意見は分かれており、今後の方向性は明らかになっていない。
    なお、ドイツ著作権法は、実演家に対し、その実演の改変その他の侵害で、実演家としての名誉又は声望を害するおそれのあるものを禁止する権利を与えている(第83条)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]実演の改変に関し、著作者と同様の同一性保持権を与える((1)参照)。
    [B]著作者と同様のすべての人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を与える。
    〈考察〉
    著作権法上実演家の人格権を考えるとすれば、それは実演の改変に関する権利であり、実演家個人の一般的人格権ではないということを、まず前提とする必要がある。
    現在指摘されている問題は、むしろ実演家個人の一般的人格権にかかわるものも多く、適切な契約慣行を確立するとともに、肖像権を含め民法上の不法行為理論によって対応することが適当であるとの考え方から、[A]又は[B]のような対応については、消極的意見が多かった。

    いずれにせよ、この問題への対応に際しては、著作者の人格権の場合と同様、まず、マルチメディアにおける実演の利用の実態を、具体的に把握する必要があると考えられる。

    4 著作者等の権利の制限
    (1) 私的使用のための複製
    〈現状〉
    著作権法第30条第1項は、一般に私的使用のための複製を自由かつ無償としており、同条第2項によりデジタル方式の録音録画についてのみ著作者等に補償金請求権を与えている。
    なお、コンピュータ・プログラムについては、私的使用のための複製以外に著作権法第47条の2により、プログラムの著作物の複製物の所有者によるコンピュータでの利用に必要な複製・翻案が許容されている。
    〈問題の所在〉
    デジタル方式などの高度の複製技術の発達普及に伴い、私的使用のためであっても複製が広く行われることになれば、オリジナルを代替することになり、著作者等の経済的利益に大きな影響を与えるので、権利制限規定を見直す必要があるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約第9条第2項は、著作者の複製権について、「複製が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しないこと」を条件として制限することを許容している。また、ローマ条約第15条第1項(a)は、明示的に「私的使用」に関する例外を設けることを認めている。

    このため、多くの国の著作権法において私的使用のための複製についての権利制限規定が設けられている。

    ただし、前述のコンピュータ・プログラムの法的保護に関するECのディレクティブでは、私的使用のための複製の権利制限を認めておらず、EU加盟国の著作権法では、プログラムについてはこの権利制限規定の適用を除外している。
     また、米国著作権法では、公正使用(fair use)の概念により、諸般の事情を総合して権利侵害の有無を判断することができることとなっており、私的使用に該当すれば当然に権利が制限されるという規定にはなっていない(第107条)。

    なお、ベルヌ条約議定書の検討に際してのWIPOの事務局による当初の提案では、書籍の全体、コンピュータ・プログラム、データベース及び楽譜の複製並びにすべての著作物又は録音物の連続的デジタル複製については、私的使用のためであっても著作者等の許諾を要すると規定していた(BCP/CE/1/3 パラ102)。もっとも、この提案については詳細に過ぎるので各国の法令に委ねるべきであるとの意見が多く十分な支持を得られなかったため、現在では検討事項から除外されている。
    〈考えられる対応例〉
    [A]私的使用のための複製の権利制限規定は、著作物のデジタル方式による複製物のデジタル方式による複製については適用しないこととする(家庭用の録音録画専用機器による複製の場合を除く)。
    [B]私的使用のための複製の権利制限規定は、複製の禁止又は制限のための技術的な措置が講じられている著作物の複製物(放送等により提供された著作物を含む)について、これを解除又は回避する技術的装置を用いて複製する場合には適用しないこととする。ただし、刑事罰は適用しない(119条1号参照)。
    [C]プログラム及びデータベースの著作物(又はプログラムのみ)については、私的使用のための権利制限規定を適用しないこととする。
    〈考察〉
    デジタル技術の発達及び通信ネットワークの整備に伴い、従来の公的・私的の区別がつかなくなることが予想されるため、基本的には、[A]のような対応を支持する意見が多かった。この場合、著作物の通常の使用を妨げることのないようにするための規定の在り方について、併せて検討する必要があると考えられる。

    一方、当面は、緊急な対応の必要性の程度及び規定の実効性確保の可能性の観点から、[B]のように複製の解除又は回避のための技術的装置の製造、頒布等の規制と組み合わせて、その限度において対応するとの意見や、[C]のように問題となることが明確な特定の著作物のみについて、とりあえず対応することが適当であるとの意見があった。

    さらに、デジタル録音録画に係る補償金制度の対象を拡大する可能性を検討する必要があるとの指摘もあった。

    (2) 図書館等における複製
    〈現状〉
    著作権法第31条は図書館等における複製について、利用者に対する複写サービス(同条第1号)、資料の保存(同条第2号)及び他の図書館に対する提供(同条第3号)に係る権利制限を厳格な条件の下に規定しているが、図書館資料のデジタル化、通信ネットワークを利用した送信や複製物の提供などは想定していない。

    なお、企業、図書館、学校等におけるコピー機による文献の複写問題については、平成3年に関係権利者により日本複写権センターが設立され、平成4年度から主として企業との間の複写許諾契約の締結を進めている。しかし、現在のところ、図書館等との間の契約には至っておらず、また同センターが権利者から委託を受けているのは複写権のみであり、有線送信の許諾業務はできないという状況である。
    〈問題の所在〉
    今後、学術文献等の図書館資料の通信ネットワーク等を利用した送信や複製物の提供が発達普及することが予想され、これに対応して、現在の図書館等に係る権利制限規定を見直す必要があるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約上、図書館等における複製に関する明示的な規定は存在しないが、同条約第9条第2項を根拠にして多くの国の著作権法で何らかの規定が設けられている。

    例えば、米国著作権法第108条及び英国著作権法第37~44条では、図書館等における複製についての詳細な権利制限規定を設けている。また、ドイツ著作権法は、自己の学術的、記録的等の目的のために著作物を自ら複製し又は他人に複製させることを許容するとともに、図書館等が複写機器を備えて操作する場合には、著作者は図書館等に対する報酬請求権を有するものとされている(第53条、54条)。

    ベルヌ条約議定書の検討に際してのWIPO事務局による当初の提案においては、コンピュータ・プログラム、データベース、楽譜等以外の著作物の図書館等における複製についての権利制限規定を含んでいたが(BCP/CE/1/3 パラ88)、この提案については詳細に過ぎるので各国の法令に委ねるべきであるとの意見が多く、十分な支持を得られなかったため、現在では検討事項から除外されている。

    米国のNII報告書草案では、法改正は勧告しないものの、図書館等における著作物の公正使用の範囲について、デジタル著作物及びオンラインサービスの時代に適合したガイドラインを作成することを目指し、権利者とユーザーが協議を行う場を設定する旨を提案している。(第IV章A.5)

    なお、フランスは、本年1月の知的所有権法改正により、図書館等における複写に限らず、複写(reprographie)一般について、集中管理団体による権利行使を義務付けることとしている(第122の10条)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]図書館等における利用者に対する複写サービスについての権利制限(31条1号)を廃止し、著作者の許諾を要するものとする。
    [B]図書館等における利用者に対する複写サービスについて、通信ネットワークを利用する場合(図書館間及び図書館と利用者の間を含む)における有線送信権を含めて、権利を制限するとともに、著作者に相当な額の報酬又は補償金を支払わなければならないものとする。
    〈考察〉
    将来的には規定の大幅な見直しが必要であろうという認識では一致したが、その際には国際的なネットワークの普及の動向、図書館の役割やその公共性と民間の情報サービス業者との関係など、幅広い観点から総合的に検討する必要があるとの意見が多かった。
    また、仮に[A]又は[B]の方策を採用するとしても、権利の集中管理の充実が不可欠の条件であるとの指摘もあった。

    したがって、当面、日本複写権センターが複写複製権に加えて有線送信権についても権利委託を受け、図書館との利用許諾契約を推進するなど、その業務を一層充実させる一方、図書館側においても今後の図書館サービスの在り方と権利処理の問題に関する研究を推進するなど、まず関係者における積極的な取り組みが必要であると考えられる。

    (3) 非営利・無料の貸与
    〈現状〉
    著作権法第38条第4項により、「公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。」と規定され、また、同条第5項により「映画フィルムその他の視聴覚資料を公衆の利用に供することを目的とする視聴覚教育施設その他の施設(営利を目的として設置されているものを除く。)で政令で定めるものは、公表された映画の著作物を、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物の貸与により頒布することができる。この場合において、当該頒布を行う者は、当該映画の著作物又は当該映画の著作物において複製されている著作物につき第26条に規定する権利を有する者(第28条の規定により第26条に規定する権利と同一の権利を有する者を含む。)に相当な額の補償金を支払わなければならない。」と規定されている。
    〈問題の所在〉
    図書館等においては、近年の情報化社会の進展に対応して、文献資料に限らず多様なメディアの資料の貸与を積極的に進めようとする傾向があるが、それらにより著作者の経済的利益に大きな影響を及ぼすおそれがあるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    著作物等の商業的目的による貸与(rental)については、TRIPS協定によりコンピュータ・プログラム、映画及びレコードに関し、著作者等に原則として許諾権を与えることが規定され(第11条、第14条第4項)、WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書に関する事務局提案でも更に広い範囲に権利を与えることとされている(BCP/CE/IV/2 パラ68、INR/CE/III/2 パラ64(b)、パラ68(b))。しかし、いずれにおいても非営利無料の貸与(lending)には触れていない。

    多くの国の著作権法においても、近年貸与権が導入されているが、その対象は商業的目的による貸与に限定されている。

    しかし、一部の国では著作物等の非営利無料の貸与についても著作者等に権利を与えている。英国では、著作権法により、レコード、映画及びコンピュータ・プログラムの非営利無料の貸与については許諾権を規定するとともに(第18条第2項、附則7(8))、書籍の図書館における貸与については、特別法により、著作者に公貸権(public lending right)と呼ばれる報酬請求権を与えている。また、ドイツ著作権法は、著作物一般の公共施設による貸与について、著作者に報酬請求権を与えている(第27条第1項)。

    また、貸与権及び隣接権に関するECのディレクティブでは、著作物等の商業的目的のみならず非営利無料の貸与についても、著作者等に許諾権を与えることを原則とするとともに、例外として非営利無料の貸与については少なくとも著作者に報酬請求権を与えればよいこと及び一定の施設についてはこの報酬支払い義務を免除してよいことを規定している(第1条、第5条)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]非営利・無料の貸与に係る権利制限規定の対象から一定の著作物等の複製物(コンピュータ・プログラム、映画、レコード、デジタル方式によって固定された著作物など)を除外し、著作者等の許諾を得なければならないこととする。
    [B]一定の著作物等の複製物の非営利・無料の貸与については、著作者に相当な額の報酬又は補償金を支払わなければならないものとする。
    [C]すべての著作物の複製物の非営利・無料の貸与について、著作者に相当な額の報酬又は補償金を支払わなければならないものとする。
    〈考察〉
    この問題についても、将来的には規定の大幅な見直しが必要であろうという認識では一致したが、図書館等による文献以外の資料の貸出の動向とその権利者に与える影響や映画(ビデオ)の貸出に関する補償金請求権行使の状況を調査するとともに、(2)と同様、今後の図書館等の在り方を含め、幅広い観点から総合的に検討する必要があるとの意見が多かった。

    5 著作物等の複製の技術的制限等
    (1) 著作物等の複製の技術的制限の解除装置等の規制
    〈現状〉
    著作権法上、これを規制する規定は存在しない。
    なお、著作権法112条第2項は、著作者等は、著作権等を侵害する者又は侵害するおそれのある者に対する差止請求を行うに際し、「もっぱら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄」を請求することができると規定している。
    〈問題の所在〉
    著作物等の複製物がコピーを禁止又は制限する技術的措置を付して提供されている場合に、当該措置を解除又は回避する装置が製造・頒布され、この装置を利用して広範な複製が行われることにより、著作者等の経済的利益が侵害されるので、対応が要請されているとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約等の既存の国際条約には、この点に関する規定は存在しない。
    WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書に関する事務局提案では、コピープロテクション又はコピーマネジメントの装置を回避するために、特別に又はそれを主たる目的として(specifically or predominantly)設計された装置の製造、輸入及び販売について、著作権侵害と同様の制裁や救済を与えることとしている(BCP/CE/IV/2 パラ98、INR/CE/III/2 パラ100)。

    既に英国著作権法では、著作物の複製物が複製防止の電子的形式により公衆に頒布される場合に、これを回避するための装置の製造等及び情報の公表について、頒布業者に対し救済手段を与えている(第296条)。

    また、コンピュータ・プログラムの法的保護に関するECのディレクティブでは、プログラムについて同様の規定を置いており(第7条1(C))、EU加盟国はこれに従ってそれぞれの国の著作権法を整備している。

    米国著作権法は、デジタル録音機器にSCMS(Serial Copy Management System)と呼ばれるコピー制限装置を備えることを義務付けるとともに、これを回避するための装置の製造等を規制している(第1002条)。更に、コピープロテクション等一般については、現行法の下で寄与侵害(contributory infringement)の法理によって対応できるとの考え方もあるが、必ずしも明確かつ十分ではないため、NII報告書草案では、一般に著作物の利用制限を無許諾で解除する装置の製造やサービスについて、著作権法上明文の規制を設けることを提案している(第IV章A.2)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]複製の禁止又は制限のための技術的な措置が講じられている著作物等の複製物について、当該措置を解除又は回避することにより複製を可能ならしめる技術的装置を製造又は頒布する行為は、著作権侵害とみなし、民事救済及び刑事罰の対象とする(113条参照)。
    [B][A]の行為については、刑事罰のみの対象とする(119条参照)。
    〈考察〉
    この問題について、[A]又は[B]のように何らかの対応を行うことが適当であるということには異論がなかった。

    この場合、私的使用のための複製の権利制限規定との整合性を図るためには、少なくとも4(1)の〈考えられる対応例〉における[B]のような対応を併せて講ずる必要があると考えられる。

    また、このような規制によって、著作物の通常の利用のために必要な正当と認められる複製まで妨げることとなり、更に保護期間の経過した著作物やそもそも著作物ではない情報まで事実上保護されることとなるおそれがあるとの懸念が表明されたが、この点については、規制の対象とする技術的装置の範囲を限定することによって対応するとの意見がある一方、当事者間の契約や具体的ケースに応じた司法的判断に委ねる余地を残すことが適当であるとの意見もあった。

    なお、技術的制限を解除又は回避する情報の公衆への開示まで含めて規制することが適当かどうかについては、積極・消極の両意見があった。
    以上のような対応について、著作権法以外の行政法規又は警察法規による対応の可能性を検討すべきであるとの意見もあった。

    (2) 著作物等の受信の技術的制限の解除装置等の規制
    〈現状〉
    著作権法上、これを規制する規定は存在しない。
    〈問題の所在〉
    著作物等がその受信を禁止又は制限する技術的装置を付して放送・送信されている場合に、当該措置を解除又は回避する装置が製造・頒布され、この装置を利用して広範な受信及び複製が行われることにより、著作者等の経済的利益が侵害されるので、対応が要請されているとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約等の既存の国際条約には、この点に関する規定は存在しない。
    WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書に関する事務局提案では、暗号化された放送番組等を、受信資格がない者が受信することを可能にし又は支援する装置の製造、輸入及び販売について、著作権侵害と同様の制裁や救済を与えることとしている(BCP/CE/IV/2 パラ98、INR/CE/III/2 パラ100)。

    既に英国著作権法では、放送番組等を料金支払を回避するために不正受信する行為について罰則を設けるとともに、暗号化された放送番組等の受信を可能にするための装置の製造等及び情報の公表について、送信事業者に対し救済手段を与えている(第297条、第298条)。

    豪報告書は、この英国著作権法と同様の規定を同国にも導入することを提案している(勧告12)。

    米国では、通信法について、暗号化された放送番組等の無許諾の解除装置の製造等について刑事罰を規定している(第605条(e)(4))。また、平成5年12月に米国、カナダ及びメキシコの間に締結された北米自由貿易協定(NAFTA)では、加盟国に対し、このような装置の製造等についての刑事罰を規定するとともに、商業的な受信や再送信についての民事救済を規定することを義務付けている(第1707条)。なお、NII報告書草案では、(1)に述べたように、一般に著作物の利用制限を無許諾で解除する装置の製造やサービスについて、著作権法上明文の規制を設けることを提案している(第IV章 A.2)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]受信の禁止又は制限のための技術的な措置が講じられている著作物等の放送・送信について、当該装置を解除又は回避することにより受信を可能ならしめる技術的装置を製造又は頒布する行為は、著作権侵害とみなし、民事救済及び刑事罰の対象とする(113条参照)。
    [B][A]の行為については、刑事罰のみの対象とする(119条参照)。
    〈考察〉
    この問題についても、(1)と同様、[A]又は[B]のように何らかの対応を行うことが適当であるということには異論がなかった。

    ただし、現行著作権法上、著作者は単なる受信行為については権利を有しないにもかかわらず、受信のための技術的装置について権利を認めることは整合性を欠くので、技術的装置を用いた受信行為自体についても民事救済の対象とすべきであるとの意見があった。
    また、このような規制の受益者については、実際上の経済的影響を考慮すれば、送信される著作物の著作者のみならず、送信事業者を新たな著作隣接権者として含めるべきであるとの意見もあった。

    なお、過剰な保護のおそれに対する懸念、技術的制限を解除又は回避する情報の公衆への開示の規制の当否及び他の行政法規又は警察法規による対応の可能性についての意見は、(1)と同様である。

    (3) 著作権管理情報に関する措置
    〈現状〉
    著作権管理情報とは、著作物等に係る権利の帰属、利用条件、同定番号などの権利管理に必要な情報を指す。
    著作権法第121条は、著作者でない者を著作者名として表示した著作物の複製物を頒布した者に対する罰則を規定しているが、著作権管理情報一般について、その不正付与等を規制する規定は存在しない。
    〈問題の所在〉
    著作物等の複製物に著作権者等の氏名などの権利管理情報を組み込む技術が発達普及しつつあり、将来的には通信ネットワークの高度化に伴い、権利処理等に大きな役割を果たすことが予想されるので、その信頼性を確保し促進していく必要があるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    米国のNII報告書は、不正な意図をもって、虚偽の著作権管理情報を著作物にデジタル方式で付与したり、虚偽の情報が付与された著作物を頒布等したり、付与された情報を除去又は改ざんしたりする行為に対して、刑事罰を科することを提案している(第IV章 A.3)。

    WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書の検討においては、事務局提案には含まれていないが、米国がこのような規定の導入を提案している。同提案に対しては多くの国が関心を示しているものの、まだ具体的な検討には至っていない。
    〈考えられる対応例〉
    [A]著作物等の複製物の提供又は放送・送信に際し、故意に虚偽の著作権管理情報を付与し、又は真正な情報を改ざん・除去する行為について、刑事罰の対象とする。
    [B]著作物等の複製物の提供又は放送・送信に際し付与する著作権管理情報について、登録制度を設け、登録内容についての推定効を与える。
    〈考察〉
    著作権管理情報の組み込みとこれを利用した権利処理は将来的に発展するであろうと考えられるが、制度上の対応は、今後の動向を踏まえ更に慎重に検討する必要がある。
    なお、昭和62年の刑法の一部改正により追加された同法第161条の2においては、「人の事務処理を誤らしむる目的をもってその事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作りたる者」及びこのような不正な電磁的記録を「人の事務処理の用に供したる者」に対する罰則を規定している。また、同法第246条の2においては、「人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正の指令を与えて財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り」又はこのような電磁的記録を「人の事務処理の用に供して財産上不法の利益を得又は他人をしてこれを得せしめたる者」に対する罰則を規定している。著作権管理情報は不正な付与等の行為については、一定の要件が具備されれば、これらの規定の適用の可能性も考えられるため、[A]の対応についてはこのことを含め取引の安全等に関する他の法令との関係に留意しなければならない。

    また、[B]の対応については無方式主義との関係や登録体制の整備の問題などに留意しなければならない。

    したがって、当面は、関係者による任意の著作権権利情報集中・提供体制の整備を促進するとともに、ネットワークを利用した権利処理システムの構築のための研究を推進することが適当と考えられる。

    6 著作権等の帰属、譲渡、利用許諾等
    (1) 著作権等の帰属
    映画に関する規定の見直しと密接に関連するため、後述する(8(2)参照)。

    (2) 著作権契約の要式化
    〈現状〉
    現行著作権法上、著作権に関する契約の方式についての規定は存在しない。
    なお、著作権の移転、出版権の設定等については、登録が第三者対抗要件とされている(第77条、第88条)。
    〈問題の所在〉
    著作物等の利用方法の多様化に伴い、口頭による契約や内容の曖昧な契約によって後日にトラブルが発生する場合が増加するおそれがあるとの指摘がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約等の既存の国際条約には、この点に関する規定は存在しないが、国内法において、一定の著作権契約について、文書によることを義務付けている国がある。
    米国及び英国では、著作権の譲渡等の契約は文書によらない限り無効であるとされている(米国著作権法第204条(a)、英国著作権法第90条(3)・第92条(1))。

    ドイツ著作権法第40条(1)では、著作者が将来の著作物の内容を詳細に定めずにその利用を許諾する契約については、文書によることを義務付けている。
    〈考えられる対応例〉
    [A]著作権等の全部又は一部の譲渡契約は、書面によってなされなければならないこととする(61条参照)。
    [B][A]に加え、著作物等の利用許諾契約はすべて書面によってなされなければならないこととする(63条参照)。
    〈考察〉
    この問題は民法の契約法上の基本的な原則に関わっているので、制度改正には消極的な意見が多く、まず当事者の自覚と努力によって、書面による契約の励行と登録制度の利用の促進を図るべきことが指摘された。

    (3) 著作物等の利用許諾の推定
    〈現状〉
    現行著作権法上、著作物等の利用許諾契約において明示されていない方法による利用の許諾を推定するとの規定は存在しない。

    なお、許諾の推定とは逆に著作者の保護を図る観点から、著作権法第63条第4項は、「著作物の放送又は有線放送についての第1項の許諾は、契約に別段の定めがない限り、当該著作物の録音又は録画の許諾を含まないものとする。」と規定している。
    〈問題の所在〉
    デジタル化された著作物の円滑な利用を確保するため、著作者がその著作物のデジタル化をいったん許諾した場合には、その後の著作物の翻案等についても許諾を与えたものと推定するなどのルールを設けることが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    著作物のデジタル化に関連して契約内容の推定規定を設けている国はなく、また、現在のところ国際的にそのような検討の動きも見られない。
    なお、8(2)において述べるように、映画又は視聴覚著作物の製作契約に関する特別規定を設けている国は多い。

    また、ドイツ著作権法第31条第4項では、許諾の推定とは逆に、著作物の未知の利用方法を目的とする利用権の許与は無効とする旨を規定している。
    〈考えられる対応例〉
    [A]著作者がその著作物のデジタル方式による複製物の作成を許諾した場合には、別段の意思表示のない限り、当該著作物の翻案等についても許諾を与えたものと推定する。ただし、翻案物等を営利を目的として複製等する場合には、著作者に相当な額の報酬を支払わなければならないこととする。
    [B]著作物等の利用許諾契約において、著作者は、利用方法を特定せず現在及び将来における著作物の利用について包括的な許諾を与えることができる。この場合において、別段の意思表示のない限り、利用者が当該契約の時点において知られていない方法により著作物を利用しようとするときには、利用者は著作者に対し相当な額の報酬を支払わなければならないこととする。

    〈考察〉
    [A]又は[B]のような規定を設けることについては、消極的な意見が多かった。その理由としては、マルチメディアにおける著作物利用の動向がまだ固まっていない段階で一律の契約解釈の基準を設けることは適当でないこと、特にデジタル化された後の著作物の利用を自由とするような方向の改正には問題があり、むしろ現行法制の下で当事者による適正なルールの確立を促すべきであることなどが指摘された。

    7 情報のデジタル化及び公衆への提供行為の評価
    (1) 情報をデジタル化した者の権利
    〈現状〉
    現行著作権法では、データベースでその情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは著作物とされ、その創作者は著作者として保護されるが(第12条の2)、情報を単にデジタル化した者又は創作性のないデータベースを製作した者の保護については規定されていない。(なお、著作権法第2条第1項第6号はレコード製作者を「レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう。」と定義しており、著作物ではない音を最初に固定した者も著作隣接権により保護されている。)
    〈問題の所在〉
    情報のデジタル化は、その後の当該情報の容易かつ多様な利用を可能にするなど極めて経済的価値の高い行為であり、また、その際には多大の労力とともにノウハウを要するものもあるので、音を最初に固定した者がレコード製作者として保護されるのと同様に、著作隣接権により保護されるのが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ECにおけるデータベースの法的保護に関するディレクティブ草案(1993年10月修正案)では、データベースの創作性すなわち著作物性の如何に関わらず、その製作者は、データベースの内容の全部又は実質的部分を無許諾で商業的に抽出・再利用することを妨げる権利を有することとされている。この権利は、著作権とは別の特別の権利(sui generis right)とされ、その保護期間は原則として創作後15年とされている(第10条~第13条)。

    WIPOにおけるベルヌ条約議定書の検討においては、事務局がこのような保護の導入の当否についての意見を各国に求めたのに対し、多くの国が関心を示す一方で、著作物の保護に関する議定書の内容にはそぐわないなどの疑問も指摘され、当面EUにおける動向を見つつ検討を継続することとされた。
    〈考えられる対応例〉
    [A]著作物等の情報をデジタル方式により初めて電子媒体に固定した者に対し、その固定された情報を、営利を目的として、公衆に頒布するために複製し、頒布し、又は送信により公衆に提供することについて、著作隣接権を与えることとする。
    [B]創作性を有せず著作物として保護されないデータベースの製作者に対し、当該データベースに含まれる情報の相当程度のまとまりを、営利を目的として、公衆に頒布するために複製し、頒布し、又は送信により公衆に提供することについて、著作隣接権を与えることとする。

    〈考察〉
    [A]の対応については、レコード製作者の場合と違って影響が極めて大きいこと、将来的には技術の発展に伴い情報のデジタル化は誰もが容易にできるようになると考えられること、デジタル化一般について保護すべき準創作的行為が存在するとはいえないことなどの理由から反対する意見がある一方、権利の内容を商業的なデッドコピーの作成と利用に関するものに限定すれば社会通念上問題は生じないとして、著作権法又は他の何らかの法制による導入を支持する意見があった。

    また、現行法上創作性のあるデータベースが著作物として保護されることは明確であり、現在普及・流通しているデータベースの多くは創作性を備えているものと考えられるが、情報の収集や分析・加工などのデータベース作成過程の自動化が進んでいること、今後、国際的なネットワークを利用したデータベースの提供サービスがますます普及していくと予想されることから、少なくとも[B]のように創作性のないデータベースに限定した対応の可能性については、国際的な検討状況に留意しつつ、更に検討する必要があるとの指摘があった。
    (2) 送信事業者の権利
    〈現状〉
    著作権法第98条~第100条の4は、放送事業者及び有線放送事業者の保護を規定している。同法第2条第1項第9号の2は、「有線放送」を「有線送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行うものをいう。」と定義している。
    〈問題の所在〉
    情報ネットワークの高度化に伴い、今後、オンデマンドのインタラクティブな形態の送信による情報提供サービスが発達することが予想され、データベース・ディストリビュータを含む送信事業者について、放送事業者及び有線放送事業者と同様に、著作隣接権による保護を与えることが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ローマ条約には、無線による放送事業者の保護のみが規定されている。
    各国著作権法の中には有線放送事業者の保護を規定するものもあり(例えば英国著作権法第9条第2項(c))、貸与権及び隣接権に関するECのディレクティブでは、無線及び有線の別を問わず放送事業者を保護することとしている(第6条第2項)。しかし、送信事業者一般を保護するとの規定は見られない。

    豪報告書は、同国が従来特定の放送事業者のみを保護していたことを改め、無線及び有線の放送事業者一般を保護することを提案しているが、放送以外の送信については、当面送信される著作物が保護されればよいと述べている(勧告5)。

    WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書の検討においては、1(2)に述べたように、今後放送や送信の概念についても検討が行われることが予想されるが、放送事業者の保護に与える影響については検討対象とされていない。
    〈考えられる対応例〉
    [A]公衆によって直接受信されることを目的として、公衆の求めに応じ、著作物等の(有線)送信を行うことを業とする者に対し、複製権、送信権などの著作隣接権を与える。
    [B]データベースを、公衆の求めに応じ、(有線)送信により公衆に提供することを業とする者に対し、複製権、送信権などの著作隣接権を与える。
    〈考察〉
    放送と送信の区別の見直しの観点から、[A]のような対応を支持する意見がある一方、送信事業者と受信者の間の契約によって対応できるのではないか、放送の場合の番組編成のような準創作的行為が存在するのか、などの疑問も指摘された。

    当面、[B]のようにデータベースの送信事業者についてのみ著作隣接権を与えるとの意見もあったが、データベースについては、その著作者及び必要に応じ(1)の[B]のように創作性のないデータベースの製作者を保護すれば足りるとの意見もあり、これらの保護と送信事業者の保護との関係を更に考慮する必要があると考えられる。

    8 映画に関する規定の見直し
    (1) 著作物の分類
    〈現状〉
    著作権法第10条第1項第7号は、著作物の例示として「映画の著作物」を挙げ、同法第2条第3項は、「映画の著作物」には、「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含む」と規定している。したがって、ビデオムービーやいわゆるマルチメディア・ソフトと呼ばれているものも、この定義に該当する限り映画の著作物として保護されることになっている。
    〈問題の所在〉
    映画の著作物に関する規定は、もともと劇場用映画を念頭において設けられたものが、現在では解釈上広く適用されている点に問題があり、多様な視聴覚著作物やマルチメディア著作物の発達に伴い、見直す必要があるとの指摘がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約第2条第1項は、映画の著作物には、映画に類似する方法で表現された著作物を含むと規定されている。
    各国著作権法においても、一般に映画の著作物の概念を広く捉え、又は映画を含む視聴覚著作物の概念を設けることによって対応している。

    ドイツ著作権法では、映像の連続物又は映像・音の連続物で映画の著作物として保護されないものについては、映画の著作物に関する規定の一部を準用するが、著作者の映画製作者に対する利用権の許与及び実演家の権利の制限に関する規定は準用しないこととしている(第95条)。

    米国のNII報告書草案は、マルチメディア著作物は同国著作権法における視聴覚著作物(audiovisual works)として捉えることができるとするとともに、従来の分類の境界を越える著作物の増大にかんがみ、著作物の分類の意義自体に疑問が生じており、将来的には分類の撤廃を検討する必要があるかもしれないことを述べている(第I章A.l.d)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]映画の著作物の範囲は伝統的な劇場用映画に限定するとともに、それ以外の文字、音声、画像等の情報が統合され全体として一つの創作的表現となっている著作物については、「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」のような新たな著作物の分類を別途設ける。
    [B]映画の著作物という分類を廃止し、より広い範囲の著作物を含む「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」のような新たな著作物の分類を設ける。
    〈考察〉
    現行法における映画の著作物の概念について、見直すべき時期に至っているとの意見が多かった。
    その場合、基本的には、[B]のように映画の著作物の概念自体を改めるべきであるとの意見が多かったが、当面は従来の実務慣行等への影響に留意して、[A]のように映画の著作物の概念を維持しつつ、別途新たな分類を設けることが適当であるとの意見もあった。もっとも、今日、映画は当初から劇場公開以外にビデオ化等の利用を行うことを前提として製作されることが多く、また、ビデオによる上映も発達しつつあることを考慮すると、映画の著作物と新たな分類の著作物との区別が困難になることを考慮する必要があると考えられる。

    (2) 著作者及び著作権等の帰属
    〈現状〉
    著作権法第16条では、「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」となっているが、同法第29条第1項は、映画の著作物の著作権は、「その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している。また、同法第91条第2項は、実演家の許諾を得て映画の著作物に録音録画された実演については、その実演家は録音録画権を有しないものと規定している。

    なお、このほか著作権法には、法人等の発意に基づき職務上作成された著作物については、一定の要件を満たせばその法人等を著作者とするという法人著作の規定(第15条)及び複数の者が共同して創作した著作物で、各人の寄与を分離して利用することができない共同著作物についての著作権の共有に関する規定(第2条第1項第12号、第65条)がある。
    〈問題の所在〉
    映画の著作物に関する権利帰属規定は、今日の映画製作の実態、映画の種類や利用方法の多様化等を考慮すると、著作者等の利益が十分に保障されていないとの問題が指摘されている。他方、映画以外の著作物についても、マルチメディア・ソフトなどのように多数の者がその製作に当たって創作的に寄与している著作物については、権利帰属等についての特別規定を設けることが適当であるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約は、映画の著作物に係る著作権の帰属については各国法令に委ねるとともに、著作者が権利を有することを認める国においては、映画の著作物の製作に寄与することを約束した著作者は原則としてその映画の著作物の利用に反対できないことを規定している(第14条の2)。また、ローマ条約は実演家の承諾を得て映画に固定された実演に対しては実演家の権利に関する規定は適用されないこととされている(第19条)。

    いわゆる大陸法の国の例を見ると、ドイツ著作権法では、映画の著作物の著作者は実際に創作した自然人であるが、映画の製作に際し協力する義務を負う者は、疑いのあるときには、知られているすべての方法によりその映画を利用する排他的権利を映画製作者に許与するものとし(第89条)、実演家には利用権を与えないこととするとともに(第92条)、別途映画製作者に著作隣接権による保護を与えている(第94条)。また、フランス知的所有権法では、視聴覚著作物は監督等の共同著作物とされ、実演家も利用権を有するものとするが、視聴覚著作物製作契約によりこれらの者は排他的利用権を原則として製作者に譲渡したものと推定される一方、著作者及び実演家は個々の利用についての報酬を受けるものとされている(第132条の24、第132条の25、第212条の4)。これらの国では、私的録画に関する報酬請求権を著作者及び実演家に対しても与えている。

    いわゆる英米法の国の例を見ると、英国著作権法は、映画の著作物の著作者は、映画の作成に必要な手筈をととのえる者とされている(第9条第2項(a))。また、米国著作権法では、視聴覚著作物の一部として使用するために文書による契約により委託を受けて創作された著作物は職務著作物とされ、視聴覚著作物の製作者に著作権が帰属することとされている(第101条)。

    また、貸与権及び隣接権に関するECのディレクティブでは、映画の貸与については、映画製作者のみならず監督等の著作者及び実演家も原則として許諾権を有するが、この権利は製作契約により映画製作者に譲渡されるとの推定規定を各国が設けてもよいこと、ただし報酬請求権は確保されなければならないことを規定している(第2条、第4条)。

    WIPOにおけるベルヌ条約議定書の検討においては、映画の著作物に係る著作権の帰属は検討事項とされていないが、今後新文書の検討において、視聴覚著作物に固定された実演に関する実演家の権利について検討されることが予想される。
    〈考えられる対応例〉
    [A]「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」については、その全体的形成に創作的に寄与した者を著作者とするが、契約に別段の定めがない限り、その製作に発意と責任を有する製作者に著作権が帰属するものとする。ただし、製作者は当該著作物の利用に際し、著作者に相当な額の報酬を支払わなければならないこととする。
    [B]「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」については、その全体的形成に創作的に寄与した者を著作者とし、著作権を有するものとするが、その製作に発意と責任を有する製作者は、著作者に相当な額の報酬を支払うことを条件として、あらゆる方面で当該著作物を利用する権限を有することとする。
    [C]「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」については、その全体的形成に創作的に寄与した者を著作者とし、著作権を有するものとする。ただし、当該著作物の製作に発意と責任を有する製作者が、その利用につき著作者に許諾を求める場合には、著作者は正当な理由がない限りこれを拒んではならないものとする。
    〈考察〉
    現行法における映画の著作物に関する特例規定は見直すべき時期に至っており、従前のようなすべての権利を製作者に帰属させるという特例規定を、広く「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」に拡大適用するのではなく、少なくとも著作者の一定の利益を確保すべきであるという意見が多かった。

    また、見直しに当たっては、「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」に固定された実演に係る実演家についても、著作者と同様にその利益を確保する必要性について併せて検討する必要があることも指摘された。

    一方、現行規定を前提とする映画の著作物の利用の現状に与える広範な影響を考慮すると、当面は、著作物製作時の契約における適切な慣行の形成を促進するとともに、映画以外の著作物については、現行法における法人著作及び共同著作に関する規定で対応することが適当であるとの意見もあった。

    (3) 頒布権・輸入権
    〈現状〉
    現行著作権法上、映画の著作物及び映画の著作物において複製されている著作物についてのみ頒布権が規定されている(第26条)。この頒布権は、複製物の所有権をいつたん譲渡した後(いわゆるfirst sale後)の再頒布にも及ぶものと理解されている。

    なお、著作権法に輸入権に関する規定はない。第113条第1項第1号は、「国内において頒布する目的をもつて、輸入の時において国内で作成したとしたならば著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となるべき行為によつて作成された物を輸入する行為」を侵害行為とみなしているが、この規定は海賊版など我が国で作成されたとすれば権利者の許諾を得る必要があったにもかかわらず国外においてこのような許諾を得ずに作成された物の輸入を対象とするもので、いわゆる並行輸入には適用されないものと解釈する意見が多い。
    ただし、映画(ビデオ)の並行輸入については、最近の判決において、輸入行為自体ではなく輸入後の頒布の行為を捉えて、著作権者による頒布権を根拠とする販売差し止めを認容した例がある(東京地裁平成6年7月1日判決)
    〈問題の所在〉
    映画の著作物に関する頒布権は、本来劇場用映画の配給を念頭に置いた権利であり、ビデオの頒布全般にまで及ぼすことには問題があるとの指摘がある。
    一方、レコード等の並行輸入が著作者等の経済的利益に与える影響にかんがみ、輸入権を与えるべきであるとの意見がある。
    〈国際的動向〉
    ベルヌ条約では、映画の著作物及び映画の著作物において複製されている著作物についてのみ頒布権が規定されている(第14条及び第14条の2)。
    WIPOにおけるベルヌ条約議定書の検討のための事務局文書では、この規定の頒布権とは著作物の最初の公衆への頒布行為に適用されるのみであり、いったん頒布された後の再頒布には及ばないと説明されている(BCP/CE/1/3 パラ123、124)。また、ベルヌ条約議定書及び新文書の事務局提案では、著作物及びレコード一般について頒布権を規定するとともに、複製物の第一譲渡によりこの権利が消尽することとしている。更に、この事務局提案では、著作者等に対し、著作物及びレコードのいわゆる並行輸入についてもコントロールすることのできる輸入権を認めることも課題としている(BCP/CE/IV/2 パラ60、84、INR/CE/III/2 パラ63(b)(c)、64(a)、67(b)(c)、68(a))。

    米国、英国、ドイツなど多くの国の著作権法においては、既に著作物等一般についての頒布権とその第一譲渡による権利消尽を規定しているため、WIPO事務局による一般的頒布権の提案については支持が多い。

    しかし、複製物の第一譲渡による頒布権の国際的な消尽を認めるかどうか及び輸入権を導入することの当否については意見が分かれている。
    〈考えられる対応例〉
    [A]映画以外の「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」については、頒布権を与えず、他の著作物と同様に貸与権のみとする。
    [B]映画や「視聴覚著作物」又は「マルチメディア著作物」に限らず、著作物一般について頒布権を設けることとするが、著作権者の許諾を得て複製物の所有権が移転したときは、その後の当該複製物の貸与を除く再頒布には著作権者の許諾を要しないものとする。
    〈考察〉
    映画の著作物に関する頒布権の付与については、立法当時の状況とは異なってきており、見直す必要があるということには異論がなかったが、その見直しの方向については意見が分かれている。

    著作物の円滑な流通の確保を重視する立場からは、[A]のように頒布権は認めず、複製権による対応にとどめることが適当であるとの意見があった。

    他方、国際的に、著作物一般について第一頒布権及び輸入権を認めるべきであるとの意見があること、ビデオの並行輸入に関する前述の判決の結論は映画の著作物に関する頒布権を根拠としているが、これが定着するとすれば他の頒布権が認められていない著作物等の取扱いとの均衡を失することになることなどから、[B]のような対応を検討すべきであるとの意見もあった。

    9 著作物の国境を越える放送・送信の扱い
     (衛星放送・国際ネットワークによる送信)
    〈現状〉
    現行著作権法上、放送及び有線送信は、公衆によって直接受信されることを目的とすることを要件としているが、我が国から専ら日本国外の公衆に直接受信されることを目的として無線又は有線による送信が行われる場合に、我が国の著作権法による放送等の権利は働くかどうかについては、これまで検討されていない。もっとも、この送信が同時に日本国内の公衆の受信をも目的とする場合には、我が国の著作権法による放送等に該当することはもちろんである。また、この送信が外国の中継施設において受信され、更に同国の公衆に向けて再送信される場合には、同国の著作権法が適用されることになると考えられる。

    また、現行著作権法は著作者等に対し著作物等の受信に関する権利は認めていないので、日本国外から我が国の公衆に直接受信されることを目的として無線又は有線の送信が行われ、実際に我が国の公衆によって受信されても、著作者等の権利は働かない。もっとも、我が国においてこの送信が受信された後に、複製されたり、公衆に向けて再送信されたりすれば、我が国の著作権法による著作者等の権利が働くことは当然である。
    〈問題の所在〉
    国外の公衆に直接受信されることを目的とする衛星送信は、従来からヨーロッパを中心に普及してきているが、近年アジア地域においても普及の傾向があり、各国の著作権保護の水準に差があることから、著作者等の利益が適切に確保されるかどうかについて懸念が指摘されている。

    また、今後、いわゆるGII(Global Information Infrastructure)構想により国際的な高度情報通信ネットワークの整備が推進されれば、これを利用して無線又は有線により国外の公衆に直接受信されることを目的とする送信が、我が国から又は我が国に対して行われることがますます発達・普及すると考えられることから、適切な著作権ルールを確立する必要性が指摘されている。
    〈国際的動向〉
    1974年にブリュッセルで採択された衛星送信信号保護条約は、各締約国は他の締約国の国民である送信機関の番組伝送信号で衛星を利用するものが自国内で又は自国から無断で伝達されることを阻止しなければならないことを規定している。しかし、この条約の締約国は欧米を中心とする一部の国にとどまっており(1994年7月1日現在19か国)、我が国及びアジア地域の諸国は加盟していない。また、今日の時点では内容的に不十分であることが指摘されている。

    WIPOにおけるベルヌ条約議定書及び新文書の専門家会合においては、多くの国が衛星放送及び国際ネットワークによる送信に関する適用法等の問題の検討の必要性を指摘しており、今後の課題とされているが、まだ具体的な検討には至っていない。

    ECの衛星放送及び有線再送信に関するディレクティブ(1993年9月採択)では、衛星による公衆への伝達行為については発信国の法律が適用されるが、いずれの国もこの伝達行為について著作者に許諾権を与えなければならず、強制許諾制度の適用を禁止している(第1条第2項(b)、第2条)。また、他国から番組が有線再送信される場合には、著作権及び著作隣接権が遵守されなければならず、それらの権利は集中管理団体を通じてのみ行使されなければならないことを規定している(第8条、第9条)。

    豪報告書においては、国外の公衆に受信させることを目的として豪国内から発信される送信については、国内の著作権者の許諾を得なければならないとすることを提案している(勧告6)。
    〈考えられる対応例〉
    [A]専ら国外の公衆に直接受信されることを目的とする放送及び有線送信についても、著作権法上の放送及び有線送信に当たるとの規定を設ける。
    〈考察〉
    国境を越えて国外の公衆に直接受信されることを目的とする有線又は無線の送信については、受信国における単なる受信行為に著作者等の権利が及ぶものとすることは適当でないため、発信国において権利を認めることが適切かつ現実的であると考えられる。現行著作権法における「公衆」の範囲については、日本国内の公衆に限るとの明文の限定はなく、同法の趣旨からすれば専ら国外の公衆に受信されることを目的とする送信であっても発信地が日本国内である限り著作者等の権利が及ぶと解するべきであると考えられるが、このことを明確にするため[A]のような対応を行う必要があるかどうかを更に検討することが適当であるとの意見があった。なお、このような国境を越える放送・送信に関する著作者等の保護は、国際的な枠組みが整備されなければ十分な効果を挙げることができないと考えられるため、WIPOの場における今後の検討の促進が望まれる。

    なお、国外で受信された著作物等のその後の利用に関する著作者等の権利の保護については、諸外国の著作権制度の整備充実にまつべきものであり、ベルヌ条約等の既存の条約の加盟国の一層の拡大が期待される。特にアジア地域の諸国における著作権制度の整備充実については、平成5年度より文化庁においてWIPOとの協力の下に事業を実施しているが、その更なる充実が望まれる。



    おわりに
    以上のとおり、本ワーキング・グループは、デジタル技術及びネットワークの発達に伴う著作権制度上の問題について、各検討事項別に、仮に制度改正を行うとした場合に考えられる対応例を含め、できるだけ具体的に問題点の整理を行った。

    しかし、「I本報告の性格」において述べたように、これらの様々な問題に適切に対応するためには、今後の技術の発達動向を十分に見極めるとともに、国内外の各方面の意見を十分に聞くことが不可欠である。
    本報告の内容について、各方面の忌憚ない御意見をお願いしたい。

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